頁:74 その【少年】魔族の同胞につき。
波打つ岩場を抜け、森へと足を踏み入れた一同。
しかし勇者一行は生い茂る草木……主に蔦に足を取られ、動きが鈍い。
「ついたのは良いけど……とっても困ったねぇ……!
前に飛竜がいた場所って、どこだったかなぁ……。 それに……足が……ッ!」
足元の長い草をかき分けて進む勇者と、その後ろをついて歩く一同。
濃い土と植物の匂い、森の中では木々に阻まれ、陽光はあまり届かない。
仄かに暗い闇が広がる森は、若干ではあったが視界が悪い。
後ろからは追い風のような潮風を感じ、またなんとも言えない湿度が肌を撫でる。
不快感を催すその森を、慎重に進んでいた勇者一行。
「勇者サマ。 ちょっといーい? ボクが先頭行くヨ。」
歩きにくそうにしているノアの前へと出たアメト。
彼が手をかざすと、黒紫の霧が広がり――やがて草たちは朽ち果てた。
「ゴメンネ。 少しだけ休んでいて……。」
小さな呟きではあったが、植物に投げられた謝罪の言葉。
植物を労りながら道を作るアメトの様子に、全員が目を見開いていた。
「一体何に対して謝っとるん?」
「ンー?ボクは植物が好きだからネ。 この子たちはボクたちと違って――
言葉を持たないから嘘をつかないし。 さーて、ちょっと魔法使うヨ。」
言葉が落とされると同時に、彼は立ち止まり――たちまち霧が周囲を包む。
やがて、ぶわりと黒紫の霧は森全体へと広がるが……すぐに霧は消えた。
小さく「まずいネ」と呟くアメトだったが、誰にもその声は届かない。
勇者たちは全員が油断しきっており、呑気に雑談を交わしていた。
「――しっかしさー……。 こゆとき、空からさー、偵察?
とかできたら、一発で分かりそうなんじゃけ……ど――」
楽天的にあくびを一つ噛み、何気なく、視線を上に向けたルルだったが――
ほんの……一瞬だった。
彼女の声に呼応するかのように『ヒュッ』という鋭い音が、頬を掠める。
次いで、ルルの頬には一筋の切り傷が付けられ、傷からは血液が滲む。
瞬時に短杖を召喚し、戦闘態勢に入るルル。
彼女に投げられた獲物は、小さな食器用のナイフ――ただそれだけ。
だが、どこから飛んできたのか分からない。
『カラン』と乾いた音を立てて転がったそれに、全員が身構える。
「ルル嬢ッ! ご無事ですかッ! ワタクシの念動で軌道は逸らしましたッ!」
魔導椅子に腰掛けたまま、小人族の近くまで身を寄せる賢者。
しかし、彼女は無表情ながらも真剣な眼差しで周囲に気を配っていた。
聖女もまた咄嗟に戦闘態勢に移り、錫杖を展開――間髪入れずに《祈り》を紡ぐ。
「天にあらす我らが主よ、星の巡りの元……不浄、災い、悪しきを退け――
その御力を以て長き安寧を与え給う――《ドミヌス・グラティア》」
錫杖の宝珠から聖光が放たれ、彼女の“仲間”と認定した全員に降り注ぐ粒子。
粒子は形を変え、全員の身体を守護する円形の壁が展開された。
見計らったように、何処からともなく聞こえてくるのは――
無邪気な「あははッ!」という、幼子のような声音……次いで現れた姿。
――まるで、天使のような翼を生やした子どもの姿。
白色に淡い赤色が射し込む不思議な色みの翼。
淡黄蘗色の短髪に緋色の瞳――鋭い眼光。
まるで猫を想起させる瞳孔、ふわりと羽毛を散らし舞い降りる様相。
その姿は悪魔めいた天使のような、歪な圧を放っていた。
「やっぱりー! 待ってたらー、ぜーったいに来てくれるって、信じてたっ!
あの空飛ぶトカゲ……やったの――あなたたち、だよねっ!!」
明るく響く子どもの声音に、肩透かしを食らう勇者たち。
呆気にとられ、集中力を欠いてしまうほどの軽くて幼気ない調子。
少年とも少女ともつかないその人物は、翼を『ぱたぱた』と羽ばたかせる。
飛び跳ねて笑うその姿は、まるで無邪気な子どもにしか見えない。
「すごいすごーいっ!」と、興奮した様子を隠そうともしない。
両手を軽く握り、大げさなリアクションで喜びを顕にするが――底が読めない。
「リオー、お久しぶりだネェ? 何十年?……何百年ぶりくらいカナー?
どうしてキミが人間の領土にいるのカナァー? キミの命令は?
確かキミ、別の地域配属だったはずだケドー。 キミさぁ――」
「ちょーっと勝手が過ぎるって、別の同胞から怒られてるみたいだケド。
悪いコト言わないし、とっととヘカテラに帰ったらー?」
いつもの胡散臭い微笑――軽薄な口調であるはずだが……。
彼はどこか緊張しているのか、口角が上がりきっておらず空気は凍りつく。
勇者たちは蛇に睨まれた蛙のように、足が竦み動かなかった。
翼の生えた少年は「あははっ!」と、勇者たちには目もくれない。
「見覚えがあるなーって思ったら……もしかしておまえ……あの落ちこぼれ?
黄水の残りカスの?? お前ってば、まーだ無様に存在してたんだ~っ!
あっはははっ! 惨めで哀れで、みっともなく逃げ回ってぇ? 傑作~!」
翼を羽ばたかせ、羽毛を散らし抱腹するリオと呼ばれた少年。
羽毛に気を取られた一瞬の隙――すでに少年の姿はどこにもない。
瞬きの間に、少年はアメトの腹部を下から蹴り上げていた。
彼の身体は宙へ打ち上げられ――無防備にも空中に投げ出される。
アメトを守護していた《防護の祈り》の壁は一瞬で破壊された。
小さく舌打ちを洩らし、冷静に瞬間移動を行使し着地するアメト。
が、彼の移動先を予測していたかのように、四方に飛ばされるナイフ。
軌道すら見えない凶刃が、容赦なくアメトの左目と横腹を貫く――
数本身体に突き刺さるが、彼は気にする素振りを見せない。
周囲には彼の血液が飛び散っているが、彼は大きなため息を吐き出すだけ。
「はぁ……。 ホンット怠い。 これだから同族とはヤりあいたくない。
てかサァ……リオ。 キミもボクと同じ『落ちこぼれ』デショ? ヒヒッ!」
アメトは身体に刺さったナイフを引き抜き、ナイフに魔力を込め――
紫色の電撃を纏ったナイフがリオの翼へと刺さり、天から雷撃が注がれる。
が――なんでもないように、まるで蔑むような表情を浮かべる少年。
「それで攻撃のつもり? ……はぁー、うるっさいなぁほんとうに。
先に、その頭から潰したほうがよかったー? リオがおちこぼれ――?」
「黙ってよッ……!」
勇者一行の四人は、彼らの戦いにまるでついていけない。
ノアはただ、聖剣を構えて好機を伺うが――タイミングが掴めないでいた。
祈りを紡ごうにも、彼らの圧倒的な戦闘力を前に、セラは何も出来ない。
膝は震え、祈る言葉すら忘れ、錫杖を握りしめて呆然と立ち尽くす。
だが、この状況下でも諦めていなかったルルとバルタザール。
ルルは短杖を構え、空を駆ける姿に狙いを定め、必死に呪文を唱えていた。
何度も、何度も「《感覚鈍化》ッ!」と口に出し、戦闘中のアメトの援護に回る。
苛烈な同族同士の戦闘――ナイフが飛び交う戦場。
バルタザールは戦況を見極め、ナイフの軌道を逸らしながらも思考を巡らせる。
彼もまた自信の念動で、翼の動きを制限できないかを試みていたのだ。
「ああもうッ! おまえらウザイッ! 落ちこぼれから石ころにして――
コイツが戦えなくなったら、次はおまえら、殺っちゃうからッ!!
あはっ!! あはははっ! ははははーーっ!」
狂気を帯びた叫びとも言えない不気味な笑い声が森をこだまする。
木々を蹴り上げ、おおよそ人には不可能な速度で翻弄する淡黄蘗の姿。
「てかさー!なにやってんの?」
「阻害、解かないとか、リオを舐めてる? ねぇ。」
「おい、紫水……きいてんのー? ほらほらっ!
随分と、リオのこと、舐め腐っちゃってさーっ!」
翼を自由自在に操り、宙を駆ける魔族の少年は厄介そのもの。
目に見えない速度で移動する上、小さなナイフを投げて牽制しながらの戦闘。
圧倒的な戦闘センスと、挑発的な言葉……小さな子どもに見えるが――
それは見た目だけであることは、全員肌で感じ取っていた。
確実に勇者たちが手を出せないように立ち回っており、一同は何も出来ない。
降りかかるナイフを聖剣で捌くノアは、焦燥で額に汗を滲ませる。
(っく……! 下手に動いたら……アメトさんはッ……!)
後衛のルルとセラは、バルタザールの念動によりナイフは当たっていない。
彼がいなければ、数本は彼女たちに刺さっているであろうほどの猛攻。
セラは淡黄蘗の魔族に勘付かれないよう、そっとルルの傍へ駆け寄った。
震える手を押さえこみ《治癒の祈り》を祈る。
そんな最中にあっても、ルルは未だに少年の姿を必死に目で追い――
額に玉のような汗を浮かべ「《感覚鈍化》ッ……!」と唱え続ける。
「人に逃げるとか言っておいて、キミも大概だよネー。」
「ずーっと上から小細工ばっかりでサー。 なぁに……? ボクと戦うの――
実は怖い……とか? ヒッヒ! ほらぁーあ……おいで、ヨー?」
「今のキミくらい、認識阻害を解く必要もないし? ほらほらぁ……。
ボクが可哀想なキミを抱きしめてあげるヨー? ヒヒッ!」
わざとらしく、相手を挑発するような言葉をかけるアメト。
彼は彼で、目の前の魔族の視線が皆に向かないようにしていた。
明らかに苛立った様子の淡黄蘗の魔族は、どこかから短刀を取り出し――
アメトへと襲いかかるが、対象の姿はすでにそこには居ない。
銀白金の姿は淡黄蘗の後ろにおり、手に持ったナイフを投げる。
「あっははは!」と笑い声と共に弾かれ、次いで反撃の一手――
単純な拳を振るわれるが、アメトはひょいと身を翻し躱す。
「身体だけ成長しても筋力変換がそれって! 傑作だよねぇっ??
魔力もない、固有能力はバカみたいに逃げることばっかり。
ねぇ、おまえには何が出来るの? 紫水。」
あまりにも苛烈な戦いに――その余波から身を守るだけで手一杯の勇者たち。
羽毛を散らし、地上に足を付けた淡黄蘗の少年。
少年は羽ばたき一つで、再び同族の彼へと一直線で向かおうとするが――
まるで『何か』に引っかかったように宙で停止した。
淡紅色の翼を羽ばたかせるが、前後どちらにも、移動は叶わない。
「はっ??なに……ッ!」と苛立った様子を隠さずに身じろぎを繰り返す。
魔族の侵攻を止めているのは他ならない賢者の〈技能〉である念動。
彼は腕を前に伸ばし魔族の侵攻を阻止し、なんとか拘束していた。
不意を突かれてしまった魔族――
低空であったため、その姿は無防備そのもの。
好機とみた勇者が瞬時に動き、容赦なく魔族の翼を聖剣で斬り落とした。
「ぁっ……ッ! うぅッ……! リオ、リオの翼……ッ!」
「もう、空には行かせません。」
魔族の目に映った勇者の姿は、朗らかな青年でも、無垢な微笑でもない。
冷たい意思と決意を宿した、冷淡な碧灰の瞳を持った人族の切り札【勇者】――
勇者を危険とみなし、咄嗟に後ろへと退く淡黄蘗の魔族。
「悪いケド、ボクはまだ消えたくないんだよネ。 ……だから、黄緑柱。
キミには消えてもらうヨー。 ボクもまた命令だし? チャオー。」
追撃のために腕を振り上げたアメトだったが――
彼の目の前に【聖女】が立ちはだかり、腕を広げて声を上げた。
「お待ちくださいッ! いけませんッ……! 同族なのでしょうッ!?
話し合えば分かりますッ! これ以上は、見過ごせませんッ……!」
すっと、冷めるような目つきで、聖女の姿を射抜く半魔の彼――
彼は「ハァ……。」と嘆息を洩らし、血液と共に言葉を吐き捨てた。
「……呆れた。 きみは、ぼくのこの状態と状況をちゃんと見ているの?
よくもまぁ、そんな甘ったれた事を言えるね。 話せば分かる?」
腕を翳し、手に紫色の業火を纏い、視線は真っ直ぐに――同族のリオへ。
「明確な殺意を剥き出しに向かってきてる相手なワケだケド。
そんな相手に非道?冷酷?残虐? 耳心地の良い言葉並べて――
それで? キミはボクに消えて欲しいって、そういうコト?」
業火が収束し、やがてアメトの周辺には炎が渦巻く。
「ココでコイツを殺らないと、殺られるのはボクたちだケド。
キミたちが死にたいのなら、ボクは何もしない。 それなら――
ボクの今までの行動は、ぜーんぶ無駄だったコトになるネ?」
「よーく状況を考えてから行動に移しなヨ。」
最後の言葉が落とされると同時、黒紫の劫炎が放たれる。
炎はたちまちリオを包むが……確かに灼かれているが、無駄だった。
灼かれた側から再生が始まり、傷がついても再生してしまう為、無益――
焦点の定まらない瞳で、挑発するように大きく口を開けて嘲笑う魔族の少年。
濁った緋色の瞳に映るのは、銀白金の姿、ただ一人。
「黄水のリンならともかくッ! おまえのような落ちこぼれがッ!
猿真似しか出来ない、お前なんかの魔法でリオが傷つくとでも?
姉の残りカスの分際でッ! リオに適うと思わないでよねッ!!」
翼を失い、衣類もところどころ焼けただれているが、それでも怯まない魔族。
少年は再び単純な暴力のみでアメトへと襲いかかった。
瞬間移動を駆使し拳を躱しているが、防戦一方のアメト。
(困ったね…… 認識阻害はなるべく解きたくない。 それに……)
勇者というギャラリーがいる状態での、自身の手札開示は好ましくなかった。
また、同族がどこで見張っているか分からない。
故に下手な動きはできない上、自身の力を晒したくもなかった。
結局自身に出来る事といえば『種を撒く』しか、選択肢は残されていない。
「ねぇっ!!今、困ってるよね?? あははっ!!!」
「そこにいる白い服の女、消しちゃうよ? あははははっ!
強がってるけど、おまえって本当に馬鹿だよねぇーっ!!」
視線を女性陣二人へと向け、確実に“弱そう”と判断し、ナイフを投げる。
が、ほとんどが賢者の念動で逸らされ、時折ナイフが掠めていく。
掠めたとて、聖女の《防護の祈り》の防壁がナイフを弾き返し、彼女らは無傷。
地上での戦闘はそう長く続かなかった。
アメトが唐突に指を鳴らし、不敵な嗤いを浮かべ、リオに対し語りかける。
「ヒヒッ……! ボクの勝ち。 悪いネェ……黄緑柱?」
眉をひそめ、身体を動かそうとするのだが――リオの身体は動かない。
少年が自身の身体へ目を向けると、四肢に絡みつくのは白い植物の蔦。
その蔦一本一本は細かったが、じわりと細かな棘が食い込み、魔力を封じる。
「それネぇー……ボクが開発した対魔族のための、拘束用の植物ー。
しぃっかり、堪能していって欲しいナぁ……? ヒヒッ!
棘には魔力を吸う毒、仕込んであるからサぁ……?」
「ああ……引きちぎろうとしても無駄だヨ? 筋力変換、出来ないデショ?」
じたばたと暴れるが、魔力を封じられた魔族というのは、人族と相違ない。
それでもなお、絶望することなく「クソッ!」と口汚く罵る魔族。
淡黄蘗の少年は、ナイフで植物を斬りつけ、この場を打開しようと藻掻く。
しかし幾本にも束ねられた蔦の前に、食器用のナイフでは無力にも等しい。
「ま、これ以上ボクは手出しが出来ないんだケド。
ゴメン――後はお願いネ……勇者サマ。」
「……分かりました。 恨むのなら、アメトさんではなく、僕を恨んで。」
躊躇いは、あった……が、それもほんの一瞬のもの。
迷ったところで、現状を打破するには、目の前の魔族を打倒する他ない。
聖剣を握りしめ、胸中で語りかける。
『聖剣さん……お力をお借りさせていただきます。 どうか――
勇者特権――聖剣の力を解放して下さい。』
碧灰の瞳に極光を宿し、聖剣を高く掲げ、虹のような輝きが収束する。
光が最高潮に達した時に、勇者の内側に響き渡る澄んだ女性の声音。
『【勇者特権】起動……【使用・承認】』
「光審一裁――……!」
振り下ろした聖剣からは、小さな光の滴が放たれ、地へと零される。
波紋のように広がった光の輪――その範囲に降り注ぐ天誅の聖光。
凄まじい光が魔族の姿を包み、魔族の姿を浄化させていく。
最期の瞬間まで、魔族の少年……リオは嘲笑うように叫び、嗤っていた。




