頁:83 その【接吻】切り札につき。
大号泣している彼女を、二人でなんとか宥めて慰め――
そんな中でも言葉を拾い集め、要点を纏めるとこのような話に。
――穏健派や中立派の魔族たちは、戦争を無謀だと止めに入ったのだそうだ。
しかし、準備は強行されてしまい、止められなかったとのこと。
――戦争派筆頭は、アメトの姉であるリンであり、彼女には秘策があるらしい。
その秘策とやらは、すでに勇者たちの知るところである、件の不浄の石。
石は魔族領にて造られてものらしいが、詳細は不明とのこと。
――勇者や聖女の存在は、すでに魔族領では、広く知られているとのこと。
が……容姿までは一部しか知られていないらしい。それでも危うい立場とのこと。
――中立、または弱い立場の同胞は『石』を人間領に持ち込め、と……。
そのように命令が下され、逆らえず、すでにばら撒かれているとのこと。
彼女……ネリアはこの重大な事柄を、なんとか人間側に伝えるべく――
この土地へと不眠不休で飛んできたらしいのだが、とてつもなく迷子になったと。
本来はもっと、早くに伝えるべきだったと、大号泣しながら語ってくれた。
「もう結構前からッ……戦争を仕掛けようとしてたの、アタイも知ってたのよ!
うう……びえええぇぇぇ! でもッ……迷子になってぇ……!
へかてらで、千年くらい迷子だったのよぉおおッ!!」
「……それだと時系列がおかしくない、デショウか? ネリア様。
なぜ、数日前に戦闘をしたばかりのリオのことをネリア様が……?」
「へかてらで迷子になって!それで、リオちゃがあっちいったって!
他のヤツが言ってたの! そっちの方向行ったら、気がついたらついたの!」
「以上なのよッッ!!! びゃああぁぁあぁああ!!ばかぁぁああッッ!」
ブチギレ大号泣――手のつけられないネリアに、セラもアメトの呆然。
が、妙に冷静な彼女は、指を鳴らし認識阻害を施し『人』の姿を装った。
「アタイはっ……アタイは人間さんが平和でいてくれたら、いいのッ……!
だって、その方が美味しいご飯が増えるの……向こう……へかてら――」
「あっちは楽しくないの……だから人間さんに協力したいって……ぐす。
だ、だからッ……アタイ、手伝えることがあったら、何だって手伝うのよ!」
ようやく涙が収まった彼女は「にぱー」と、どこか幼い笑顔を向けた。
そのまま立ち上がり、もじもじと身体をくねらせ――
「だからね、メトちゃ……メトちゃの指示があれば、なんでも手伝うの。
なにか困ったことがあったら――このネリアおねーちゃにお任せなのよっ!」
「そこのメトちゃの彼女ちゃ! 夜で困ったことがあったら……。
アタイに任せてなのっ!!! メトちゃをメッロメロにする――
すっごい手技を沢山教えちゃうのよっ!!」
一体なんてことを提案しているのだ、と、怒りで瞳を閉じ、一息。
「あのッ! ですから、私は――」
言葉を連ねようとしたが、不意に肩を掴まれる感覚――
次いで唇に触れるのは柔らかな感触で、思わず何事かと目を見開いた。
眼前にはアメトの顔があり、何をされているかすぐさまに理解。
彼の胸を押し、どうにか抵抗の意を示すのだが――
彼女の筋力では、半魔の筋力に適うことなどあり得るはずもなく。
「んっ……!? んっ……!? ちょ、んッ!!」
片手で身体を抱き寄せられ、後頭部を抑えられ――なんと舌まで絡められた。
人前で唐突に濃厚なキスをされるという、とんでもない事態。
視界はぐるぐると回り始めるが、彼は瞳を細め、淡々と……それはまるで作業。
完全に『仕事中です』といった顔で、濃厚な接吻を続けていた。
混乱と羞恥でセラの思考は霞んでいき、また、抵抗しようにも力が入らない。
「おおーーーッ!!! ちゅーーーだッ!!!」
「人間のふっかいやつッ!! いいねーーーッ!! そこだーーー!!
いいぞーーー!! そこをヤれーーー!! そこを攻めろーーーッッ!!」
対面にいるネリアはといえば、目を輝かせ謎に横から指示を出していた。
それはまるで、娯楽を見つけた子どものような姿。
「ひゅーー!」と感嘆の声で楽しそうにはしゃぎ、完全に他人事。
アメトは“これ以上はまずい”と判断し、セラから唇を離し――
いつもの飄々とした微笑を浮かべ、ネリアに向き直り、言い放った。
「……というワケで、ボクたちはこれから長い夜を共に“致します”ので――
デスのでどうか、ネリア様は宿に行かれるかあるいは魔族領へ……。」
腕を広げ、彼女を屋敷から追い出すため、紡がれた言葉のはずだった。
が……返ってきた答えは、彼の予想を裏切るもの。
「アタイ、どうしよ……お金……ないの……。 ここまで来るのに――
ずっと飛んで歩いて……無一文なの……。 宿もどこかわかんないの。
魔力はあるけど……さすがに疲れちゃったの……ぐすぅ、びえぇ……。」
彼女の顔からはちらりと涙が覗き、しょんぼりと肩を落とした。
アメト――彼は顔を青ざめさせ、隣りにいる聖女へと視線を向ける。
「えっ……ウソ。 ヘカテラからここまで無休無足で、デスか――
ど、どうしよっ……聖女サマとあんな最ッ悪なキスかましたのに……。」
『……無意味?』ブツブツと小声で呟いた後、セラの耳元に顔を寄せる彼。
『ホントゴメン。』と謝罪を述べるが……セラは羞恥と怒りで顔は真っ赤。
自身の意識が無い時であれば、まだなんとか許せた――が。
今回のは完全にライン超え……憤怒により、身体からは聖光が溢れ出す。
「閣下。 後でお話があります。 きっちり、お話いたしましょう。」
強い声色でアメトに伝えるが、彼は真っ青な顔で『ハイ。』と一言。
心底疲弊しきった様子でネリアに近づき、懐から小物入れを手渡した。
「こちらに、銀貨……それと金貨を複数枚入れておりマス。
これだけあれば、しばらくは宿で休息を取ることも可能かと――」
「え? アタイ今のこの国の貨幣価値、わかんないのよ。 どやって使うの?」
何度目かの諦めの境地に立たされたアメト――
彼は小物入れを回収し、書斎の椅子にどさりと腰を掛け、ため息を洩らした。
「もう……イヤ。 ネリア様……。 ボクのお屋敷の一室を貸し出しマス。
それで、気の済むまで休まれてから……ヘカテラへご帰還なさって下サイ。」
「やーー!! アタイ、勇者ちゃを強くするのーーー! メトちゃ言ってたの!
ここに勇者ちゃがいるって!! ぶーーー!!!」
「強くするまで、アタイここから離れないの!! 強制なのよーっ!!」
彼女は両手を「バーン」と広げ、大胆に宣言。
「も、もう好きにして……。 ネリア様が、満足いかれるまで……。」
彼の声には軽薄さも覇気もない……完全敗北したような絶望的な声色。
彼の様子に納得したのか、ネリアは首を縦に振り、頷き――
「それじゃ!アタイ、五億年くらい飛んでたから、ここでオヤスミするの!
あ、メトちゃ! それと彼女ちゃも! 夜の運動邪魔しないの!」
地べたに這いつくばり、彼女はそのまま床で寝始めてしまった。
すやすやと寝息を立てたかと思えば、即座にどこぞの騎士レベルの轟音――
単純にイビキの音なのだが、とんでもない音を轟かせ、夢の世界へと旅立った。
「どうして、こんなコトに。 ボクの自室……なのに。 はぁ……。」
椅子にずれ落ちそうになりながらも、なんとか腰掛けていたアメト。
そんな彼にセラはウロウロと視線を移し『あの。』と語りかけた。
「あー……聖女サマ。 さっきは、ゴメン。 ホント、イヤだったデショ。
あろうことか、人前であーんな最悪なキスされちゃって。 ゴメンネ。」
「言い訳になるケド、あんな蛮行に及んだのにもボクなりの理由が、ネ。
ネリア様がボクたちを恋仲だと勘違いしてたデショ。 だからサ。
その勘違いが使えると思って……って、言い訳だネ。 はぁー……。」
いつもであれば、こういう時こそ、おちゃらけた態度ではぐらかすものかと。
しかし声を落として謝罪する彼の表情は、どこか曇っているようにも感じる。
溜飲を下げ……アメトの隣まで身を寄せ、肩に優しく触れるセラ。
「あなたの様子がおかしいのは、最初から分かっておりました。
ネリアさんをここから遠ざけたかった。 屋敷の方、しいては――
ノアや私たちへの配慮のため――行動に移したのでしょう……?」
「で、ですが……。 それでもさすがに、あん、な……。 わ、私ッ……。」
プルプルと怒りで震える拳を彼の肩に当て、小さく蚊の鳴くような声で呟く。
『ファ、ファーストキス……だったのですよ……?』
「全くもうッ……! 謝っても、許して差し上げませんッ!
ですが――ひとまずは、怒りは飲み込みますッ……。」
「それと、身長……戻られてよかったです。 正直残念ではありますが。
と、ともかく! 先ほどのアレは記憶から抹消しますッ! もうッ!
今後はみだりに、唇に触れないようお気をつけください、全く……ッ!」
アメトから離れ、書斎の戸口まで向かって、ぎこちなく微笑み一礼。
彼はため息一つ零し『セラって甘ちゃんだよネ。』と何気なく口にしていた。
(ん……??? いま、私を愛称で呼ばれました……?閣下が……???)
彼が今まで、名前を愛称で呼んだことなど、あっただろうか?
否……彼がそんなマネをするなど、考えられない。
しばらく固まり、考え込んでいると、彼から声が掛けられる。
「どしたのサ。 聖女サマー? そんなトコで固まって。」
「えっ……あ、いいえ。 あの――先ほど、閣下……私のことを――
その……愛称で、呼ばれませんでした……? 『セラ』……って。」
急に愛称で呼ばれてしまうと、どうにも恥ずかしいもので。
「どくどく」と、鼓動が忙しなく働き始めてしまっていた。
頭に上る熱が手助けし、彼女の顔色は徐々に赤らみつつある。
「――ン? アレ……確かにボク、さっき……愛称で呼んだネー?
えっ?? ボクが、聖女サマを、愛称……で?? ――ええ?
ナニソレ、ちょっと怖い。 キミ、ボクにナニかシた……?」
普段は冷静な様子な彼だが、今現在は本気で分からないらしい。
椅子から立ち上がり、顎に手を当て考え込む様子で眉を寄せている。
(なんだか……少し幼く見える気がしますね……閣下って。)
(どうしてなのでしょうか、可愛らしくもあるような――)
「私は何もしてませんよ? アメトリクス様って、たまに面白いですね?」
「ふふっ」と微笑んで見せると、彼もまた胡散臭い微笑に戻った。
床に転がるネリアを拾い上げ、寝室へと運び、身体を放り投げる。
「さーて。 ボクちょっとスッキリしたいしー、浴室行ってくるヨ。
ついてきてもいいケド、さすがにあーんなコトあったばっかだし。
イヤデショー?? ヒヒヒッ! それじゃね、聖女サマー。」
とぼとぼと歩き出し、セラを避けるように部屋を退出しようとする彼。
セラは何を思ったのか――自身でも分かりかねる行動をとっていた。
彼の背にしがみつくように、優しく抱きしめる。
「……なぁに? 聖女サマ。 胸、あたってるケド。 どうしたのサ。」
正面から視線を逸らすことなく、声だけは淡々と、彼女に言葉を投げるアメト。
「キスですが……その。 一度してらっしゃるって、言ってましたよね?
一度も二度も大して変わらないって……そう思いました。」
「ですので、やっぱり気にしないので、あなたも……その。
気にしないでほしくって、それだけ……お伝えしたかった、だけ……です。」
一瞬の静寂が流れるが、彼はセラの方向へと振り向き――
肩に優しく触れ、瞳を細め耳元に口を寄せ……艶っぽく囁く。
『それって……ボクを誘ってる? あんまりボクを煽らないでヨ。
――キミのコトが、欲しくなる。』
言葉を落とすだけ落とし、彼は転送を行使したのか、身体が消えてしまった。
残されたセラは顔をこれでもかと染め上げ、自身の顔を掴み悶える。
(誘ってるつもりなんてなかった!! 誂ってる!? なんなのッ!)
(だって、あんな顔をされたら……放っておけないじゃないですかッ!!)
「閣下の、バカーーッッ!!」
彼の書斎からダッシュで抜け出し、自室へと駆け出すセラ。
彼女はもやもやした気持ちを抱え、寝台へと飛び込むのだった。




