頁:75 その【孤独】を照らすのは。◆挿絵有り
同族同士の争いは、勇者の手により――終結した。
全員が無事とは言い難く、その余波は森の一角に確かに刻まれていた。
焦げた植物に燻る大地、未だに漂い続ける、魔力の残滓のような流れ。
ばら撒かれた小さな食器用のナイフは、先程までの魔族の痕跡を物語る。
左目と横腹を穿たれ、傷跡からは血液を滴らせるもう一人の魔族。
(結局、こうなるのか。 ……本当に面倒だこと。)
錫杖を落とし、その場にへたり込んでしまった聖女の頬には、涙が流れていた。
「ど、どうしてっ……? わたしたちと、同じ……なのでしょう……?」
魔力を酷使してしまった小人族も、ふらりとその場に膝を付ける。
賢者、勇者は何も言えず、彼らはただその場に佇むしか出来なかった。
ため息を一つ零し、周囲に散らばったナイフをかき集めるアメト。
懐に仕舞い込んだ後に、最後に同族が立っていた場所へと向かい、屈み込む。
(分からないね。 彼は……リオは大人しい子だったはずなのに。 なぜ。)
溢れる嘆息は風に溶かされて消え、瞳を閉じて指を組む。
変貌してしまった同族への、ささやかな手向け。
ゆっくりと目を開き、いつもと変わらない軽い足取りで勇者の元へ歩み寄る。
「勇者サマ。 ……いや、勇者ノア。 今回、嫌な役を押し付けて、ごめん。」
普段の軽薄な調子ではない、真摯な誠意を込めた彼の様相。
「えっと……改まってどうされたんですか? あの場ではあれが最善だって――
僕もそう思ったから……だから勇者として、力を振るっただけ……です。」
「そう、言ってもらえるとありがたい。」
ぎこちなく微笑み、勇者の頭に手を置き、そっと撫でる半魔の彼。
「実はサ。 余裕ぶってたケド、あれで結構困ってたんだよネ、ボク。
キミには助けられたヨ。 同族のコト、不本意に巻き込んでゴメン。」
「あのっ……それで……アメトさん。 お怪我の治療、は……?」
心配そうにアメトを見つめるノア――彼が不安に思うのも無理もない。
彼は左目と脇腹を貫かれており、とても無事には見えないのだ。
「はっ」と立ち上がったセラが、慌ててアメトへと駆け寄った。
《治癒の祈り》を祈るために、手を添える。
しかし彼は彼女の手を静かに退け、自嘲気味な微笑を浮かべるだけ。
「ごめんネー? キミたち『神職者たち』の《祈り》は――
半魔のボクには届かないんだよネー。」
腰に下げたポーチから、一つの小瓶を取り出したアメト。
淡い紫色の薬液を自身の傷口に注ぎ、傷口は薄れていったが――
それでも傷が完全に塞がったわけではなく、未だに痛々しい痕跡が残ったまま。
「んー。 ま、やるだけやってもらおっか。 聖女サマ、《治癒の祈り》……。
ボクの脇腹に祈ってみてくれないカナ。 見てもらった方が、早いからサ。」
はらりとシャツをめくりあげ、腹部の傷口を晒したアメト。
恐る恐る、彼の腹部へ手を添え《治癒の祈り》を祈る聖女。
確かに、彼女の指先からは聖光が溢れ出すのだが――
癒しの光はまるでなにかに弾かれているように、変化をもたらさない。
「ってワケなのネー。 魔族の血が濃いと、浄化神の影響が及ばない。
理由? それはボクにも分からなぁい。 ま、直に治るヨー。」
「だってボクら魔族って、総じて不滅神様の庇護下にあるからサー。
どーんだけ身体が欠損しても、時間経過で元通りになるんだよネー。
だからサー“些細な怪我”は放置してても問題ないヨー?」
彼から落とされた言葉に、ノアとルルは口をあんぐりと開け、驚愕。
セラは頭に疑問符を浮かべて、まるで理解できない様子。
が――賢者バルタザール……彼だけは違った。
「えええええええええッッ!!!!!!!!!???????」
彼の空気すら震撼させてしまうほどの、素晴らしい声量。
森だけではなく、この孤島すら震えあがらせるソレは――
周囲の敵をまんまとおびき寄せ、一同は魔物たちに囲まれるのであった。
「この、どあほーーーーーッ!!!」
という小人族の叫びが、森中に響き渡ったことはいうまでもない。
◇ ◇ ◇
寄ってきた魔物たちはノアやルル、アメトがなんなく撃破。
だが賢者――彼は味方が打ち漏らした敵を念動で封じた際に、やらかした。
戦闘中によそ見をし、念動の力を誤った結果――
小石をあらぬ方向に飛ばし、自身の頭にぶつけ気絶するという……。
そんな賢者を仕方ないと言った様子で、ノアが魔導椅子を押して歩くことに。
先ほどの死闘の余韻はまだ抜けきってはいなかった。
が、勇者一行を包むのは和やかな空気で、森を散策していく。
(みなさんって、本当にお強くって……心も、身体も。)
(私なんて、比べ物になりませんね。 何が聖女なんでしょうか。)
自身がこの中に居ては、彼らに迷惑が掛かるのではないか。
こんな、ただ《祈り》しか使えない、肩書だけの【聖女】だなんて。
一歩一歩、動かしていく足が次第に重く沈んでいくような。
この場から消えてしまいたいとさえ思い、視界が闇に覆われて滲むような。
――自己を嫌悪する感情だけが湧き上がり、気がつけば足は……止まっていた。
首飾りの錫杖を握りしめ、瞳を伏せてうなだれる。
(結局私って……いる意味がない。 足手まといなのだから。)
慎重に森を散策していた一同だったのだが、遠ざかるセラの足音。
いち早く気がついたのはルルで、彼女はセラの側まで軽い足取りで駆け寄る。
セラの顔を覗き込み「どったん?」と語りかけるが、彼女の表情は暗い。
「みなさんって……本当に、とっても立派で、誰しもが尊敬するような――
そんな方々で……。 でも私って……何なのでしょうか……。」
「肩書だけの【聖女】で、何の役にも立ちません。 所詮私は――
分家から偶然、生まれてしまっただけの、呪われた女なのですから……。」
漏らした不安の言葉は、木々のざわめきに溶け消える。
誰も何も言えず、ノアとルルは言葉を選ぶように項垂れていた。
「ハァー……ッ。」
と、場違いなため息が吐き出され、軽薄な口調で語りだした半魔。
「たしかにそうかもネェー? 剣や錫杖を振るって戦うこともなければ――
〈技能〉も使ってないし、ド派手な魔法も打てるわけではないネェー。」
「あまつさえ、ボクの邪魔までしちゃったワケだし。」
拍子抜けするほどの軽薄な声音で、核心を突くような痛い言葉の羅列。
真剣さが欠けていて、妙に鼻につく態度と胡散臭い微笑。
(分かってます。 わかってますよ……ッ! そんなことッ……!)
言われなくとも、自信が彼の足を引っ張ってしまったことなど――
当然分かっていたし、分かりきっていた。
悔しさからか、首飾りを握りしめる手に力が入る。
自己嫌悪で俯く聖女に対し、軽薄な足取りで歩み寄る半魔の彼。
「でも、戦いってホントにそれだけカナ。 聖女サマの最初の《祈り》――
あの《防護の祈り》が無かったら、ボクのお腹、今頃穴空いてたネー。」
片手で自身の腹部をさすり、もう片方の手をひらひらと振る。
ふざけたような態度と口調のはずなのに、どこか柔らかさも帯びているようで。
「キミには分からないかもしれないケド。 リオのあの初撃サー。
まともに食らってたら、恐らくボクは早々に戦線離脱してたと思う。
結果論でしかないケド、今頃もしかしたら全滅してたかも、怖いネー。」
無遠慮につかつかと聖女へと身を寄せ、赤紫の瞳で彼女を見据える。
「キミはさ、自分自身を“無力”だとか“何も出来ない”って思い込みすぎ。
自身に『無能の烙印』を押してるみたいだケド、それってサ――
【聖女】っていう立場の責任感から、来るものなのだろうネー。」
「ボクから言わせてみれば、少し責任感が強すぎだと思うヨ。 キミいくつ?
まだ生まれて十年とかそこいらデショ? そんな子どもがサー……ハァ。」
「なにも攻撃って手段だけが戦いじゃないデショ? 逃げるコト、守るコト――
他にも色々な“役目”があるんじゃなぁい? ほらー、人族が好きなヤツ。」
「役割分担、ってヤツ。」
飄々とした口調の裏で、どことなく聖女に対しての気遣いや優しさが滲む。
そのちょっとした彼の『優しさ』は、彼女の心を解いていった。
「煌陽国……だけじゃあないネ。 どこにでもある、ありふれた日常。
役割を得意な人が請け負うのって、当たり前のコト、デショ?」
視界が波打つ水面のように揺れ、視線を上へ向けてみれば胡散臭い微笑の彼。
「ヒヒッ! 魔族なんてどーお? さっきの、ボクの同胞のリオなんて――
自信過剰に単独で突っ込んで、舐め腐った結果、見事に敗北。」
「つまり、どれだけ強大な力を持ってようとも、一人じゃ限界があるってコト。
聖女サマ、周りをちゃんと見たことある? ほら……ちゃんと、見てご覧ヨ。」
そういった彼の瞳は、聖女を捉えているようで捉えていない。
どこか視線は遠くにあり、視線を離した先には、心配そうに見つめる仲間の姿。
「ボクは、ボクの出来るコトを全うしただけだヨ。 勇者も賢者も――
そこのちっこい魔法使いも、一対一だと、誰もリオには勝てない。
それはボクだって例外じゃないし、キミも同じ……違うカナ?」
「結局、人間ってどこまでいっても『支え合い』で成り立っている――
約百年ほど、人の営みを見てきたボクは、そう感じてるヨ。」
「ボクは支える方でも、支えられる方でもないケド。 まぁ、どうでもいいネ。」
視線を聖女へと戻したアメトは、慰めるように、彼女の肩に優しく触れた。
「というかなんだけれど、初歩的なコトを伝えるようで悪いケド――
キミ……『もっと周りを頼りなさい』って、他の人間に言われてこなかった?」
彼のその一言は、決定打だった――
それはまるで、閉じ籠もっていた殻の膜が、ふわりと溶けていくような。
閉ざしていた心の膜に、彼の不器用な優しさが染み渡っていく――
……一体、いつからだったのだろうか?自身一人で全てを護らなければ。
人々を、私の手で救わなければならない、と。
そう、自分自身で思い込んでしまって、他者からの優しさを拒絶して。
自ら孤独に走り、無意識のうちに勘違いしていたのは……一体、いつから?
「あ、あのっ……。 わ、私は……そのっ……!」
喉まで出かけていた言葉は詰まり、上手く喉から音が出せない。
歪んで霞む視界に視線を落としていると、ふと、身体を包み込む優しい温度。
「セラ……僕はね……君が、何かを抱えているのは知っていたんだ。
君が一人で全部抱え込むのを見ているのが、僕には辛かったし、それに――」
「それがとても怖くもあったんだよ……。 お願い、だから……。
一人で、抱え込まないで欲しい……。 もっと、僕たちを頼ってよ……。」
「そんなに、僕って頼りないのかな……。」と、いつになく寂しそうな声色。
朗らかな微笑はなく、セラにだけ向けられた、一人の男としての真摯な姿。
「あたしは、セラちゃんにとっては『護る』対象なんじゃろ? わかるよ。
だって、あたしは身体がちっこいもん。 あたし……そんな弱そう?
これでも、あたしは集落では一、二を争う強さなんじゃけどね。」
短杖を握りしめ、視線を武器に落とし、無表情で語ったルルの言葉。
彼女は表情を変えることなく、紅い瞳にセラを映し、ただじっと――見つめる。
「なぁ……セラちゃん。 ひとつ訊きたいんじゃけど……いい? なんで……。
なんで、セラちゃんの庇護の対象って、自分自身……含まれてないん……?」
仲間たちの優しい言葉とぬくもりに、熱が溢れて止まらなくなった。
「ほーら……だから言ったデショ? キミは頼りになる人間が周りにいる。
聖女サマ。 キミはもっと、周囲を頼ったほうがいいヨ。 じゃないと――
キミみたいな“真面目な優等生チャン”は、そのうち心を壊すヨ。」
深く空気を吸い込み、抱きしめてくれている勇者を抱きしめ返す。
続けて小さな身体のルルもしっかりと抱きしめ――視線をアメトへと送る。
怪訝な表情で、いかにも「ボクも?」と言いたげな彼ではあったが――
しかし、聖女の瞳の強さに観念し、皆の側へと歩み寄った。
全員を緩く抱きしめ、一人ひとりの頭に『ぽん』と触れて回るアメト。
「キミたちは本当に仲が良いネー。 大事にしなネェー?」
(私は、なんて愚かで、なんて傲慢だったのでしょうか。)
ずっと、影で支えてくれていた人たちが居た――それは勇者たちだけではない。
かつて、聖女の修行中に世話になったヴィオラ夫妻や、姉妹たち。
神殿や教会の指南役の方々――自分は、決して一人ではない。
弱い自分を受け止めて、補ってくれる優しい人たちが、側にいてくれる。
ようやく――そのことを素直に受け止めることができた。
胸にじわりと広がるのは、安堵による安らぎ。
皆で笑い合い互いに抱きしめ、和やかな雰囲気の傍ら――
すぐ側では、魔導椅子の上で力なく腰を据える賢者の姿があった。
彼は気絶真っ最中で、この和やかな空気の蚊帳の外。
「そういえばバルタザールのこと……すっかり忘れてた……。」
乾いた笑いすら受け止めてくれるような、森の空気。
ほんの少しだけ、自分に自信を持とうと、一歩前進した聖女だった。




