頁:72 その【同衾】聖女の慈愛につき。◆挿絵有り
夜の帳に包まれた、静寂のニヴェイシア邸。
時刻は夜半を過ぎた頃合い――セラは先程の会話を反芻し、悶々としていた。
目を閉じても眠れず、閉じたところで昨晩の彼が脳裏をよぎる。
魔族としての本来の姿――だが、奥底に滲んでいたのは焦燥のような……。
考えれば考える程に深みにハマってしまい、どうにも眠れなかったのだ。
おまけに『ごめん』という囁かれた彼の言葉が、耳の内側でこだまするようで。
彼が、あんな姿を曝け出したのは不本意だった――
自身が覗くような真似をしなければ、事故も起きなかった。
こうなってしまえばもう、眠ることなど困難。
セラはそっと寝室を抜け出し、外の空気を吸い込むために廊下を抜ける。
目的地は中庭の庭園のはずだった……が『ぼーっ』としながら歩いていたため――
無意識のうちたどり着いてしまったのは、屋敷の主の私室前。
(閣下のことばかり考えていたから、気がつけばここに……ええい、ままよ!)
部屋に灯りは灯っていない。
いるかどうかすら、分からない状況だったが小さく扉を打つ。
当たり前だが返事は返ってこない。それでも扉を開け、そっと入室。
『失礼いたします。 夜分遅くにごめんなさい……。 セラフィーナです。』
柔らかな白銀の月明かりが部屋に射し込み、その灯りを頼りに彼を探す。
周囲に人影はなく、寝室だろうか?と思案するが――いた。
彼は何故かソファに横になり、膝を抱えて自身を守るような姿勢。
普段の軽薄な様子とは異なり、まるで不安を抱える幼子のような姿。
顔は両腕で隠されており、明確に“何か”から身を守るような――
(ソファで横になっていることもそうですが、この姿勢は――)
「胎児姿勢での睡眠……。 つまり、不安やストレスを抱えているということ。」
ぽつりと無意識的に呟いた単語――意味はセラ自身よく分からない。
そっと彼に近づくと、こめかみ部分から覗く小さな黒い角。
角が見えているということは、現在の彼は“認識阻害”を解いているということ。
想起するのは、あの恐怖を感じた夜だった。
しかし、書庫部屋で皆と話した“種族的に大差はない”という言葉を思い出す。
『――わたしたちと変わらないのです。』
小さな声で呟き、彼の冷たい肌に触れてみる。
すると彼は起きてしまったのか、眠たそうな声で応じた。
「ヒトの寝込みを襲うとかいい趣味してるネ……。 誰……? ンー……。
聖女サマー……? ボクを夜這いでもしに来た感じ? 昨晩の仕返し……?」
いつもと変わらない軽口を叩くが、しかし口調には眠気が混ざっている。
気だるげな彼の声色は、どこか胡散臭さが緩和されたもので可愛げがあった。
彼は腕で顔を覆っており「うー……。」とうめくような声を上げ、身動ぎひとつ。
「もー……。 久々の睡眠なんだから寝かせてヨぉ、ひどぉい……。」
弱々しく呟かれた言葉に、セラは申し訳なさそうに眉を下げた。
「お部屋にお邪魔してしまって、ごめんなさい。 それで――
あの、どうしてベッドでは寝られないのですか? 何故ソファに?」
腕をどかしたアメトは薄目を開き、眠そうな声で唇を動かした。
「ン……。どこで寝たって同じでしょぉ? それともなぁに。
寝台で眠ったら、キミが添い寝でもしてくれるわけぇ? ひひぃっ……」
屈み込んで目線を合わせ、真っ直ぐに見つめ「はい。」と返答。
どこか弱々しい彼に『安眠してほしい』という――セラのささやかな願い。
アメトは「ヒヒッ」と嘲笑混じりに喉を鳴らし、ソファから身を起こした。
隣の寝室へと向かい、扉を開け、振り向きざまに言葉を落とす。
「お心遣いドーモ。 添い寝とか辞めときなヨ。 異性――
しかも魔族のボクに同衾を許すとか、聖女あるまじき行為デショ。」
「それに、キミに対して恋慕の感情は無くとも、ボクには性欲が備わってる。
その点ちゃんと分かってる? キミさ、それだと勘違いされて襲われるヨ?」
「勇者サマとか、騎士サマには絶対にしないでしょ。 どうしてボクなワケ?
いいから、放っといてヨ。 ちゃんと寝台で寝るからサ。」
呆れたように言葉を紡ぎ、寝室の扉を閉めようとするが、セラがそれを阻止。
「勿論、ただ添い寝をするわけではないのです。 ちゃんとした理由があります。
閣下の背で、私が《癒しの祈り》を祈るのですっ!」
「それで、閣下には安眠が提供できると確信しておりますっ! それにですっ!
それなら、閣下は私を見なくて済みます! 安眠も確約!如何でしょう!」
「私はただ……閣下に……あなたに、安心して眠ってほしいのです。」
セラは祈るように、慈愛の眼差しをアメトへと向ける。
アメトは大きな溜息を吐き出し、扉を開けるとセラの腕を乱暴に引き寄せた。
「えっ!?」と驚くセラを、寝台の上に乱暴に投げ――
彼女に覆いかぶさり、驚きで固まるセラの耳元で言葉を落とした。
「あのサァ……。 簡単に言っているけど、キミの気持ちが本当に理解できない。
こういう危険なコトをされるって、分からないのカナ?」
「キミには羞恥心が無いワケ? 本気で、ホントに、真面目に――
意味不明が過ぎるのだケド。 はぁ……ったく。」
セラの身を起こし「はい、出てって。」と短く吐き捨てる。
が、セラは哀しそうな表情を浮かべ、今にも泣き出しそうだった。
そんな彼女の様子に、アメトは追加のため息を一つ零す。
「分かった。 もういい……。 キミの好きにしたらいいヨ。」
セラから顔を背け、先程同様に自身を守るように身を縮める彼。
そのまま眠りの体勢へ入り、セラは遠慮がちに《癒しの祈り》を施す。
寝台に座り、彼の側で静かに……願うようにひたすら祈る。
(どうか、閣下に安らかな眠りを与えてくださいませ。 神様方……。)
(怖がらなくてもいいように、良き夢を見られるように……。)
「閣下……アメトリクス様。 あの時は、私も申し訳ありませんでした……。
軽率な行動で、きっとあなたに嫌な思いをさせたのだと思います。
それと……あの時、助けてくださって……感謝申し上げます。」
「――ン。 ボクにできるコトをしたダケ。 良き夢を。」
その言葉を最後に、彼は静寂に溶け込むように、眠りについた。
セラは自身の睡眠そっちのけで、アメトへの《祈り》を捧げ続ける。
彼が安心して眠れるように、聖女からのささやかな願い――
寝台の上、瞳を閉じて《祈り》に集中していた聖女だったが……。
いつの間にか、彼女自身も眠りに落ちてしまうことなど、知らないでいた。
◇ ◇ ◇
早朝――まだほの暗い空模様の中、目が覚めたセラ。
外がわずかに白み始めたばかりの屋敷は、しんと静まり返っていた。
結局の所、必死に祈っていた結果……。
セラもまた睡魔に襲われてしまい、眠りへと誘われてしまったらしい。
睡眠はあまり取れなかったが、眠気眼を擦り、眼前に広がる光景に唖然。
目と鼻の先には、屋敷の主のはだけた胸元。
彼は寝返りを打ち、セラを包み込むように軽く抱きしめて眠っていたのだ。
視線を上へと投げれば、彼の眠りこけた表情が確認できる。
安らかな寝息ですやすやと眠る彼は、穏やかな表情で、安堵の息を漏らす。
(いつまでもここにいては迷惑ですよね。 さて、眠っている間に退散を……。)
起き上がろうと身体を動かすが――全く動かない身体。
アメトはセラを抱き枕のように抱えており、動けなかったのだ。
(ちょ……なんて力なの……!? それに距離!近い!近すぎる!というか――)
銀色の睫毛に蒼白の肌――眠る彼からは、普段の軽薄な調子とは程遠い。
あまりに普通の姿に、何故そうしたのか、彼女自身にも分からなかったが――
手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でていた。
手に伝わる柔らかい毛髪の感覚は、どこか年若い印象を与える。
(こうして見ていると、まるで幼い子供にも……?)
ぐっすりと寝ているアメトは、セラが頭を撫でていることなど知らない。
しかし何を思ったのか、唐突にセラの身体をぐっと抱き寄せる彼。
彼の胸元に顔を埋めるような形になってしまったセラ。
抵抗しようとするのだが、とにかく抱きしめる力が強い。
上手く身体が動かせず、藻掻くしか出来ないのだが――
彼の抱きしめていた腕が、徐々に震えにも似たような感覚になっていった。
やがて震えは全身に巡り、何事かと慌てたが何も出来ない。
「お姉ちゃん……やめて……お願い……。 いた、いたい……よ。」
呟かれた言葉――その声音は、普段とはまるで異なる弱々しいもの。
どうにか両腕を背に回し、彼が少しでも落ち着けるようにと抱きしめる。
恐怖からなのだろうか、身体を小刻みに震えさせるアメト。
少しでも震えが収まってくれるようにと、セラもまた必死に腕に力を込めた。
(お姉様……あの幼い姿をした……あの方が閣下のお姉様なんですよね……?)
過去に何があったか分かるはずもないが、それでも頭を撫で抱きしめる。
ダメ元で《癒しの祈り》を祈り、少しでも緩和出来るように願う。
「大丈夫……大丈夫だからね。 安心して……よしよし……。
今ここに……あなたのお姉様は、いらっしゃらないのですから。」
しばらくすると震えが収まり、抱きしめる力は緩くなっていった。
いい加減に離れたくて距離を取るが、今度は服を掴まれていて叶わない。
「……もうっ! (今度は服を掴まれてます! もう!! もうッ!!)
閣下! アメトリクス様ッ!お離し下さいませッ!! ――って……?」
必死の抵抗をした際に、気がついたこと――
(ん……?? なんだかお腹付近に変な感覚が……一体何なのかしら……?)
わずかに触れたその“箇所”の異変に気づいた瞬間――
セラは頭が真っ白になり、全身の血の気が引いていくのを覚えた。
心中で必死に唱える言葉……レム睡眠による現象。
健康的な何よりの証明であり、男性であれば仕方のない生理現象。
頭に浮かぶのはダメな映像ばかりで、それらの情報を払拭しようと頭をひねる。
早急にここから出ていかなければと画策するが、衣類を捕まれ動けない。
(ちょっ……と……!! なんで私の服を掴んでるのっ……?!)
「ん……? ふぅー……。 あれー? オハヨ聖女サマー……。 あー……。
なんだかすっごく嫌な夢みてたのに良く眠れた……意味わかんなぁい……。
んー……もうちょい寝かせてー……。 あと五十年したら起きるからサ……。」
ぼーっとした様子で語りかけるが、セラはそうも言っていられない。
「長命なりのご冗談は置いておいてくださいませッ!
あの、閣下……その、腕を退けてくださらないと私、出られなくって……!」
アメトは怠そうに身体をひねると、猫背で寝台から身を起こす。
その際に自身の下腹部に目が行き、元気な自身に対し自嘲気味に笑った。
「ヒヒッ……! ボクの凸が元気一杯みたいー。 でもこれ不可抗力だし。
もしかして見ちゃったー? 物々しいモノ見せつけちゃってゴメンネェ?
ボク、浴場行ってくるからサー。 頼むから覗かないでネー? ヒヒッ!」
言葉を伝え終えた彼は、黒紫の霧を纏い姿を消してしまった。
見送る言葉も掛けられず、呆然と先程まで一緒に居た寝台へ視線を落とす。
「ど、同衾!? 聖女が同衾!? ああ!! 私ったらなんて事を!!
これでは聖女失格ではありませんか!! なんてことを!ああ……!!」
後悔しても、もう遅いわけだが――彼女は混乱と羞恥でそれどころではない。
二度と言い訳のできない失態を繰り返すわけには、いかない。
今後はもっと――自身の身を大切に扱わねばな……と固く誓う。
寝台から飛び出して部屋を抜け、一目散に自身の部屋へと足を運ぶのだった。




