頁:80 その【青年】訳ありの庭師。◆挿絵有り
向かう先の部屋にいるのは聖女――彼女に貸し出している寝室だ。
扉を打ち鳴らし、念のために「入るヨー」と語りかけて入室。
彼女はいまだ眠っている様子らしく、彼女らしくない姿での睡眠法――
なにやら布団に包まり眠っているが……そっと布団に近づく。
寝台に身を寄せて、彼女が眠っているであろう布団の内部へと潜り込む。
彼女の体温で温められた内部は、なかなかに居心地が良い。
つい――そう、ついウトウトとしてしまうほど、心地よい温度だった。
「聖女サマー……ボクだヨ。 怖い怖ーい魔族のアメトだヨー。
ほらー、キミを襲いに来たヨー……起きてくれないと……ボク寝そう。」
彼女の隣にぴたりとくっつき、耳元で囁きを落としてみれば、反応を示す身体。
彼女は布団の内部で「ぅー……」と身じろぎ一つ。
ボクという違和感に気がついた彼女は、次いで「何事ッ!?」と声を張り上げた。
布団を慌てて引っ張ってしまったわけだが……結果として――
軽くなってしまった自身の身体を、持ち上げてしまうには十分の力で。
――どうなったかと言えば、だ。
自身が彼女を組み敷いてしまうという、なんとも状況的に面白いことに。
「ヤッホー。 ようやくお目覚め?」
押し倒されているという状況を、即座に理解したのだろう。
彼女の顔は真っ赤になっており「あの……その……」とたじろぐばかりだ。
軽く息を吐き出し、彼女からあっさり身を引く。
でなければ、自身が《浄化》されてしまいかねないのでね。
「ボクと同衾シちゃった仲なのに、今更デショー。 ま、イイや。
キミにも伝えておかなければならないコトがあってネ。」
「ボクの姿が戻り次第、ボクはしばらく帰らない。 だからヨロシク。
ボクが伝えたかったのはそれダケだからサー。」
どうしてなのだろうか……なぜ、彼女はこうも寂しそうな瞳をするのだろう。
彼女の表情から読み取れる感情は恐らく、こんなものだろう。
『どうして?』や『なぜ?』……『行かないで欲しい』といったもの。
――ボクは、彼女の気持ちが分からない。
自身はたしかに、彼女に対し危害は加えたりなどは“あまり”ない。
しかし、嫌われて当然の言葉をかけてきたことは、事実なのだ。
彼女の感情の機微を読み取り、なるべく微笑んで見せる。
「キミさ、表情で大体分かるヨ? ボクと離れたくない……そう思ってる。
――どうして? ボク本当に不思議でネ。 キミはボクのコト、怖くないの?」
「私にだって分かりませんよ! 自分のこの感情がなんなのかッ!
今はとにかく……釈然といたしませんッ! 妙に苛立って……不快です……!」
そっと彼女の頭に手を置き「そ……。」と一言落として髪を撫でる。
綺麗な彼女の黒灰の髪色は、とても目を引く色で――
踵を返して部屋から出ていくと、彼女の独り言が、出る直前で聞こえてくる。
「もう……意味が分かりません……! なんなのですか、私も、閣下も……。」
意味が理解できないのは、どうにもボクだけではなく彼女もらしい。
(なんでボクは、こんなにも彼女を気にしているのだろうか?意味不明だネ)
(悪いネ……セラフィーナ。 ボクはキミを利用しているだけなのに。)
◇ ◇ ◇
聖女の寝室を後にし、アメトは自身の部屋へと向かっていた。
しかしその道中――魔導椅子から降りた賢者が膝を折り、懇願の嘆きを上げた。
「ニヴェイシア子爵閣下ァッ!!!ど、どうかァッ!」
「どどどどうかぁァァッ! ワタクシめに魔導スクロールをッッ!!」
土下座に近い彼の懇願に、瞳を細めて嘆息を洩らすアメト。
賢者の近くには勇者の姿もあり、彼にどうしてこうなったのかを尋ねる。
するとどうやら、スクロールの話をしたのだそうで――
その際に制作者の話になり、何だかんだあって、こうなった……とのこと。
「ハァ。 話は分かったケド。 なんのスクロールが欲しいの?
召喚系は無理だから却下させていただくケド……。」
「ボクが作れるのって転送系か、魔術行使くらいなモノだケド。」
バルタザールの側へ身を寄せ、彼の身体を魔導椅子に座らせたルル。
彼女が横槍を入れるようにアメトへと質問を投げた。
「それってさ、あたしの魔法もスクロールにできるん?
もし出来るんなら拘束系の魔法のスクロールが欲しいんじゃけど。」
「出来ないコトもないケド、でも数が多いとボクも困っちゃうよネー。
作る、作れるて言っても、材料費と時間がかかっちゃうからサ。」
「沢山ってなると、それだけの労力と費用がかかっちゃうコト、分かってる?
スクロール用の特殊な羊皮紙と、魔粉……インクとそれと――
魔術刻印用の、錬金石が仕込まれてる羽ペンとか、諸々。」
腰に手を当て、いかにも「さあどうする?」と言いたげな嘲笑。
だったが、そんなアメトの様子を気にすることなく、賢者が立ち上がり――
彼は肩にかけてある鞄を漁ると『じゃらり』と音がする革袋を取り出した。
「材料費、諸費はすべてッ! この賢者めが負担いたしましょうッ!
歴史的な文化遺産のような貴重品を作成して頂くゆえこの程度なんのその――
ワタクシの叡智の一頁を刻む歴史的瞬間に立ち会えることを嬉々とし――」
「はぁ……わかった、分かったからサ……。とりあえず大人しくしてヨ……。」
バルタザールはアメトの付近で早口でまくし立てていた故に、ドン引き。
周囲の仲間たちからも距離を取られており、全員から身を引かれていた。
「とりあえず、買い物から始めなきゃだけど、困ったネー? だってサ……。
ボク、この姿だから出歩けないヨ。 こんな姿を晒してしまった暁には――」
「キミたちみたいに『ニヴェイシア子爵の子孫』って思われちゃう。
ボクに隠し子なんて居ないのにネェー? ヒヒッ!」
「それなら僕たちが責任持って『買い出し』行ってくるよっ!
パルも誘って皆でっ! 僕たちが行ったら問題ないでしょ? どうかなっ!」
張り切っている勇者を止められるはずもなく、彼らは「それじゃ!」と――
この場にいない騎士を誘うため、彼らはバタバタと駆け出し、いなくなった。
セラを除いた四人はかくして『おつかい』の為、交易都市の市場へ――
ようやっと落ち着きを取り戻した自身の屋敷の中……。
アメトは自身のやるべきことをするため、思い出したように自室へと向かった。
◇ ◇ ◇
陽光輝く昼下がり――温かな陽射しが高い空に浮かぶ時刻。
どうにも自身の心は落ち着かなくって、少しでも気が紛れるのでは?と。
そう思って、ニヴェイシア邸の庭園へと赴いていたわけだけれど――
鮮やかに咲き誇る色とりどりの植物に、自然が近いからなのか……。
聞いたことのない小鳥の囀りも聞こえてきて、まるでおとぎの世界のようなお庭。
小さな庭園だけれど、青々しい薫りや、木々や草花の奏でる音が耳をくすぐる。
そんな豊かな緑の小路を歩いていると、ふと目に留まった休憩所のような場所。
その場所はドーム型の屋根と、その下には白色の丸いテーブル。
合わせるように置かれている、整然と整えられた白い椅子。
まるで小さなお茶会用に作られた、くつろげそうな空間が目に留まった。
(なんでしょうかここ。 お茶会をする場所でしょうか……?)
(私にはあまり縁が無いですね……最後に参加したのはいつだったかしら。)
装飾が施された丸い綺麗なテーブルに対して、椅子は三つだけ。
ドーム型の屋根には蔦や葉が生い茂っており、眩しい陽光を静かに遮る。
落ち着ける空間にそっと腰をかけて、周囲を見渡して、想起するのは彼の姿。
(閣下……。 あなたはなぜ、私たちを気にかけているのでしょうか。)
「いつか、あなたの本心を聞かせてくださいませ……閣下。」
もっと彼について知りたいが――彼は妙なところで距離を取る。
ゆえに、何も分からずじまいで、無意識に胸の前に指を組んで瞳を閉じた。
「おやっ……? こんな場所でお客様とお会いするだなんてっ!
珍しいですねっ! こんにちわっ!」
唐突に聞こえてくる声にぎょっとして、声の方向に顔を向けてみると――
視線の先には庭師の出で立ち。とても爽やかな笑顔が印象的な好青年。
彼の両腕には、ピクニックバスケットとそれとティーポット。
恐らくはお昼ご飯を食べるために、この場所に来たのだろうと察せる。
「えっと!とりあえずご挨拶から! 俺はシリルって言いますっ!
お屋敷の庭師ですが、警備係も任されてますっ!」
「それで……今から昼食を摂ろうとしてまして……お客様もいかがですか?
何かの御縁ですしっ! よかったら俺とご一緒して下さいっ!」
「あっ……!ご丁寧にどうもありがとうございますっ!
私は、聖女のセラフィーナですっ……! 私で宜しければ是非……!」
少々驚きもあったけれど、取り繕って微笑を返す。
庭師の青年の彼は、嬉々とした様子で向かいの椅子に腰を下ろした。
ピクニックバスケットを開いて、丁寧に布ナプキンを広げる。
バスケットの中身は、たまごサンドやサラダサンド……とても美味しそうだ。
カップを二つ取り出して、淹れたての紅茶を注ぎ込んで手渡しされる。
(準備がよいのですね……? 偶然かしら……?)
多分顔に出ていたのだろう、好青年は小首を傾げて答えてくれた。
「へへっ! たまったま予備のカップを持っていたんですよっ!
昼食なんですが……一人分を想定してたもんで、その、量が少なくって。
それでも、セラフィーナさんさえ良かったら、召し上がって下さい!」
「旦那様が育てた植物の香辛料が使われてて、とっても美味しいんでっ!
まぁ、このサンドイッチを作ったのは俺ですがっ!」
そう言えば――彼……屋敷の主は薬草園の管理は一人で行っていたな、と。
納得して、ひとまず青年にお礼を告げて、サラダサンドを手に取った。
ひとくち頬張ってみると、口いっぱいに広がるハーブと香辛料の香り――
「とても優しい味付けですね……! 香辛料は何を使われているのですか?
すごく……アクセントになってて……! そういえば香辛料は閣下が……?
ニヴェイシア閣下って、実はものすごい方なのですか……?」
「ここだけの話なんですが……旦那様って、実は――」
そう言って伝えられた事実に、思わず目を見開き、驚愕するしかない。
そうしてその後は、この屋敷の主である彼のお話、庭の手入れの話――
庭園の近くには簡易的な畑もあって、野菜はそちらで栽培をしている等々。
いろいろな屋敷内でのエピソードを語り聞かせてくれて、緊張は解けていった。
「実は俺、旦那様に小さな頃……奴隷として売られそうになったとこ――
すっげぇ大変だった時に助けられたんすよ……へへっ!」
「そのあとに『働き口を探してる?』って聞かれて――
今はこうして、庭師と警備の仕事を任されてましてっ!」
照れくさそうに笑う青年は、咀嚼を交えつつもお話を続けてくれた。
「旦那様って半分は魔族って種族で、俺たち人間とは少し感覚がズレてますよね。
不思議っすよねー……でもなぜだか、恐怖とかはなくって。 なんだろ?」
「よくは分からないんすけど、淡白っていうか感心が薄い? っていうか……。」
(彼の種族のこと……ご存知だったのですね。)
驚きはしたけれど、でも屋敷の従業員の少なさから、なんとなく察していた。
手に持っていたカップを机に置いて「ふう」と一呼吸おいて、一旦落ち着く。
「閣下の種族のこと……知ってらっしゃっていたのですね。」
「はいっ! もちろんっす! ここで働いてる従業員は全員知ってることで――
でも皆さん、旦那様を“信用”してるんすよ! というのも……。」
「ここの従業員ってなかなか癖強い人ばっかりすからね! あははっ!
何かしら過去に、旦那様に助けてもらった人たちばっかりなんすよ!
だから信頼関係もすげーあるっていうか……そんな感じっす!」
語り終えた好青年は首を傾げて、なにやら困った顔。
「ただっすねぇー」と、苦笑交じり一息――数拍の沈黙……気まずい空気。
「旦那様って……本当に何を考えてるのか、さっぱりなんすよね。
俺……もう結構長いことお世話になってるはずなんすけど――
いまだに旦那様のことさっぱり、わからないんすよ! ははっ!」
ティーポットから紅茶を注ぎ入れひとくち啜り、晴れやかに笑う彼。
「多分――旦那様のことを一番理解してるのは、メイドのアイリスさんっすね!
あのすっごい冷たい、鉄仮面の表情のメイドさんっす!」
「もし、旦那様のことで気になることがあったのなら……。
彼女……アイリスさんに聞いてみたらいいっすよ!」
(長年仕えていても、それでもわからないって……閣下らしいですね。)
食事を終え、手早く片付けを済ませ、改めて好青年にお礼を伝えた。
その後――彼は職務へと戻って、自身は皆様が待ってらっしゃるはずの場所へ。
ほんの僅かな時間ではあったけれど、とても充実感を感じられた時間だった。
(それにしても、閣下が黒こしょうの栽培をしてらっしゃるだなんて……。)
(少しくらい……分けていただいてもばちは当たりませんよね……?)




