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それから、気絶してしまった賢者の魔導椅子を押し、孤島の散策を行った。
しかし肝心の賢者は無様な姿を晒し、調査という調査が出来ずじまい。
結局のところ、先程の魔族との戦闘の一件が異様だっただけ。
孤島には特段変わった様子はなく、アメトの探知により孤島を調べるが――
魔物たちは通常と変わらず、飛竜のような個体も見つからない。
汚泥を滴らせる例の黒色の石も見つけられず、徐々に落ちていく太陽。
調査を終え、交易都市へ帰還することになり、船着き場へと向かう。
しかし戻りの定期船まで、どうやら少し時間が余ってしまった様子。
船が来るまでの間は、皆それぞれ、思い思いに過ごすこととなった。
ルルは波打つ岩肌の付近ではしゃいでおり、甲殻類を見つけて遊んでいた。
彼女の付近には、気絶したバルタザールが控えている。
ノアは波打ち際で何度も助走をつけ、海面を駆け抜ける練習をしていた。
なぜ――そのような行動に至ったのかは謎である。
が、彼は短時間で数十メートルほど走れるようになっており――
服を濡らしながらもひたすら海面を走り、妙な光景を生んでいた。
貫かれた左目を隠すため、アメトは左目に眼帯を装着し、応急処置。
ボロになってしまった衣類から着替えを済ませ――
彼のいつもと変わらない調子は、先ほどの戦闘はまるで無かったかのようで。
不気味なまでに、通常通りの『幽玄の白雪』そのものだった。
◇ ◇ ◇
瞳を閉じて奏でる旋律は、どこか懐かしくって、温かいメロディー。
いつだったか、大事な人が聞かせてくれたオルゴールの調べ。
(皆さんは……それぞれ楽しんでらっしゃる……のかしら。)
不思議な事に、私には『よく分からない記憶』が身体に刻み込まれている。
懐かしいけど、思い出せなくて、でもそれでも困ったことは特にない。
今口ずさんでるこの鼻歌もそうで、子供時代を思い出させてくれる――
そんな不思議な音色で、小さな頃に見た、白い花畑の香りを蘇らせてくれる。
(お父様……お母様……。 元気にしてらっしゃるかしら……?)
それにしても一体全体、この曲はどこで聞いたんだろう?
物心ついた時から、何気なく――このメロディラインを知っていて。
思えば幼い時分より、私は不思議な子だったと記憶してる。
それは、身に覚えのない記憶に関することなのか、なんなのか。
ずっと昔の、幼い頃の記憶というのは『幼児期健忘』で忘れてしまうって――
どこかで聞いたことあるのだけど、その単語もどこで聞いたのか分からない。
(不思議なこともあるものですね……。 でも――)
自分は一体、何者だったのだろうか?この思い出は、この気持ちは……?
幼少期までは、たしかに記憶していたはずの『懐かしくて知らない場所』――
全部、水に溶けて流れるみたいに混ざってて、それが私に繋がってて……。
「ふーん、ふーん……ふー……。」
考え事をしている時はいつも、こうやって歌って落ち着いてきた。
歌っているときは、何もかも忘れさせてくれる気がするから。
色々な人が私という一人の人間を、支えてくれている。
ニヴェイシア閣下……アメトリクス様の言葉を反芻して、ちゃんと飲み込む。
あの人が何を思って行動しているかなんて、私には分からない。
だけど――私たちを害そうとしているわけじゃないって、分かったから。
不器用だけど、優しい……そんな人なんだろう。
……ノアやルルちゃん、それにパルテオンさんやバルタザール様。
叱咤激励をしてくださったあの方も、みんな私にとってかけがえのない宝物。
「どうしたの、セラ……? 歌なんか歌って……とっても綺麗な曲だねぇ。」
「あたし……なんかすごい眠いんじゃけど……子守唄……?」
ウトウトと眠たそうなルルちゃんと、不思議そうに小首を傾げるノア。
私が何か言う前に、もう一人……いや、二人、影が近づいてきて語りかけた。
「なんだか……甘美な調べだネ。 異国の曲……?
ボクは聴いたことのない旋律だケド。 物知りだネェ、聖女サマ。」
「ふふっ……。 気になり……ますか?」
「小さな頃から、なぜだかずっと頭から離れない旋律なのです。
昔……とっても大事だと思っていた人に、聞かせてもらったような――
そんな感じの曖昧な記憶の曲なのです。 不思議……ですよね?」
朗らかな微笑を浮かべたノアが「なんて曲名?」と――
何気なく聞いてくれたけど、その答えをあげる前に、苦笑い。
「題名はたしか『子供の情景』だったと記憶してるんですが――
いったいどこで聞いたのか、私にもさっぱりなんです。」
「っと……皆サマー。 そろそろ船がくるみたい。 移動しないとだヨー。」
彼の一言で、私たちは船着き場へと場所を移した。
遠くから聞こえてくるのは定期船の『ポー』っていう汽笛の音。
周りにはいつからいたのか、結構人も集まっていて、ちらほら会話も聞こえる。
船に乗って適当な場所に腰をかけるけど、疲労からか腰が沈む感じがする。
いつのまにかルルちゃんは、バルタザール様のお膝の上で寝ていて……。
(ずっと、魔法を唱えてましたもんね、ルルちゃん。 お疲れ様……。)
船が動き出してもノアは動くことなく、甲板の手すりに手をかけたまま。
物思いに耽る彼の顔は、どこか果てない空を見ているように感じた。
彼の碧灰の瞳の色は、まるで曇り一つない青空のようで。
強かで、それでいて優しくって、凛々しいのに……今はどこか哀しそうで。
ノアに視線を移していたけど「ネェ。」といつもの調子で語りかけてくる声。
視線を移さなくとも、声だけであの人だって分かる。
「聖女サマ、さっき歌っていた歌――もう一度聴かせてくれなぁい?
ボク、さっきの旋律……綺麗だなって思ったからサ。 是非歌って欲しい。」
相変わらず胡散臭くって、やっぱり第一印象で感じた冷たさを感じてしまう。
声も表情も柔らかいはずなのに、どうしてなんだろう?
それにしても人前で歌えだなんて、なかなかに酷なことを仰る……。
「ひ、人前で披露するほどのものでも……ただの鼻歌ですが……?」
「そうかもネー。 でも、キミの歌声はキミが思う以上に、美しい響きだヨ?
ま、ボクがそう感じているだけだケドー。 ……ボクのコトが嫌いで――
ちょっとした『お願い』すら聞きたくないのなら、無理強いはしないヨ。」
この人は外堀から埋めて、逃げ道を塞ぐことに長けている気がする。
気の所為?いや……絶対、私の性格を分かっていて、やっている。
――なんて、女々しい人なんだろうって思うのは、失礼に当たるかしら?
仕方なく「分かりました……。」と苦笑交じりに答えるしかなくって。
顔が熱いから多分赤面してるのだろうけど、もうこうなれば捨て身覚悟。
一呼吸置いて、なるべく穏やかな気持ちで旋律を口ずさむ。
私はこの時、瞳を閉じていたから知らなかったのだけど――
私の預かり知らないところで、どうやら何か変化が起きたみたいで。
ただの鼻歌のはずなのに、不思議な力を宿すみたいに、甲板に響き渡って――
潮風すら通さない、不思議な空気になっていたみたいだった。
私の周りにはいつもの金色の光と、虹色の粒子が舞い上がって……。
夕日に照らされた金色と虹色が、船の上を染め上げて幻想を生んでいたとか。
(どうか、人々が、世界が……平和でありますよう。)
私の些細な願いから紡がれた旋律は、人々に祝福をもたらしたみたい。
――後からそのことを知った時、凄く恥ずかしかったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
交易都市の港に帰還した勇者一行。
空はすでに薄暗く、時間の経過を悠然と物語る。
近辺の市場は活気づいていて、鮮魚の生臭い強烈な匂いが漂う。
行き交う人々は、人それぞれ――笑ってる人、行き急ぐ人で様々だ。
どこか平和的に感じる街並みに、帰ってきたのだなと実感が沸いていた。
市場を過ぎ、露店街を歩いていく勇者ノアたち一行。
いつもの賑やかな光景の中、喧騒とは相反する静けさを纏う勇者たち。
先ほどの岩礁での一件、その余韻が抜けきれていないノアとセラ。
彼らはどこか浮かないような表情で、まるで通夜のような雰囲気。
そうして港を抜けて、市場を抜けて、向かう先はニヴェイシアの邸宅。
「パル、大丈夫かな……。 出る前にキューの幻覚を見ていたみたいだけど……。
それに、パルのことだから、お屋敷のご飯を食べ尽くしてないか……。」
「僕、色んな意味でとっても心配だよー……。」
どこかズレた心配をしている勇者だが、彼は至って真剣で大真面目だ。
大事な友人への不安に思う気持ちと、屋敷の人たちへの配慮。
「心配するトコ、そこなんだ。」と小さな声でツッコミを入れるアメト。
彼は賢者の腰掛けている魔導椅子を動かし、移動している。
先頭を歩くノアに身を寄せると、隣で語りかけるアメト。
「大丈夫だヨ。 ウチの屋敷は優秀な従業員しかいないからサ。
食料も、保存食を結構蓄えてるし、騎士サマ一人くらいなんともないヨ。
それともなぁに? ボクだけじゃなくて、人間の彼らも信用ならないー?
ま、屋敷の主が『コレ』だものネェ……分からないでもないヨ、ヒヒッ!」
「うーん? アメトさんのこと、とっても信頼してるよっ! それに――
エルドリックさんや、メイドのリリアさんもっ! そうじゃないのっ!
アメトさんは知らないと思うけど、パルの胃袋……。」
「僕はひたすらそっちが心配で……蓄えを食い尽くすんじゃないかって……。」
ノアの言葉に一瞬だけ驚いたような表情を見せるアメト。
「ヒヒッ」とおちょくるように笑い、次いで吐き捨てるように言葉を投げる。
「それって、ある意味でボクも騎士サマも『信頼』してなくなぁい?」
勇者の言葉に、飄々と返答を投げる半魔の彼。
そうして応酬を交わし、たどり着いたニヴェイシアの屋敷。
魔導椅子に腰掛けた賢者、その上で眠る小人族――
彼らの様子を尻目に、屋敷の主はため息をひとつ。
「ボクは少し疲れたカモ……。 さて、と……」
「賢者サマとチビっ子チャン、寝室に置いてくるネ。」
言葉だけ伝え、彼は黒紫の霧を纏い三人の姿は消えていった。
「相変わらず行動が早いね、アメトさん……さてさーて!
それじゃ、セラ……僕はパル(の胃袋)が心配だからさっ!
様子を見てくるねっ! セラもしっかり、休んでねっ!」
颯爽と玄関ホールを駆け出してしまったノア――
一人取り残されたセラは、玄関ホールでぽつんと佇み、逡巡する。
(お風呂……それか一旦は身体を休めるか……。 うーん……。)
迷った結果、一旦は部屋で休息を取ることにしたセラ。
部屋へと向かう道中、渡り廊下から見えるのは裏庭の庭園。
岩礁で起きたことを改めて思い返し、指を組んで胸の前へ。
(あのときは、頭がいっぱいいっぱいで『鎮魂』できなくてごめんなさい。)
『浄化の御神よ、魂を星律の流転へとお導きください。 須臾の刻は満ち――
御霊は〈地平〉へ巡り――星の導きの元……安らかに、お還りなさい。』
せめて、どうか安らかに眠れるように、と――
リオという名の魔族の為、オルディナストラの『鎮魂の言の葉』を口ずさむ。
その後は寝室へと向かい、想像以上の気疲れからか――
着替えも済まさないまま、布団へ身体を投げると、すぐに眠気が襲ってきた。
時刻はまだ、夕刻を過ぎた頃合いではあった。
が、身体は布団の海に沈み「仮眠なら……」と甘えの気持ちもあり――
彼女は、想像以上に深い微睡みに身を沈めていった。




