頁:71 その【知欲】尽きぬ欲求につき。◆挿絵有り
賢者と共に居なくなった屋敷の主。
広間にはしばらく静寂が流れていたが、そんな中聞こえてくるノックの音。
何事かと全員が視線を移し、扉が開くと柔らかな笑顔の女中の姿。
「し、失礼致しますっ……! このような時間ではありますが……。
お食事はお召し上がりになられますか? 召し上がられるようでしたら――」
言いかけるが、パルテオンの「いただこうッ!」の即答に、かき消される声。
女中は多少驚いた顔を見せるが、騎士の返答に笑顔で頷いた。
その後一同は食事場へと向かった。
時間が時間ということもあり、食事はとても簡素だ。
そして食事を終えた一同は、食卓で何気ない会話を交わす。
「アメトさんの魔法?で二人とも居なくなっちゃったけど……。
どこ行ったんだろ?僕たち食事も終えたところだし――
二人のとこに行きたいんだけど……。」
「確か書庫部屋って言っとらんかった? 多分じゃけどー……。
あたしが思うに、子爵ちゃんのがくたばっとると思う。
――賢者ちゃんを舐めちゃダメだぜ……ふへへ……。」
ルルが颯爽と立ち上がり「あたし見に行ってくる。」と言うが――
結局話し合いの結果、全員で二人の様子を見に行く運びとなった。
その折に、女中に『主人に食事を』と簡単なお願いごとをされ――
勇者が代表し、彼女から盆を受け取り、全員で書庫部屋へと向かう。
その道すがら、廊下から響いてくるのは、賢者のけたたましい声。
興奮した彼の声――その声は周囲に響き渡っており、全員で顔を見合わせる。
その声量は側で聞かされているであろう半魔の彼が、気の毒に思えるほどだ。
部屋の扉を打ち鳴らし、入室するが――見覚えのある光景が広がっていた。
宙を漂う本や羽ペンに、複数の紙……その中央には恍惚の表情の賢者。
賢者の付近には半魔の姿があるが、彼はソファにぐったりと腰を据えている。
賢者とは対象的に、彼は無の境地で天を仰いでいた。
「ほらな? 言ったじゃろ? 子爵ちゃんくたばっとるって。
クッッソ可哀想で、あたしちょっと笑ってまうわ。 ウケる。」
ルルが小声で切り捨てながらも、二人の元へと身を寄せる。
残りの三人もルルに続きおずおずと半魔の彼へと近づくが―
彼はぐったりと、まるで生気を失った顔つきで、いつもの微笑も消失。
(閣下をここまで追い詰めるだなんて……)
気の毒そうに見つめる聖女、その後ろに控えていたノアがそっとアメトの側に。
腕に抱えられた盆をアメトに差し出すが、彼は視線だけ動かして確認。
「あの……アメトさん。 これ……メイドさんから預かってて……」
彼は小さな声で「アリガト。」と一言だけ答えるが、大層疲れ切った様子だ。
ソファから身を起こし「ハァ……。」と乾いた吐息で食事に手を伸ばす。
もそもそと食す姿は、普段見ることのできない人間らしい仕草。
「ねぇアメトさん。 少し聞いても良いかな……?」
ノアは彼の姿を見つめ、ふと疑問に思ったのか言葉を投げた。
問われた彼は「ドーゾ。」と淡々と返答を投げ、ノアは言葉を続ける。
「アメトさんって、朝食を食べないよね? それで気になったんだけど――
身体は細身だったけれど、それなりに筋肉はあったように感じたからさ。
食事はいつ摂ってるのかな?って……。 少し気になっちゃって。」
サラダサンドを頬張り、モゴモゴと咀嚼した後に力なく飲み下す。
視線を手に持ったサンドへと移すと、アメトは小さく笑い、言葉を返した。
「あー……。 そのコトだケド……必要があまりないからネ、魔族には……。」
「食事だけじゃなくて、睡眠もあまり必要ではないのサー……。
まぁ、ボクは魔族の血が半分だから、こうしてたまに食事を摂ってる。
睡眠時間も、キミたちの半分くらいで十分だったりする……ヨ……。」
いつも通りの胡散臭さを感じる口調ではあった。
しかし、あまりにも覇気を感じられない彼の姿に、皆口をあんぐり。
シュールな場面に皆口を閉ざしてしまい、その光景を見守る他なく――
ルルが小声で「元気無……。」と漏らすと同時にバルタザールが動いた。
「言い伝えではッ!魔族は謎が多くまた歴史では幾度も小競り合いをッ!
その実ッ!欲が希薄で実は温厚とされているのでは無いかとッ!」
「長命の影響ゆえか人間に備わっている欲はほぼ無いと言っても過言ではッ!
多少はあるようですがそれでも人間とは異なる欲求を持っておりッ!
そこにあるのはッ! 力を――」
ルルはいつの間にか手に短杖を握っており、小さな爆発音を鳴らす。
ジロリと賢者を睨みつけ「ちょい黙らんか。」と一言吐き捨てた。
短杖を下げると、ルルはため息交じりに言葉を落とした。
「夜遅いのに大声出させてしもうてごめん、子爵ちゃん。
賢者ちゃん……頼むけぇ時間考えて。 屋敷の人のこともあるんじゃけ……。」
「んで……食欲、睡眠欲は分かったんじゃけど、人間の欲求ってさ、それだけ?
ちがうよねー? もう一つ、重要なんがない? ――性欲。」
「ソッチの方はどーなっとん? あたし興味あるんじゃけど。」
爆発音とルルの言葉に、全員の身体がビクリと跳ねる。
反射的に全員の視線が半魔の彼へと注がれていた。
問われた彼は依然としてソファに腰掛け、ぐったりとしたまま。
「サァ……。 あるんじゃなぁい? というかキミ知ってるデショ??
ボクにあーーんなヤバメの媚薬盛っておいてサ。 ハァ……。」
「キミたち一体なんなの? ボク、キミたちを屋敷に招いて後悔だヨ。
まともなの、そこの騎士サマくらいなもんデショ……。」
食事を終えたアメトは、ソファから少しだけ起き上がると姿勢を正した。
「確かに欲求は希薄気味だネ。 でも食欲睡眠欲もあるんだしサ。
普通に考えて、性欲も失われているワケではないって、分からなぁい?
そもそも考えても見てヨー?」
「そういった欲求がなければ、ボクみたいなのも産まれない。
それにチビっ子チャンみたいな魔力持ちも、産まれてない。」
「つまり、そーいうコトー」
ソファから立ち上がると、勇者へと身体を向け、そっと歩み寄るアメト。
「ま、不思議なコトに、魔族同士でそういった欲求は生まれにくいらしいネ。
恐らくだけれど、あと数百年もすれば、ボクら魔族は種から消えると思うヨ。
キミたち人間がなーんもしなくてもネ。」
「同族同士だと喧嘩っ早い上、ここ数百年で結構討伐されてるって話だし。
そのお陰で、どんどん個体数減ってるって聞いたことあるヨー。」
「歴代の勇者、聖女サマたちが、片っ端からボクら魔族を祓ってるらしいしー?
ボクもそのうち、勇者サマに《浄化》されてお陀仏デショー? ヒヒッ。」
彼は飄々とした態度で手で首を抑え鳴らし、なんでもないように答えた。
「ちなみにー、理由はボクにもよく分からないんだけどサー。
ビックリするかもだケド、魔族と人間って、種族的に大きな違いはないヨ。
だから子を成すコトも可能。 ちなみに……他種族との交配も可能だネ。」
「半魔半ドワーフ、半魔半エルフ、半魔半獣人……大半の種族と交配が可。
質問が来そうだから先出し回答しておくケド、ボク自身生殖機能はあるヨ。
っていっても、ボクに子供なんて居ないし、分からないケドー。 ヒヒッ!
もしかしたら、体質的に出来ないかもしれないしネー。 ま……。
作る気も無いし、この血を残したくないしー? ヒヒッ!」
部屋を歩き回り言葉を落としていたアメトだったが――
彼は語り終わったのか、立ち止まった。
腰をひねり「んっ……」と短く喘ぎ、身体を伸ばしながら小首を傾げ逡巡。
誰にも聞こえない声量で、ぽつりと洩らす言葉――
『てか勇者サマ……ボクの下半身、直接見てるデショ……?』
一同は黙し、全員が小首を傾げ、なにやら考え込む。
静寂を破ったのは、真剣な眼差しでアメトを見つめるバルタザール。
「子爵閣下、交配が可能というのは理解いたしましたッ……。 しかしですッ――
ワタクシ、一つの疑念が浮かび、どうしてもこれだけは聞いておきたくッ!」
「我々人族と魔族と根本に相違ない。 個体数を減らしても尚、何ゆえに――
我々は啀み合う必要が、あるのでしょうかッ……?」
「数を減らしているのでしたら、余計に……平和的に過ごすことはッ……。
ワタクシ、疑念が疑念を呼び……。」
賢者の言葉に一同の空気はより重苦しい物に。
そんな全員の顔を確認し、アメトは胡散臭い微笑みで賢者の隣へ。
ソファに腰掛けた彼に身を寄せ、腰を落とし顔をぐっと近づけ――
そのまま優しい手つきで頬に触れ、甘い声で語り掛けた。
「賢者サマなら知ってるデショ……? ほらぁ……天地創史記って書物……。」
賢者は背中を引き、アメトから距離を取ろうと画策するのだが――
彼の身体は徐々に近づき、吐息まで触れるほどの距離まで詰められてしまった。
「ヒッ!」と声をを上げ、助けを求めるように視線を泳がせる。
「ししししッ!!!知っておりますともッ!!!」
声をあげ眼鏡を掛け直すが、なおも近づいてくる美麗な顔面――
そんな危機的状況を真上を見ることで回避し、声高らかに宣言。
「魔族の祖は太古に突如として力をつけッ、人族に戦争を吹っかけたッ!
神々の力や人間と他種族が手を取り大地を守り、魔族を退け――
そうして世界には平穏が訪れ、平和と安寧をもたらしたッ!!」
賢者の言葉を受け、アメトは彼の側から離れ、再び部屋を歩き回る。
両腕を広げ、その場に立ち尽くす一同に対し、問いのような言葉を投げた。
「そうだネー。 でも、不思議だよネ。 突如として力ってサ。
一体なんなのだろうネェ? 今回の異変もそうだケドさ。 唐突に――
魔族が戦争を吹っ掛けようとシてるだなんて、なんでだろうネェ。」
考え込む賢者、項垂れる騎士、悲しみの表情の聖女、無表情の小人族。
勇者であるノアだけは、自身の存在意義を問うような、真剣な眼差し。
アメトは微笑を湛え、わざとらしく『パンッ』と手を打ち鳴らした。
「もう良い時間だしサ。 人族の皆サマは就寝したら?
ボクは賢者サマのせいで搾り取られて、くったくただヨ。」
それだけ言うとアメトは扉まで歩みを寄せ、出口付近で立ち止まる。
くるりと身を翻すと、胡散臭さたっぷりに皆に言葉を投げた。
「明日のヴェルカナ行きだケド、ボクも着いてくネ。
で、賢者サマ……魔導椅子だケド、キミの寝室にでも置いておくヨ。
それじゃ、ボクは先に入浴してくるからサ。 っと……。」
「“聖女サマ”……キミは立ち入り厳禁だヨ? それじゃぁネェー。」
彼は告げるだけ告げ、そのまま軽やかに立ち去ってしまった。
残された一同は項垂れ、先程の会話内容を反芻する。
「突然に、力を……? うーん、本当に突然に力をつけたのでしょうか……。
今までは力がなかった? 思えば私たちの【加護】の事も――
詳細は分からない、ですよね……。 なにか関係があるのかしら……?」
「僕って、何のために勇者に選ばれたんだろう。
なんだか、分からなくなってきちゃったよ。 僕は、頭が悪いから……。
ずっと同じようなことばっかりが頭を巡ってて……あはは……。」
パルテオンも頭を抱え唸り、ノアは困ったように微笑を浮かべていた。
全員思考を巡らせるが、誰も彼もが堂々巡り。
結局、勇者一行は小さな悩みを抱え、夜の静寂へ沈んでいった。




