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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
七章:

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頁:76 ターニング・ポイント



それから、気絶してしまった賢者(バルタザール)の魔導椅子を押し、孤島の散策を行った。

しかし肝心の賢者は無様な姿を晒し、調査という調査が出来ずじまい。


結局のところ、先程の魔族との戦闘の一件が異様だっただけ。

孤島には特段変わった様子はなく、アメトの探知により孤島を調べるが――


魔物たちは通常と変わらず、飛竜のような個体も見つからない。

汚泥を滴らせる例の黒色の石も見つけられず、徐々に落ちていく太陽。


調査を終え、交易都市(ヴァルメリア)へ帰還することになり、船着き場へと向かう。

しかし戻りの定期船まで、どうやら少し時間が余ってしまった様子。


船が来るまでの間は、皆それぞれ、思い思いに過ごすこととなった。



ルルは波打つ岩肌の付近ではしゃいでおり、甲殻類を見つけて遊んでいた。

彼女の付近には、気絶したバルタザールが控えている。


ノアは波打ち際で何度も助走をつけ、海面を駆け抜ける練習をしていた。

なぜ――そのような行動に至ったのかは謎である。


が、彼は短時間で数十メートルほど走れるようになっており――

服を濡らしながらもひたすら海面を走り、妙な光景を生んでいた。


貫かれた左目を隠すため、アメトは左目に眼帯を装着し、応急処置。


ボロになってしまった衣類から着替えを済ませ――

彼のいつもと変わらない調子は、先ほどの戦闘はまるで無かったかのようで。


不気味なまでに、通常通りの『幽玄の白雪(ニヴェイシア)』そのものだった。


◇ ◇ ◇


瞳を閉じて奏でる旋律は、どこか懐かしくって、温かいメロディー。

いつだったか、大事な人が聞かせてくれたオルゴールの調べ。


(皆さんは……それぞれ楽しんでらっしゃる……のかしら。)


不思議な事に、私には『よく分からない記憶』が身体に刻み込まれている。

懐かしいけど、思い出せなくて、でもそれでも困ったことは特にない。


今口ずさんでるこの鼻歌もそうで、子供時代を思い出させてくれる――

そんな不思議な音色で、小さな頃に見た、白い花畑の香りを蘇らせてくれる。


(お父様……お母様……。 元気にしてらっしゃるかしら……?)


それにしても一体全体、この曲はどこで聞いたんだろう?

物心ついた時から、何気なく――このメロディラインを知っていて。


思えば幼い時分より、私は不思議な子だったと記憶してる。


それは、身に覚えのない記憶に関することなのか、なんなのか。


ずっと昔の、幼い頃の記憶というのは『幼児期健忘』で忘れてしまうって――

どこかで聞いたことあるのだけど、その単語もどこで聞いたのか分からない。


(不思議なこともあるものですね……。 でも――)


自分は一体、何者だったのだろうか?この思い出は、この気持ちは……?


幼少期までは、たしかに記憶していたはずの『懐かしくて知らない(日本で過ごした)場所(想い出)』――

全部、水に溶けて流れるみたいに混ざってて、それが私に繋がってて……。


「ふーん、ふーん……ふー……。」


考え事をしている時はいつも、こうやって歌って落ち着いてきた。

歌っているときは、何もかも忘れさせてくれる気がするから。


色々な人が私という一人の人間を、支えてくれている。

ニヴェイシア閣下……アメトリクス様の言葉を反芻して、ちゃんと飲み込む。


あの人が何を思って行動しているかなんて、私には分からない。

だけど――私たちを害そうとしているわけじゃないって、分かったから。


不器用だけど、優しい……そんな人なんだろう。


……ノアやルルちゃん、それにパルテオンさんやバルタザール様。

叱咤激励をしてくださったあの方も、みんな私にとってかけがえのない宝物。


「どうしたの、セラ……? 歌なんか歌って……とっても綺麗な曲だねぇ。」


「あたし……なんかすごい眠いんじゃけど……子守唄……?」


ウトウトと眠たそうなルルちゃんと、不思議そうに小首を傾げるノア。

私が何か言う前に、もう一人……いや、二人、影が近づいてきて語りかけた。


「なんだか……甘美な調べだネ。 異国の曲……?

 ボクは聴いたことのない旋律だケド。 物知りだネェ、聖女サマ。」


「ふふっ……。 気になり……ますか?」


「小さな頃から、なぜだかずっと頭から離れない旋律なのです。

 昔……とっても大事だと思っていた人に、聞かせてもらったような――

 そんな感じの曖昧な記憶の曲なのです。 不思議……ですよね?」


朗らかな微笑を浮かべたノアが「なんて曲名?」と――

何気なく聞いてくれたけど、その答えをあげる前に、苦笑い。


「題名はたしか『子供の情景(トロイメライ)』だったと記憶してるんですが――

 いったいどこで聞いたのか、私にもさっぱりなんです。」


「っと……皆サマー。 そろそろ船がくるみたい。 移動しないとだヨー。」


彼の一言で、私たちは船着き場へと場所を移した。

遠くから聞こえてくるのは定期船の『ポー』っていう汽笛の音。


周りにはいつからいたのか、結構人も集まっていて、ちらほら会話も聞こえる。


船に乗って適当な場所に腰をかけるけど、疲労からか腰が沈む感じがする。

いつのまにかルルちゃんは、バルタザール様のお膝の上で寝ていて……。


(ずっと、魔法を唱えてましたもんね、ルルちゃん。 お疲れ様……。)


船が動き出してもノアは動くことなく、甲板の手すりに手をかけたまま。

物思いに耽る彼の顔は、どこか果てない空を見ているように感じた。


彼の碧灰(シエルグレイ)の瞳の色は、まるで曇り一つない青空のようで。

強かで、それでいて優しくって、凛々しいのに……今はどこか哀しそうで。


ノアに視線を移していたけど「ネェ。」といつもの調子で語りかけてくる声。

視線を移さなくとも、声だけであの人だって分かる。


「聖女サマ、さっき歌っていた歌――もう一度聴かせてくれなぁい?

 ボク、さっきの旋律……綺麗だなって思ったからサ。 是非歌って欲しい。」


相変わらず胡散臭くって、やっぱり第一印象で感じた冷たさを感じてしまう。

声も表情も柔らかいはずなのに、どうしてなんだろう?


それにしても人前で歌えだなんて、なかなかに酷なことを仰る……。


「ひ、人前で披露するほどのものでも……ただの鼻歌ですが……?」


「そうかもネー。 でも、キミの歌声はキミが思う以上に、美しい響きだヨ?

 ま、ボクがそう感じているだけだケドー。 ……ボクのコトが嫌いで――

 ちょっとした『お願い』すら聞きたくないのなら、無理強いはしないヨ。」


この人は外堀から埋めて、逃げ道を塞ぐことに長けている気がする。

気の所為(せい)?いや……絶対、私の性格を分かっていて、やっている。


――なんて、女々しい人なんだろうって思うのは、失礼に当たるかしら?


仕方なく「分かりました……。」と苦笑交じりに答えるしかなくって。

顔が熱いから多分赤面してるのだろうけど、もうこうなれば捨て身覚悟。


一呼吸置いて、なるべく穏やかな気持ちで旋律を口ずさむ。


私はこの時、瞳を閉じていたから知らなかったのだけど――

私の預かり知らないところで、どうやら何か変化が起きたみたいで。


ただの鼻歌のはずなのに、不思議な力を宿すみたいに、甲板に響き渡って――

潮風すら通さない、不思議な空気になっていたみたいだった。


私の周りにはいつもの金色の光と、虹色の粒子が舞い上がって……。

夕日に照らされた金色と虹色が、船の上を染め上げて幻想を生んでいたとか。


(どうか、人々が、世界が……平和でありますよう。)


私の些細な願いから紡がれた旋律は、人々に祝福をもたらしたみたい。


――後からそのことを知った時、凄く恥ずかしかったのは言うまでもない。


◇ ◇ ◇


交易都市(ヴァルメリア)の港に帰還した勇者一行。

空はすでに薄暗く、時間の経過を悠然と物語る。


近辺の市場は活気づいていて、鮮魚の生臭い強烈な匂いが漂う。


行き交う人々は、人それぞれ――笑ってる人、行き急ぐ人で様々だ。

どこか平和的に感じる街並みに、帰ってきたのだなと実感が沸いていた。


市場を過ぎ、露店街を歩いていく勇者ノアたち一行。


いつもの賑やかな光景の中、喧騒とは相反する静けさを纏う勇者たち。


先ほどの岩礁での一件、その余韻が抜けきれていないノアとセラ。

彼らはどこか浮かないような表情で、まるで通夜のような雰囲気。


そうして港を抜けて、市場を抜けて、向かう先はニヴェイシアの邸宅。


「パル、大丈夫かな……。 出る前にキューの幻覚を見ていたみたいだけど……。

 それに、パルのことだから、お屋敷のご飯を食べ尽くしてないか……。」


「僕、色んな意味でとっても心配だよー……。」


どこかズレた心配をしている勇者だが、彼は至って真剣で大真面目だ。

大事な友人への不安に思う気持ちと、屋敷の人たちへの配慮。


「心配するトコ、そこなんだ。」と小さな声でツッコミを入れるアメト。

彼は賢者(バルタザール)の腰掛けている魔導椅子を動かし、移動している。


先頭を歩くノアに身を寄せると、隣で語りかけるアメト。


「大丈夫だヨ。 ウチの屋敷は優秀な従業員しかいないからサ。

 食料も、保存食を結構蓄えてるし、騎士サマ一人くらいなんともないヨ。

 それともなぁに? ボクだけじゃなくて、人間の彼らも信用ならないー?

 ま、屋敷の主が『コレ』だものネェ……分からないでもないヨ、ヒヒッ!」


「うーん? アメトさんのこと、とっても信頼してるよっ! それに――

 エルドリックさんや、メイドのリリアさんもっ! そうじゃないのっ!

 アメトさんは知らないと思うけど、パルの胃袋……。」


「僕はひたすらそっちが心配で……蓄えを食い尽くすんじゃないかって……。」


ノアの言葉に一瞬だけ驚いたような表情を見せるアメト。

「ヒヒッ」とおちょくるように笑い、次いで吐き捨てるように言葉を投げる。


「それって、ある意味でボクも騎士サマも『信頼』してなくなぁい?」


勇者(ノア)の言葉に、飄々と返答を投げる半魔の彼(アメトリクス)。

そうして応酬を交わし、たどり着いたニヴェイシアの屋敷。


魔導椅子に腰掛けた賢者(バルタザール)、その上で眠る小人族(ルル)――

彼らの様子を尻目に、屋敷の主はため息をひとつ。


「ボクは少し疲れたカモ……。 さて、と……」


「賢者サマとチビっ子チャン、寝室に置いてくるネ。」


言葉だけ伝え、彼は黒紫の霧を纏い三人の姿は消えていった。


「相変わらず行動が早いね、アメトさん……さてさーて!

 それじゃ、セラ……僕はパル(の胃袋)が心配だからさっ!

 様子を見てくるねっ! セラもしっかり、休んでねっ!」


颯爽と玄関ホールを駆け出してしまったノア――


一人取り残されたセラは、玄関ホールでぽつんと佇み、逡巡する。


(お風呂……それか一旦は身体を休めるか……。 うーん……。)


迷った結果、一旦は部屋で休息を取ることにしたセラ。

部屋へと向かう道中、渡り廊下から見えるのは裏庭の庭園。


岩礁で起きたことを改めて思い返し、指を組んで胸の前へ。


(あのときは、頭がいっぱいいっぱいで『鎮魂』できなくてごめんなさい。)


『浄化の御神(おんかみ)よ、魂を星律(せいりつ)の流転へとお導きください。 須臾の刻は満ち――

 御霊(みたま)は〈地平〉へ巡り――星の導きの元……安らかに、お還りなさい。』


せめて、どうか安らかに眠れるように、と――

リオという名の魔族の為、オルディナストラの『鎮魂の言の葉』を口ずさむ。


その後は寝室へと向かい、想像以上の気疲れからか――

着替えも済まさないまま、布団へ身体を投げると、すぐに眠気が襲ってきた。


時刻はまだ、夕刻を過ぎた頃合いではあった。

が、身体は布団の海に沈み「仮眠なら……」と甘えの気持ちもあり――


彼女は、想像以上に深い微睡みに身を沈めていった。





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