頁:73 その【騎士】ダウンにつき。
その後――
セラは羞恥心を抱えたまま身支度を整えた後、広間へと足を運んでいた。
扉を開け、直ぐに目に入ったのは賢者の姿。
彼はどうやら読書に耽っており、念動で浮かせた本を目で追っている様子。
複数同時に併読していくという、特殊極まる読書法で読み耽る。
そして彼は、昨晩語っていた魔導椅子とやらに腰掛け、読書をしていた。
「お早う御座います。 バルタザール様。 朝、お早いのですね?」
控えめな声量で、バルタザールへと挨拶の言葉をかけるセラ。
すると彼はセラに気がつくと同時、念動で浮かせていた本を片付けていった。
語気強め、舞台役者宜しくな声量が、屋敷内へと響き渡る。
「聖女殿ッ! 朝のご挨拶を申し上げますぞッ!!
日の出と共にお目覚めになられますとはッ……さすがでございますッ!」
「バルタザール、感服致しましたッ!」
早朝とは思えない賢者の声量――聖女の肩はびくりと跳ねる。
静けさを割くような音量と勢いに気圧されるが、穏やかに微笑み返すセラ。
「何を読んでらっしゃっていたのですか? 昨晩はなにやら――
二ヴェイシア閣下に、色々お話をお伺いしていたような気がしますが……。」
賢者は眼鏡を押し上げると、紙束を複数枚宙へ漂わせた。
そうして数枚セラの前へと漂わせ、紙は彼女の前で舞い踊る。
「あの、これはいったい? ええっと、ごめんなさい。 私には読めません。」
「そちらですが――ッ ワタクシが複製させていただきました……。
魔族言語で書かれている書物の内容の一部でございますッ!
昨晩、二ヴェイシア子爵閣下に言語をご教授いただきましてッ!
現在もこうして解読に励んでいるのですがッ……デスがッ!!!」
賢者は聖女の付近で浮遊している紙を自身の元へ戻し、一瞬目に映す。
再び机に紙を置き、胸を張り――演劇の舞台俳優が如く、立ち上がった。
「魔族領と言われる絶海孤島の土地! かの大地の名は『ヘカテラ』!
その土地で数百年ほど前に使われていたとされていた言語でッ――!
現在は失われた文字ッ!このバルタザールめが叡智を集結させ――」
「ナナナ、ナントォッ――!」
朝っぱらから、何をどうすればこのようなテンションに到れるのか――
彼の声は本当に、想像以上にデカイ。
が、賢者の言葉が紡がれる前に、広間の扉が開け放たれた。
扉の先にいたのはルル――だが、彼女は怒りからか、なんなのか……。
ジト目を向け賢者を睨みあげ、左手には短杖が握られている。
「爆発的な音量で喋っとんじゃねーー! ちょーうるせーーぞ、だぼ!!!
気持ちよく寝とったのに、煩くてねむりゃーせん!! はぁーもうっ!!」
怒気の孕んだ小人族の声――
彼女が握る短杖には魔力が込められているのか、明滅している。
バルタザールはルルの剣幕に圧され、魔導椅子に腰を掛けて縮こまってしまった。
「しゅ……。しゅびばぜん……。 い、以後気をつけますゆえッ……。」
ルルの後ろにはノア、パルテオンも控えており、二人とも苦笑気味だ。
「あのよぉ……こんなこと言いたかねぇが、メイドからの苦情の言葉だ。
あの無表情のメイドからだが……『あの煩い黒ローブをしつけてくれ』
だとよ……苦言を呈されたとこだ……ついさっきな。」
「てか、ここ……なんか寒くねぇか……? ヘブシッッ!」
寒さを感じているのか、筋肉を震わせて身を縮めるパルテオン。
皆の様子を眺め、ノアが朗らかな微笑でバルタザールへ語りかける。
「あはは……僕の借りてるお部屋まで聞こえてたからねぇ……そのさ――
人のお屋敷なんだし……ね? 迷惑をかけたら……だめだよね……?
というかパル、大丈夫? 寒いの? 僕には分からないけど……。」
顔を真っ赤にさせたバルタザールは、魔導椅子の上で更に小さくなっていた。
彼の周りに浮遊していた紙束も元気なく『バタバタ』と床に落ちる始末。
セラは落ちた紙を丁寧に一枚一枚拾い集め、バルタザールの側へ。
「ごめんなさいっ……! 私がバルタザール様にお尋ねしたのです。
ですから、責めるなら私を……! 申し訳ありませんっ……。」
「それはお門違いってやつじゃろ。 コイツが声抑えりゃええんじゃけ。」
「セラちゃんは何でもかんでも、自分の責任にしすぎ。
はぁ……賢者ちゃんよ……ったく……。 人ん家なんじゃけぇさ……。」
ほぼ全員に責められてしまった彼は項垂れ、とても反省しているようだ。
小さな声で「失礼しました……。」と嘆くのだが――
彼の腰掛けている椅子までもが『しゅん……。』と軋む音を響かせる。
それはまるで、賢者の感情を代弁するかのような、謎の稼働音。
稼働音に恐怖を感じていたのは、他でもない賢者自身だが。
やがて全員が広前と集結し、各々で腰を掛けようとするのだが――
唐突に『ドゴッ』と、何か重たいものが床に転がる音が響く。
音の原因は騎士で、彼は足を取られてしまったらしく、何やら様子が変だった。
咄嗟にセラが駆け寄り、ノアがパルテオンの身体を起こす。
「わ、わりぃ……ノア、さみぃって思ったんだけどよ……風邪……なのか……?」
苦しそうにする騎士に、セラが手を添え《浄化の祈り》を祈る。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
添えられた指先に聖光が宿るが――
虹色の粒子が騎士の身体を包んでも、彼の調子は戻らない。
「あれ……?おかしいですね。 祈りが届きません……っ!」
慌てて目を瞑り、必死に祈るが……彼女の《祈り》虚しく、徒労に終わった。
ルルやバルタザールも慌てて三人の元へと身を寄せる。
「これ、魔力やられじゃね。 人族が魔力浴びたときとか、たまになるわ。
今日はパルちゃん、連れて行かんほうがええね。」
「今日一日ずっと幻聴とか幻覚とか見たり聴いたりで、やばいと思うけ。」
「あれ? でもパルちゃんって昨日あたしの魔力も、子爵ちゃんの魔力も――
あびとらんよね……? なんでー? イミフー……。」
ルルまでもがパルテオンの側に寄り、軽鎧越しに彼に触れる。
なにやら魔力を込めているらしいが、同時進行でおかしくなる騎士の様子。
「俺……やべぇかもしれねぇッ!! キューが……いやがるッ!!
一匹じゃねえ、沢山だッ!! 沢山いやがるッッ!! やめろッ!!
やめてくれェッ!!俺はッ……俺は布団じゃねェッ!!!! ぐわぁぁッ!!」
騎士の容態に、瞳を細めて互いに顔を見合わせる勇者一行。
『一体何が見えているんだ?』と、全員の頭の上には疑問符が浮かぶ。
その後、ノアが騎士を寝室へと運び、全員が項垂れながらも広間へ。
広間に戻ると、いつの間にやら、ソファにはアメトの姿があった。
「ヤッホー。 おはヨー勇者サマ方ー。 騎士サマ、大変みたいだネ?
まぁ、ボクにはどうしようにも出来ないからサー。 ゴメンネェ?」
「で、昨日も言ったと思うケド。 ボクもキミたちに同行するヨー。
チョーットだけ、気掛かりなコトがあってサー。 それでネー?」
「ま、キミたちがなんと言おうと、ボクも同じ船に乗るわけだし。」
いつも通りの軽薄な調子だったが、どこか瞳は真剣味を帯びている。
皆こくりと頷き、ノアが皆を代表し彼の元へと歩みを寄せ、手を差し出した。
「アメトさんっ! 今日はよろしくね! でも僕――あなたまで守るのは……。
ちょっと難しいかも……いつもはパルが居たから……。」
「ン? もしかして勇者サマってば、ボクのコトを守ってくれる予定だった?
色男だネー。 安心してヨー、ボクのコトは気にしなくてもイイ。
ボク……というか、魔族ってそこまでヤワな存在じゃないしサー。
何なら、ボクのコト、肉の盾にしてくれてもいいヨ? ヒヒッ!」
アメトの発言にノアは一歩引いた目で見ており「ええ……」と困惑顔。
「それじゃ……ボクが皆サマを裏路地まで転送で送るネー。」
全員の了承を得たところで、アメトは微笑を浮かべ、わかりやすく指を鳴らす。
次いで全員の身体は黒紫の霧に呑まれ――交易都市の港町の路地裏へ。
目的地は――前回探索を断念してしまった孤島。
ヴェルカナ岩礁行きの船に乗るため、場所を移したのだった。
◇ ◇ ◇
交易都市の港付近――路地裏へとたどり着いた一同。
が、賢者は早速“転送酔い”のためか、はたまた路地裏に不慣れなのか。
気分が優れないのか、彼は口元を抑え、今にも嘔吐の雰囲気。
セラが『やれやれ』と言いたげに彼の側で《浄化の祈り》を祈る。
路地裏から離れ、港へと向かうのだが――賢者の姿が、あまりにも人目を引く。
賢者だけではなく、全員が集まれば目立つのは避けられない運命。
「おい……あれってよ、勇者一行じゃねぇか……?」
「まてっ……あの黒いローブ……トラメリア禁書庫が司書【賢者】様ではッ!?
いつから交易都市に滞在をなさったんだぁ……?」
「聖女と道化師……それにありゃ……“白金子爵”様じゃっ??
今日は雨が降るんじゃないだろうね……?」
町のあちらこちらで、噂の的となってしまった、勇者一行とおまけのアメト。
(まぁ……そうですよね……目立ちますよねぇ……うう、恥ずかしい。)
一行が注目を浴び歩いていると、やがて漁師の一人が一同に声をかけてきた。
勇者一行を代表し、アメトが漁師に要件を簡潔に説明。
どうやら丁度、ヴェルカナ行の船がもうすぐ到着するとのことらしい。
適当な場所に集まり、皆が船を待っていると今度は街人が語りかけた。
「あら!ニヴェイシア子爵様じゃないの! 珍しいねー?
組合からの依頼かい? そちらの方々は……勇者一行様方かい?」
「どうも、初めましてさね勇者様方! あたしゃ――
交易都市の市場で店を出してる『リィナ』ってんだ! よろしくね!」
気さくにアメトへと語りかけた女性、皆は“白金子爵”へと視線を向けるが――
彼は微笑を返し、意外にも柔らかな口調で対応を始めた。
「おや、おひさしぶりデス。 冒険者組合からの依頼を兼ね――
勇者一行に護衛をお願いしたのデス。 ところで……果物の調子は如何デス?
ボクのおくすりが、植物のお役に立てていると良いのデスが……。」
丁寧な彼の口調に、賢者以外の三人は「え?」と――
訝しむ様子で、彼らのやり取りを凝視。
『リィナ』と名乗った女性は、アメトと親しげに談笑を交わし――
やがてにこやかな笑みのまま、去っていった。
「なー……あたし、やっぱり子爵ちゃんが恐ろしいんじゃけど。
なんなんよあの完璧な笑顔……ドン引きを超えた先のナニカを感じる。」
「ええッ……?そうなのですかッ……? ワタクシには分からずッ……。
いたって普通の対応に思えましたがッ……?」
(わかります、わかりますルルちゃん……たしかに、怖かったです……!)
『ぶるり』と震える女性陣――何も気にしないノア。
バルタザールだけは『普通の応対では?』と小首を傾げる。
皆それぞれ、彼に対し怪訝な思いを抱くのだが、アメトはつゆ知らず。
さほど気にする様子もなく、いつも通りの飄々とした態度のままだ。
そうして何気ないやり取りの内、ヴェルカナ行の船が到着。
全員で船に乗り込み、僅かに揺れる船上で――やらかしたバルタザール。
彼は魔導椅子に腰を掛け、顔面蒼白気味に口元を覆い、不穏な空気が漂う。
(嘘でしょう……?まだ船、動いてすらおりませんのに……。)
こんな人類が存在するのか?と言いたげに項垂れるセラとアメト。
「こんなで本当に大丈夫なのキミら……はい、賢者サマ。」
懐をまさぐり小瓶を取り出すと、それを『ぽい』と賢者へ投げるアメト。
「これ、酔い止めだヨ。 飲むといい。 飲めそうにないなら――
ボクが飲ませてあげるケド。 どーする?」
彼の言葉はまだ途中ではあったが、賢者は猛烈な勢いで小瓶の中身を空に。
空になった小瓶はアメトへと返却した……が。
即効性は無い――故に彼は再び「ウェポ……」と謎の音と共に口元を抑えた。
「あ、あの……いざとなれば私が《浄化の祈り》を祈りますので。
ですから、ご安心くださいませ、賢者様……。」
セラもまたアメト同様に項垂れ、ため息を吐き出しながらも出航を待った。
やがて船が動き――数十分も経過する頃には、賢者の顔色も快調といった様子。
彼は輝く瞳で、初めて見る外の世界に感動し、腕を広げ喜びを顕にしていた。
「これが――海ッ!!!これほどまでに美しい光景だったとは……ッ!!
なんたることかっ……この世にこんな景色があったとは……ッ!!
ワタクシッ……感動で感涙にございますッ!!感極まるとはこの事ッ!」
はしゃぐバルタザールとは対照的に、ルルはといえば――
彼女は嘔吐用の小さな樽に身体を預け、この世の終わりのような声で呻いていた。
(おかしいですね。 デジャブ……でしょうか。 見たことあります……。)
ルルのためにセラはそっと《浄化の祈り》を祈るのだった。
そうしてようやく――船は無事にヴェルカナに到着。
岩場に足を取られていたセラがノアへと頼み込み、彼に身を預ける。
今回は以前のような“荷物運び”ではなく、横抱きらしい。
勇者もさすがに学んだようで、彼女を抱きかかえると颯爽と陸地へ。
勇者たちが到着した一方――岩場ではまだ、三人が残されていた。
岩場を『ぴょこぴょこ』と、跳ねるように飛んで移動するルル。
バルタザールはぎこちなく魔導椅子を動かし、不便極まりない様子だ。
(非効率的過ぎるデショ……。 あっちは……もう陸地ネ。 ナルホド。)
「はぁ……。 キミたちって本当に世話が焼けるネ。」
ため息混じりに言葉を洩らし、ルルの側まで瞬時に移動。
彼女の首根っこを掴み、大股で移動しバルタザールの元へ向かうアメト。
彼の膝の上にルルを“設置”した後、瞬間移動を行使し、陸地へと移動。
「生瞬間移動凄いですなッ!」
「生瞬間移動すげーーーッ!」
バルタザールの膝上で、驚愕と驚嘆の声をあげるルル。
すぐにバルタザールの膝から下りたルルは、まるで遠足にきた子ども。
楽しげに袖を翻し森へと足を踏み入れ、一同もまた彼女の後に続いた。
この時の全員は、まだ脅威が迫っていることなど知らない。




