頁:81 その【女性】天真爛漫につき。
庭園を後にし、屋敷に戻ってきたは良いが――とても静かだった。
いつもであれば聞こえてくる誰かしらの声も、何も聞こえない。
不思議に思いながらも広間の扉を打ち、入室してみるが――もぬけの殻。
(あれ? 皆さまはどちらに……? 私がいない間に一体どこに……?)
皆がどこに行ったのか、聞いてみるのであれば屋敷の主だろう。
そう思い立ち、足を運ぶのは彼の自室兼書斎。
向かった先の道中で、偶然にも目的の人物と鉢合わせた。
いまだに背丈が戻らないその人へ駆け出し「あのっ!」と語りかける。
「アメトさんっ……! 皆さまがどこに行かれたか――
ご存知ではありませんかっ? 皆さま、広間にいらっしゃらなくって……!」
困ったような問いかけに、彼は『斯々然々』と伝え聞かせてくれた。
「なるほど、皆さまでお買い物……? どうしましょうか……。」
(神殿に行きたかったのですが……彼から伝えてもらうしか……。)
「なぁに?ボクにお願いゴト? すっごい困った顔してるケド。
なんでも言ってみなヨー? キミとボクとの仲……デショ……? ヒヒッ!」
言葉が悪いとツッコミたかったが、きっとツッコむだけ無駄だと諦める。
簡潔に、自身は神殿に行きたいことや、そのことを皆に話して欲しいと伝えた。
彼は「了解ー」と一言だけ返答し、何を思ったのかセラの手を握りしめ――
「え? あの……な、なんでしょうか? なぜに手を……?」
「ちょーっとついてきて。 ボクの部屋ー。 ナニもしないヨ。」
言われるがまま、彼の書斎へと連れて行かれたのだが……。
彼は書斎の引き出しを漁り、ブツブツと独り言を洩らし、セラの傍へ。
彼の手には一つの腕輪が握られているが、言葉少なな彼に意味が分からない。
「コレ、ボクが作成した魔道具で――効果は、この屋敷に転送出来るモノ。
詳しい転送先はボクの書斎だケド……ヒヒッ!」
「神殿に行く用事があるのなら、帰る時に便利デショ? それに――
キミは一人で行動すべきではないヨ? 可愛いんだし。」
あまりにあっけらかんと褒める彼に、頬に熱が上がってくる感覚。
誤魔化すために脳内にパルテオンを召喚し、なんとか平常心を保った。
「あー、それとそうだ。 神殿に行くのなら、行きはボクは転送してあげる。
戻ってきた時にでも、ボクに返してくれたらいいからサ。」
「チャオー? いってらっしゃーい。」
セラがなにか、言葉を返そうとした瞬間には、目の前には霧が広がった。
身体が黒紫の霧に包まれ、次いで感じるのは浮遊感――
転送時に感じる、独特の感覚……不快感に瞳を閉じる。
次に目を開ければ、神殿付近の路地裏。本当に転送されたのだと、驚愕。
(有無を言わさずにいきなり転送とは……さすがは閣下ですね。)
(にしても……か、かわいい……?私が……? うー……もやもやします。)
落ち着くために一度深呼吸をしたのち、神殿へと歩みを寄せる。
神殿に常駐している神官に声をかけ、そうして神殿内部へと足を踏み入れた。
「私……セラフィーナは、祈祷をさせていただきとうございます。
しいては祈りの間をお借りしますので、どうぞ……お見守り下さいませ。」
そう告げると、廊下を進み、祈りの間へと通され――部屋の奥へ。
ステンドグラス越しに光が降り注ぐ空間。
三体の神々を象った石像が並ぶ荘厳な祈祷室――幻想的な景色なのだが……。
なぜか、セラにとっては重苦しく感じる空間だった。
まるで、誰かに見られているような、そんな空気を纏う間。
神々に深々と一礼し、静かに祈りの姿勢を取り……部屋の中心部へ。
祭壇のような台座に立ち、両手を組み合わせて額の前に。
祈りの文言は、修行に明け暮れた日々で自然と身体に馴染んでいた。
意識せずとも勝手に口が動き、まるで旋律を刻むように、言葉として落とされる。
「創生神様、須臾神様、浄化神様――いつも人の世をお守りくださり――
誠にありがとう存じます。 かくも健やかに日々を過ごせますこと――
全ては尊き御力あればこそ……どうかこれからも私どもは、御心とともに。」
祈りの間――この空間は、まるで息を殺したような静謐な空間で。
ゆえに、落とした声が天井に触れれば、ゆるりと音が落ちてくるような感覚。
静かに、一人の信徒として祈るが、胸の奥には疑問が浮かぶ。
なんで神様方は、自身のような精神的に脆く、頼りない人間に――
【聖女】などという役職を授けてくださったのだろうか。
自身という存在は、一体……なんなのだろうか?この身に覚えのない知識。
様々な疑念が祈りの邪魔をして、額の前に組んた指の力がこもる。
神々に問を投げたとて、神様方からの返答があるわけではない。
不毛な問いかけだが、それでも問わずにはいられなかった。
回答が欲しいというわけではなく、ただ……神様に、聞いて欲しかった。
自身にできるのは、粛々と――なるべく無心を保ち祈りを続けるだけ。
身体から溢れてくるのは、虹色の粒子と淡い金色の聖光――
(神様方……私に御力を授けてくださったこと……わからずとも――)
(私は人々を救うため、この力を行使すると誓います。 ですのでどうか……。)
(神様方、私を……お見守りくださいませ……。 日々の生に、改めて感謝を。)
◇ ◇ ◇
どのくらいそうしていたのか――
祈り続けていると複数の気配を感じ、祈りを止め、振り返る。
すると結構な神官に囲まれており、おっかなびっくりする聖女。
皆一様に、敬仰と畏怖の念を抱くような眼差しを向けているではないか。
気がついていなかったが、かなり長い間祈りを捧げていたようだった。
ステンドグラスから落とされる光は、ほのかに夕日の色を帯びる。
(いつの間に夕方に……?私ってもしかしてすっごい集中力……?)
(な、何時間ここに居たのかしら……考えるのも恐ろしいですね……。)
長時間膝を折って祈りを捧げていたためか――立ち上がると膝が痛む。
伸ばすという動作一つで、関節が悲鳴をあげるようで、割りと辛いが――
それでも立ち上がり、神官たちに声をかけ、足早に神殿の外へ。
向かう先は路地裏で、誰もいないことを確認し、懐を漁る。
彼から預かった腕輪を手に転がしてみるが……失念していた。
「……。 あ……アメトリクス様……。 なんてこと……。」
(私、使い方を教えてもらってないじゃないですか……!! 閣下の馬鹿ッ!)
手に持ったそれを握りしめ、思わず聖光が光りそうになるのを抑える。
後悔したところで仕方がないと、気を引き締め、改めて神殿付近から移動。
結局は自身の足で戻る他なく、ニヴェイシア邸へと足を運ぶ。
石畳を歩くこと僅か数歩――腹の中に住んでいる虫が小さな抗議をあげた。
それはかなり控えめな「きゅる……」という、なんとも可愛らしい音。
最後に摂った食事といえば、昼食として食べたサンドイッチのみ。
(そりゃ……お腹も鳴りますよねっ!! ああでも……こんな往来で……。)
(はしたないったらありゃしない……! なんて恥ずかしいの……うう。)
周囲を見渡し、お腹の音が聞かれていないことを祈るしかない。
法衣の裾をくるりと翻し、目的地を市場方面へと進路変更。
腹の虫のお眼鏡にかなう食を探す旅路へと赴いた。
市場が広がる大広場では、賑やかな呼び声、熱した香ばしい油の匂いがする。
時間帯もちょうどいいのか、市場では屋台がいくつも出店しており――
あまり市場の当たりには赴くことがなかったため、思わず輝く瞳で周囲を見渡す。
その雑踏の中――ひときわ異質な気配が、思わず視線を釘付けにした。
燃えるような赤い髪。低い位置で二つ結びにした大人びた女性。
瞳の色も同じく燃えるような赤色で、一目見た感じは……グラマラスな美女。
(胸ッ!? なんですかアレ……胸が……すごい……すっごい巨乳ッ!!)
(ってそうではなくって……!! あれ……あの感じは……!)
瞳に映ったその美女の違和感は、半分ほど、魔族の血液を宿した彼――
アメトリクスと同じ、異質な……人族とは異なる、妙な違和感を感じ取ったのだ。
赤髪の女性は市場をさまよい歩き、輝く表情で屋台を回っている。
が――どうやら無一文らしいのか、店主から『しっしっ』と追い払われている。
距離は遠いが、それでも肩を『ガクリ』と落としている様子が確認できた。
彼女の姿は、迷子の子犬のような――あまりに頼りない。
その姿は、聖女の心を打つのには十分だった。
リスクなどの考慮はせず、気がつけば彼女の元へ駆け寄り――
普通に、話しかけてしまっていた。
「あ、あのっ……! こんばんわ……! えっと……その――
先程の串焼き……よかったら、私と一緒に食べませんか……?
お代は私がもちますのでっ……!」
赤髪の彼女はしょぼくれていた肩を上げ、瞳を輝かせる。
まるで無邪気な子どものように笑うが、セラの姿を見つめ、眉を下げた。
「えーっとなの……。 その、アタイ……お嬢ちゃにとって知らないヒト――
なのよ……? それでもいいの? こんなアタイと……?」
邪気を感じられない姿に、母性をくすぐられてしまった。
彼女の姿は甘えたい盛りの子犬にしか、見えなかったのだ。
二人で先ほどの屋台まで行き、串焼きを十数本買い込み、二人で食べ歩く。
炭火で燻した肉の香りに、薄く付けられたピリ辛のソース。
屋台ならではの独特な塩気――普段こういった食べ物を口にしてこなかった。
ゆえに、そのジャンキーな味わいに、顔をほころばせる聖女。
赤髪の彼女もまた舌鼓を打ち、幸せそうに咀嚼しながらも自己紹介を始めた。
「ありがとなのよっ! お嬢ちゃっ! アタイ――ネリア!」
「お嬢ちゃに、ついでに聞きたいことがあるのっ! 唐突でごめんなの……。
アタイ、この街でヒトを探してるのよ。 お名前なんだけど……。
『アメト』ってお名前のヒト! 白くて長いヒト!」
「アタイの友人ちゃなの! もし知ってたら、教えてほしいのよっ!」
やはり、か――と、手に持っていた串が若干震える。
「ネリアさん……ですね? 私はセラと申します。 それで、えーと。
私……アメトリクス様のお屋敷に居候させてもらってまして――」
「案内もできますので、ネリアさんさえよろしければ私が案内をしましょうか?」
「ふむふむ……」と首を上下にカクカクさせ、次いで繰り出される言葉――
「なるほどなのよっ! つまりお嬢ちゃは――
メトちゃの彼女ちゃってことなのねっ!! 完全に理解しちゃったの!」
――いやまて、違う、そうじゃない。
ツッコミたい気持ちは山々だったが、セラの言葉を遮るように畳み掛ける女性。
「メトちゃにもついに彼女ちゃができたの! アタイ、嬉しいの!
うん、助かるの! それじゃ、アタイをメトちゃのとこまで連れてってなの!」
彼女認定されてしまい、身体がぶわりと熱くなる感覚――
必死に否定の言葉を紡いだが、全くもって聞いてくれそうにない赤髪の女性。
「そなのー?」と眩しい笑顔を返すだけで、あまりにも軽く流された。
ネリアという、天真爛漫な彼女を引き連れ、ニヴェイシア邸へ向かう。
肩を並べて食べ歩く道中――彼の屋敷へと向かっていくのだった。
まさかこれが、とある悲劇を生むなどと、この時のセラには知る由もない。
◆第三章 了




