頁:95 その【判断】合理的なモノにつき。
「ンジャー……三人で休憩街のお店にでも――イっちゃうー?イヒヒッ!
冗談はさておいて……賢者サマ。この辺りに人気のない……」
「内緒話に最適の場所、知らなぁい?チョット伝えたいことあってさ。」
重苦しい空気を破壊するが如く、アメトという男は軽薄な声を響かせた。
いつもの胡散臭い微笑に、聖女と賢者の二人はたじろぐばかり。
「ええ――ッ……人気のない……場所ですか――ッ……。
この辺りといえばそれこそ休憩街の一角にある貴族向けの宿が……ッ」
「トラメリア近郊の迷宮では冒険者や研究者がいることもありますなッ――
大図書館内部の一室はどこも人の往来があり内密な話となると不向き……。
はて――ではやはり休憩街に……?ううむでもそれは――ッ」
何やら考え込むようにブツブツと独り言を繰り返す賢者。
聖女はどうやら納得が行かないらしく、どんどん顔がしかめっ面に。
「バルタザール様ッ!少しよろしいですかッ……?あの――
いつだったか使用されていたあの魔道具をここで使用なされたらどうです?」
「というかですッ!この禁書庫という場所では駄目なのですかッ!?」
「聖女殿、どうか落ち着いてくださいませッ……禁書庫内部は――
音が響く構造となっておりましてなッ……その、内密な話には不適切ですッ!
して、魔道具ですが……大変申し訳ないのですが……携帯しておらずッ……!」
結局――二人の口論の末、結果として。
賢者と半魔の彼は『休憩街』の貴族部屋が最も適切では?と結論づけた。
しかしうなだれる賢者と聖女。どうにも腑に落ちない様子の二人。
まだ禁書庫内部ではあったが、二人は納得がいかないのか表情が暗い。
「ヤルってワケじゃないし、ボク割りと真面目なお話をしたいのだケド。
聞かれたくないお話ってのは確かだからサァ……。」
禁書庫の螺旋階段を登る彼らの足取りはとても重く。
そんな二人に呆れ、ため息をひとつ零した後に踵を返すアメト。
「ふぅ……。キミらが乗り気ではないのがよぉく分かったヨ。強制はしない。
行かないなら行かないでいい。 ……もうヴァルメリアに戻ろう?」
「使用人たちにも聞かれたくなかったから、ココで提案したケド。
どうやら間違いだったみたいだネ。」
「ボクがキミたちに対してもっと配慮してあげるべきだった。」
面倒くさそうに腕を組み、飄々としたいつもの微笑で語りかけるアメト。
そんな彼の姿に、申し訳なさそうに視線を落として俯くばかりの二人。
煮えきらない二人の姿に、深い溜息を吐き出した半魔の彼。
「キミたちは何がしたいの?時間は有限デショ?もう行かなくていいからサ。
ボクはキミたちを『信頼』してお話をしたかったケド、もういいから。」
半魔から感じる空気は、苛つきよりも『興味がなくなった』ような――
空気が悪く、賢者も聖女も互いにどう声をかければよいか、分からなかった。
そんな彼らを尻目に、アメトはすたすたと階段を上り――
やがてそのまま学術都市の外へ。
二人とも無言で彼の後ろをついて歩いていっていたが、終始無言。
「それじゃ、ヴァルメリア戻るから。」
◇ ◇ ◇
交易都市・ヴァルメリアのニヴェイシア邸宅。
その一室である広間へと戻ってきたアメトだったが――部屋はもぬけの殻。
(おや……?あの賑やかな面々は戻っていない?チビですら居ない。)
ウロウロと周囲をうろついてみるが、広間はおろか――
屋敷の中をどれだけ歩いても使用人と顔を合わせる程度。
不審に思い転送を行使し、勇者たちが赴いているであろう場所へと向かった。
移動した先の北の大山脈・ラメルノート。
彼らは驚くことに――結界内部で戦闘を行っている様子だった。
騎士は限界がきていたのか、大盾の下敷きになって倒れており、ぱっとみ事件。
(…………。)
彼らは、これまでこの長い間……ずっと戦闘訓練を行っていたのか?
さすがにゾっとし、呆れ混じりに彼らへと近づき――恐る恐る語りかけた。
「ちょーーーーっといいカナ??ネリア様……勇者サマ。」
「キミら……まさかとは言わないけど……ずっと戦闘訓練していたの?」
アメトの声に気が付いた勇者と魔族の二人。
結界を解き――まるで主人を見つけた犬のように、アメトへ駆け寄る勇者たち。
「「うんっ!」」
と、あまりにも元気が良すぎる返答が投げられ――項垂れる他なかった。
「と、とりあえずもう戻りなヨ……騎士サマが気の毒だしサァ……。」
「あれ!?パルッ……いつのまに倒れてたの!?お腹空いちゃったのかな……。」
アメトに促されるまま、屋敷へと戻ってきた四人。
パルテオンを寝室へと運ぶためにアメトは早々に広間から退出。
ネリアは『疲れた』と、豪語し広間のソファででかでかと爆速睡眠。
一人取り残されてしまったノアは――気晴らしに庭園へと繰り出したのだった。
◇ ◇ ◇
ニヴェイシア邸宅の庭園を包む光は薄暗い。
雲間から覗く陽の光は橙色の陽光――そろそろ星あかりが灯りそうな頃合い。
初めて歩くその庭園を、ノアはゆったりとした足取りで歩いていた。
『ノア――左の方向に身体を向けよ。』
ノアの頭に響いてくるのは澄んだ女声……聖剣の声だ。
驚きつつも言われるがままに左へと方向転換し、歩み寄っていくノア。
そちらに向かっていると、蔦や葉が生い茂るドーム型の屋根。
休憩を取れるような場所だろうか?と目を向けていると、その下に人影。
このような夕暮れの時間帯に誰だろう?と近づいてみれば――
椅子に座り、悩み事でもあるのか、俯く聖女の姿。
近づくにつれ明瞭になるのは、彼女が泣き腫らした瞳だということ。
目尻は赤く腫れており、とても重たい空気を纏うセラの姿。
「セラ……?こんなところで何をしているの?なにかあったの?
たしか――アメトさんとバルタザールと図書館に行っていたんだよね?」
「なんでも、ないのです。少し……自分が嫌になりかけてまして。」
「それで……こんなところにいたの?僕も座っていいかな?」
どうにか笑いかけているようだが、苦し紛れの微笑のセラ。
そんな彼女に対し、なるべく朗らかに語りかけるノアだったが――
いざ、彼女の付近の椅子に腰掛けてはみるが、彼女は口を割ろうとはしない。
「言いたくないのなら言わなくてもいいとは思っているんだけどさ――
それでも、セラがこんなになってるだなんて、僕はほっとけないよ。
話せる範囲でいいからさ、セラがなんでそんな風になっているのか……。」
「僕に……話してもらうことはできないかな?」
一瞬だけノアへと視線を移したが――そっと瞳を伏せる聖女。
やがて……俯きつつではあったが、ぽつりぽつりと先ほどの出来事を語った。
「ふむふむ……なるほどね。」
「お昼の時間に優しくしてもらったのに、帰る頃には……うーん……。
その、お話に出ていた『きゅーけーがい』ってのが僕には分からない。」
「でも……お話を聞いた限りだと……僕からしたら、うーーん。
それだけ君に向き合おうとしてくれてるんじゃないかなって、思うなぁ」
「セラはさ、アメトさんのどの態度が気に食わなかったの?」
彼女の語った言葉は曖昧な言葉で、話を濁していたこともあり――
ノアには話の全貌を理解することはできなかったが、それでも分かること。
それは――アメトなりに自分たちに向き合ってくれようとしたのでは?と。
「アメトさんってさ……多分、自分のことをあまり語りたがらない。
あと……自分を下に見てる?って感じがするんだよねぇ――」
「僕からみたアメトさんのお話になるけど、アメトさんって自分のこと――
あんまり話さずに、他人のお話ばっかりじゃないかなぁ……?
違っていたらごめんね。」
「セラには心を許しているんじゃないかなって思ったけど……。
あははっ!ちょっと出しゃばりすぎちゃったかな?」
少しだけセラへと顔を寄せ――彼女の頭を撫でて椅子から立ち上がるノア。
「ともかくさ……あんまり気負わないでねっ!――それじゃっ!」
ノアはそのままマントを翻し、聖女を残してどこかへと行ってしまった。
一人庭園に残されたセラ。ノアの言葉や今日一日の出来事を反芻する。
脳裏に浮かぶのは昼間語ってくれた、彼の言葉。
彼自身の内面に関すること――話してくれたことは嬉しい。
自身がこれほどまでに気を落としていたのにも、理由があった。
昼間の彼の軽薄な提案のこと。ただ許せなかっただけではないのだ。
自身の矜持やただ一人の乙女として、軽々しくそういった場所に向かうこと。
それがただ、許すことができなかっただけなのだ。
(あとで……閣下に謝っておきましょう。)




