頁:82 その【魔族】マイペースにつき。
――◆第四章
「ネ、ネリアッ……ノクティリス様ッ……。」
「ええ~~~~~~~~っと……。 ボ、ボクのお屋敷に、何用でッ……?」
ネリアという女性を連れ、ニヴェイシア邸へと帰還を果たしたが――
当主である彼は、戦々恐々とした態度を隠せない様子だ。
額には汗を浮かべながらも、どうにか放ったであろう第一声。
(身長は元に戻ってらっしゃいますが……一体どういった関係なの……?)
背すじを伸ばし、片腕を後ろに回してあからさまな態度の彼。
笑顔もどこか……否。かなりぎこちがなく引き攣っている。
普段の飄々とした態度とは一変し、ネリアに対しては蛇に睨まれた蛙が如く。
「メトちゃ! 本当にいたのよっ!! とってもとーっても、おひさなのっ!」
屋敷の主の焦燥など――この女性には伝わってなどいない。
無邪気に駆け出し、彼に抱きつきに飛び込んでいっているが――
セラの瞳に映る光景は、恐るべき捕食者のようにも映った。
「せ……聖女サマ……。 か、彼女とお知り合い……だったの、デスか。」
恐らく緊張が勝ったのであろうが、彼はセラに対しても謎の敬語。
彼の顔色はどこか――いつもより悪いように思えるが……。
一体、この女性は……何者なのだろうか?
「ええと、ネリアさんとは、先程街で出会ったばかり、でしてっ……!」
なんとか返答をするが、彼はネリアに絡まれ、強張った笑みを浮かべるだけ。
彼にとっては由々しき事態なのであろうことは察せる。
混沌な最中ではあったが、この状況を見れば、一目瞭然でわかることがあった。
それは――この女性『ネリア』という美女。
彼女は、アメトリクスよりも圧倒的に“上位”の存在であるということ。
しかしネリアはといえば、堅苦しい空気など意にも介さない様子。
アメトに腕を回し、無遠慮に彼にくっつき「おはなし、しよなの!」と――
あまりに天真爛漫な笑顔を向け、つかつかと屋敷の内部へと歩み寄っていた。
「メトちゃ! ごはん食べたいの! それとお話なの! はーやーくー!」
どうにも力が強いのか、じわじわと屋敷の中に押し入ろうとするネリア。
アメトもなんとか抵抗をしているが――どうやら力では勝てないようだ。
(一体、ネリアさんとは、何者なんでしょうか……。)
「あ、あのッ! ネリア様。 申し訳ないのです、がッ……!」
「現在は屋敷に勇者サマ一行が滞在しておりましてッ……!ですからッ……!
お屋敷に入るのはご遠慮いただきたくッ……!」
「えー。 ならメトちゃの自室でいいの! ほらほら、彼女ちゃも!
こっちこっちなの! 一緒にごーごーなのよっ!」
彼は『はぁ……』とため息を吐き出し、セラに視線を送り目線だけで合図。
恐らくは『ごめん』といった感情で首を横に振る。
この時のセラは彼女『ネリアノクティリス』――
この魔族の別ベクトルの恐ろしさを、理解していなかった。
そして――黒紫の霧が三人を包みこんだのだった。
◇ ◇ ◇
三人が次に目を開けた時には、すでにアメトの自室。
ネリアは驚く様子もなく、キョロキョロと周辺を見渡している。
誰もいないことを確認したのか、彼女は指を「ぱちん」と鳴らし――
彼女を人間たらしめる『認識阻害』を解いた。
たちまち彼女の姿は、本来の魔族の姿へと変貌を始めるが……。
燃えるような赤色の髪色は、火そのもののように淡く揺れ踊る。
頭には大きな二本の捻れた角に、燃え盛るような炎色の瞳。
よく見るとその瞳孔は長方形――まるで草食動物を想起させる形状。
耳も人間のそれではなく、羊のような可愛らしいもの。
腰辺りからはしなやかで美しい、太く立派な尻尾……。
極めつけは輝く龍翼――広げれば部屋を軽く吹き飛ばしてしまいそうだ。
「そいじゃなの! 改めてアタイの紹介なのよっ!」
「アタイは『ネリア』! ネリアノクティリスなの!
魔族の“穏健派”筆頭なのよっ! よろしくなのっ! てへ☆」
見るからに異形の姿の彼女だったが……軽い、あまりにも軽い。
彼女が投げ飛ばした“星”は床に堕ち――散っていった。
盛大にため息を吐き出したアメトは、付け加えるように慎重に言葉を紡ぐ。
「えーとネ。 聖女サマ……。 唐突でビックリしたよネ。
この方は魔族領では高い序列に君臨する力を持ってらっしゃる……。」
「“穏健派”とは名ばかりの――」
彼の言葉の節々には緊張からなのか、どうにかいつもの軽薄な調子とは程遠い。
それでも胡散臭い微笑は絶やさず笑っているが……彼の首筋には一筋の汗。
「ちょっと!なんなのよその説明さん! 硬すぎなのよ! ぷんすこなの!
アタイ、そんな脅威じゃないの! 楽にしてなのよ!」
何かが不服だったらしく、彼女は頬を膨らませ、彼の背を思い切り叩いていた。
子供のように『ブーブー!』とぶーたれているが……アメトは諦めの境地。
彼の視線は何処か果てしない遠い場所へ向け――短く告げた。
「この方は――めっちゃ強いヒト。 ……以上。」
「ぎゃっははははは!!! 軽いを越えてきたのよ! ぎゃははははっ!!
それじゃ、アタイのことなーーんも分かんないのよっ!!!」
背を叩いたと思いきや、彼女は腹を抱えて床に転がり――
大層な騒音を散らし「ゴロンドスン」と暴れている。
セラにはもう……どうすればよいのか、分かるはずもなかった。
泣きそうな瞳で『私は……?』とアメトに視線を送り助けを求める。
が、彼の視線ははるか遠い――未来に向けられ戻ってこない。
『や!!聞いてなの!』と、彼女が「ガバリ」と立ち上がり、言葉を投げた。
「メトちゃってね!すっごいのよ? 魔族らしからぬ冴えたあたまなの!
だからなの! だからあっち――スィタ……『へかてら!』」
今にも龍翼を広げそうな勢いでセラの前に飛び込み、彼女の肩を掴むネリア。
「『へかてら』で、アタイと一緒にしらべてもらおうって!!!
だからそのお願いをしにきたのよ!! 」
「あ、あの……ッ。 ボクは――」
セラから離れ、今度はアメトの腰を掴み、盛大に揺さぶるネリア。
「あとメトちゃ!!! じゅーだいじなのよっ!! 大変なの!!
一人、半魔の子がこっちに襲撃しに行ったって!!!」
「リゼ……リオちゃ! メトちゃおぼえてるの? あの子が向かったの!
戦争派のヤツが言ってたの!確定なの! だから気をつけてなのよ!!」
彼は『ハァーーッ……。』と声に出してため息を吐き出し、項垂れた。
『もう遅い』と言いたげに腰を掴まれたまま、動かない。
話についていけなかったセラは――彼らから数歩下がり、苦笑いを浮かべていた。
「アタイは基本コッチのことは不干渉なの! だって人間さんは……。
アタイらのこと……嫌いだもん……でも、でもなの!!! ごはん!!」
「人間さんのつくるご飯はとってもおいしーの!! もうだめなの!むりなの!
アタイ魔族だから食べる必要はないの!でもなの!!食べたくなっちゃうの!」
身振り手振りを交え、忙しなく暴れまわり――
あっちへ行っては「バタバタ」こっちへ来ても「ジタジタ」のネリア。
早口でまくしたてる彼女に、セラの思考回路はショート。
アメトですら拳を額にあて、瞳を瞑って『どうしてこうなった』と項垂れる。
「てかなのよ! メトちゃ!こんな可愛い人間さんの女の子と――
お付き合いしてるなんて、アタイ、知らなかったのよ!?」
「なんでアタイに教えてくれなかったのよ!ずるいの!! 結婚式は?
え?まだなの?? じゃあちゅーは? もう最後までしちゃってるの?
まだなの!? じゃあ、どこまでしたのよーーっ!! ねーーえーーっ!」
拳を顔の前に、ネリアは大層楽しそうに彼の部屋を跳ね回る。
屋敷を壊しそうな勢いで勝手に一人ではしゃぐネリア。
二人は呆然を通り越して灰になりかけていた。
が――ネリアは唐突にアメトの肩を掴み『はよ言わんかいっ!』と揺さぶった。
いとも容易く行われるえげつない行為……アメトはひっそり視線をセラへ。
彼は『助けて。』と視線だけで彼女に訴えかけ、セラがはっと我に返った。
「あ、あのッ!! 勘違いされているところ申し訳ないのですがッ!!!
私とニヴェイシア閣下……アメトリクス様は恋仲ではありませんッ!!」
「それと……魔族さん方はたしか、戦争を仕掛けに来ていると――
そう、閣下からお伺いしたのです、が……?」
揺さぶっていたアメトの肩を勢いよく離し、よろめく彼。
ネリアはセラの前まで飛ぶように移動し、声を張り上げる。
「そのことなの!! 戦争ね! アタイにも全然ワケわかんないのよ!?
急に……そう!急になのよ! ここ十年? んー?数秒??」
「アタイ魔族だから時間わかんない! でもなの! ほーんとに急に!
唐突に!突然に!!! 『人間滅ぼしてやるー!』って言い出したのよさ!」
「ネ……ネリア様ッ……。 よ、要点だけ纏めて――」
「ホンット、意味不明なのよーーー!! ね?そう思うのよね??
メトちゃーーー!! ねーーーーえーーーーッ!!!」
再びアメトの肩を揺さぶるネリア……顔をガクガクと揺らされる彼。
彼は無表情で『ナンナノ……。』と小さく鳴いているが……ネリアには届かない。
ネリア――彼女は、あまりに人の話を聞かなさすぎたのだ。
「てか!!メトちゃのお姉ちゃ!! あれどうすんのよ!!」
「あのこ、戦争派筆頭なのよ!! アタイ、相手したくないの、やーなの!!
あれ……それじゃあもしかして……人間さん、滅ん……じゃう……?」
彼女はぺたりと床に座り込み、やがて目が潤みはじめ……。
「それはやーーーなのーーー!!! びえぇぇぇぇええええん!!!」
完全に小さな子供のような大号泣を披露し――
薄ら笑いを浮かべ、アメトはネリアの元へ向かい、頭に手を置いた。
「な、泣かないで下サイ……。」
と声をかけ、頭を撫でながら何度目かのため息を洩らした。
「ハァ……。 そうだネ。 この方は……見ての通り――
魔族の“どうかしてる”筆頭の方、だヨ。 どうして……。」
「どうして、こんなコトに――」
彼女の涙は留まることを知らず、凄まじい勢いで溢れる涙。
彼女のいる場所には、水溜りが出来るほど――セラは考えることを放棄。
目の前で号泣する彼女を、ただ見守ることしか出来なかった。




