頁:70 その【一行】混沌集団につき。
無事に依頼を達成した三人は、ホクホクの様子でニヴェイシア邸へ帰還。
広間の扉を開けた瞬間――そこに広がっていた光景は、予想外の景色だった。
それは、賢者の膝の上に座している小人族の姿。
が、彼らの様子はおかしい……そう、おかしすぎるのだ。
バルタザールの顔を両手で包み、これでもかと顔を寄せるルル。
見る人が見れば――否、ぱっと見では完全に怪しい光景過ぎるのだ。
賢者は見る影もなくソファで灰燼と化しており、まさに混沌。
当たり前ではあるが三人とも凍りつき、騎士の背負った大盾がずれ落ちる。
聖女と勇者は共に口を開き、帰宅時の挨拶も忘れ立ち尽くしていた。
何が起きているかなど、三人に理解することはできるはずもない。
そんな最中――三人に気がついたルルは立ち上がり皆の元へ。
「おかー、いまさー。 『魔力の流れ』っていうんかな?
それを知ってもらおう思うて賢者ちゃんにヤっとったんよー。」
「したらこのザマってわけなんよ、軟弱者めー。 まじウケるぜ。」
ノアは一歩後ろへと下がり「やった。」と小声で突っ込んだ後――
瞬間湯沸かし器が如く顔を赤に染め上げ、両手を顔の前でパタパタ。
ノアの隣ではセラもまた赤面し、互いになにやら妄想に耽っているらしい。
彼らはおそらく、似た者同士のムッツリスケベなのだろう。
「あー……あーたらなーんか、すんごい妄想しとんじゃろうけど、ちげーぞ。
んー……。 あたし、なんて説明すりゃええか分からんわ。 実践しよ。」
「とりま、やればわかるけぇ、ノアちゃんこっち来てくんねー?」
そうしてノアの手を強引に引き、彼女の指示のもと椅子に案内された。
彼はあちらこちらへ視線を移すが、無理やりにソファに腰掛けさせられ――
躊躇いなくルルが膝の上に座り、何も分からないまま……何かが始まった。
帰宅時に見た光景と、同じことになっているのだろうと、察してはいた。
しばしルルに身を任せていると、触れ合った箇所から感じる冷たい風。
ひんやりした空気と、チカチカと明滅するような光を感じ取ったノア。
「わわっ……なにこれすごい……! これが魔力? ふわぁ……!」
彼女から伝わる『魔力の流れ』を堪能し、ノアは感嘆の声を洩らしていた。
「ふー」と小さく息を吐き出し、彼のもとから離れたルル。
次いで賢者へと視線を投げるが、彼はぐったりと幸せそうに気絶していた。
彼に対しジト目を向け、頬を叩いてみるが――微動だにしない賢者。
「ダメじゃこりゃ……賢者ちゃん死んどる。 あたしが殺ったんじゃけど。」
「うーん……。 言葉にするのが難しいね、これ。 力が巡ってる?
どうして煌陽国では、魔力が嫌われてるのか、僕には分からないなぁ。」
彼は身体に残った『魔力の残滓』を確認するように手のひらを開閉させる。
「魔力って魔族由来の力なんですよねっ! それを感じられるだなんて!
わ、わたしもっ! わたしも感じてみたい!」
「うーん。」とルルは考え込む様子を見せ、やがて首を小さく横に振った。
「やってもええんじゃけど、セラちゃんは聖女様じゃけーさぁー……。
じゃったら、魔力と聖神力で拮抗しそうって思ったんよね。」
「やってもええんじゃけど、あたし何が起こっても責任取れんけぇさ。」
彼女の言葉に『ガックリ』と肩を落とすセラ。
彼女は捨て猫のように物悲しさを漂わせ、肩を丸め縮こまった。
広間では和やかな空気が流れ、魔力について談義が始まるが――
しかし、賢者の好みそうな話題が繰り広げられているが、彼はといえば、だ。
彼は未だに起きる気配もなく、灰燼と化したまま微動だにしない……。
そんな彼を無視し、四人は談笑に花を咲かせていた。
◇ ◇ ◇
まさか、自身の屋敷でぶっ飛んだ事件が起きていることなど――
一ミリも知る由もない屋敷の主、アメトリクス。
彼は冒険者ギルドからの依頼の為に、長時間屋敷を留守にしていた。
それだけ離れた理由はもう一つ、それは……屋敷に控える彼女――
聖女と顔を合わせることに気が引けてしまい、それ故だったのだ。
業務を終え屋敷へと帰還したが、なにやら騒がしく、何事かと首を傾げる。
道中ですれ違う女中へと問いを投げるが、彼女の答えは『分からない。』
(はぁ……どうせまた変なコト、シてるんデショ……。)
結局のところ自身の目で確かめるのが一番だと悟り、嘆息を洩らす。
騒動の原因を詳らかにするため、騒ぎの方向へと視線を投げる。
脳裏に浮かべるのは広間の座標――転送を行使し、ふわりと地に足がつく。
が……広間に広がっていた光景は、想像以上の不穏という名の平穏だった。
混沌を体現したかのような光景に、思わず肩を落とすアメト。
視線を巡らせ、真っ先に目に入ったのは黒ローブ姿の青年。
彼はどこの誰だか分からなかったが、灰のように真っ白。
(誰ナノ、このヒト。 ……なんでくたばってんの……?)
次に目に入ったのは、騎士の膝の上に跨り、顔を近づける勇者の姿。
すぐ側では小さなピエロの少女が、楽しげにダボダボの袖を翻す。
(彼らって、もしかして……そういう趣味のヒトたち?)
聖女の姿は部屋の隅で確認できたが、彼女はなぜだか顔が赤い。
とても冷ややかな眼差しで、勇者たちを一瞥するアメトリクス。
「……あのサァ。 キミたち、ヒトのお屋敷でナァニ盛ってるの?」
「しかもここ広間……広間だヨ? ヤるならせめて個室でヤってー。
まぁったく……ボクのお屋敷は『事の間』じゃぁないヨ? はぁ……」
皮肉を込めて「男同士でお盛んだこと」と呟くアメト。
が、彼の皮肉なぞなんのその――膝から立ち上がった勇者は、半魔の彼の側へ。
朗らかな微笑を湛え彼の手を引き、強引に誘導開始。
何が起こっているのか理解することが困難な彼は、怪訝な瞳を勇者へ向けていた。
が、勇者の怪力で手を引かれてしまっては、無言で従うしかない。
「はいっ! アメトさんもやろうっ! ここに座って? やるから!」
(やるって……ボク、これから貞操を失っちゃう感じ?)
が、天然気味の勇者の彼が『やる』というのであれば、恐らく変なことではない。
言われるがままにソファに腰を下ろしてはみるが、硬直したまま頭には疑問符。
「ヤるって、ボクとするの? ボク言っておくケド――
下になる趣味はないからサ。 ヤるならボクが上に……」
「ちょっと、キミっ……話聞いてる? ゆ、勇者サマ……ッ?」
じわりと身を寄せるノアに対し、アメトはいよいよ終わったか?とドン引き。
「うへへ……今から何が起こるかめっちゃ気になるんじゃけど――
ノアちゃんにはそもそも魔力ないじゃろー。」
ピエロの彼女の言葉で何もかも察し、やがて微笑を浮かべた。
「そゆコトね。 魔力を身体に伝えたかった――ってコトでしょ?
それでこの惨状って理由だネ? で、そこの黒ローブのヒト、だぁれ?」
「――あ。 そうそう……知っていたカナ?チビっ子チャン……。
魔力って、粘膜接触だともぉっと……効率良く魔力の譲渡が可能だヨ?
試しにボクがキミに魔力……あげよっかー? ヒッヒッ……!」
ピエロの彼女は「へぇ」と感嘆の声を上げ「ほいじゃぁ」と頭言葉。
次に出した言葉で、場の空気が凍るなど思ってもおらず、淡々と口を滑らせた。
「セラちゃんが子爵ちゃんに、熱烈濃厚なちゅ~された時、魔力が――あ。」
言い終わるや否や――彼女は「はっ」と口元を押さえ、セラから視線を逸らした。
彼女は自身の唇を押さえ目を見開き、顔を白くさせ「は……」と小さな声。
「ちゅー?? ちゅーって、どの『ちゅう』なのですか?
治癒? 治癒ですか? それとも――キス……ってこと、ですか……?」
勇者は顔を青くさせ屋敷の主の膝に座ったまま口を閉ざした。
騎士やピエロの彼女ですら沈黙し、どうにもならない空気が漂う。
アメトは軽々と勇者を膝から下ろし、微笑を湛えソファから立ち上がった。
彼女の元へと歩み寄り、無遠慮に彼女に近づく。
「ヒヒッ! なぁに、この空気感。」
「ボクから説明すると、まず聖女サマ……キミ、こないだ熱出したデショ?
覚えているカナ? その時のキミはとてもお薬を飲めそうになかった。」
「で、ボクは『口移しでお薬をあげたら?』って、そう提案したのネ。
キミたちはとても仲が良いみたいだからサ。 効率的でもあるし。」
わざとらしく彼女の唇に触れ、次いで「ヒヒッ」と胡散臭く笑う。
「でもネェ……? だぁれも……そう、だぁれもキミに触れたがらない。」
「だからぁ……ボクがお仲間サンたちの代わりに口移しシたの。
やましいコトなんて何もないし、他意もないヨ? ヒヒヒッ!」
真っ赤になったセラの耳元に顔を寄せるアメト。
小さな声でさり気なく『昨日はゴメン。』と囁き、セラから離れた。
腕を広げて不敵に笑う彼は、確信的であることは誰の目に見ても明らかだった。
「嗚呼、それと……口移し程度じゃ、魔力を流し込むのはムリだヨ。
しぃーっかり、唾液を流し込まないと譲渡は出来ないからネェ……?」
ゾットするような発言を、軽い調子で言い放った彼に全員絶句。
「くちうつ、し……? うそですよね? わ、私……え……?
はじめての……きす、なのですが……? な、なんで……。」
潤っていくセラの瞳――しかし誰も否定の言葉を紡ぐことは、出来なかった。
彼らの沈黙は、それすなわち完全に『肯定』と同義なわけで――
「人族のキスって好きな人同士がするモノ、そうデショ?
なら安心したらいいヨ、聖女サマ。 だってボクは恋慕の感情がない。
だからキスとして数に数えなくてもいいと、ボクはそう思うケド。」
「あ、もしかして……。」と、嫌な微笑を浮かべるアメト。
「足りないのならもぉっと、劣情を抱くようなヤツ……ヤっとく?
舌を絡ませる情熱的なヤツー。 ボクが“キミたち”を――
天界へ……イヤ。 魔の世界へ連れてってア・ゲ・ル……」
彼は「イヒヒヒッ!」と声をあげ、抱腹しながら笑い出す始末。
唇を尖らせてわざとらしくおちょくる様子は、苛立ちを誘うほど。
聖女の身体からは聖神力が漏れ出しており、じわりと虹色の粒子が漂う。
「アメトさん! 魔族さんの事がよく分かるかも! だから、さ……!」
収拾がつかなくなりそうだった空気を、切り裂くのはノアの声音――
「僕にも、してほしいんだっ!」
このタイミングで、なぜそんな発言を?と空気が固まった。
ゲラゲラと笑っていた彼も動きをピタリと止め、ノアをじっと見つめる。
しかし勇者の碧灰の瞳は純真で純粋……とても透き通った色。
「……は? ……え? 話の流れからだと、勇者サマってそういう感じ?
正気? 狂気的だネ……? ボクは別に構わないケド。」
「でも流石にチョット……ネェ? 嘘だよネ?」
ノアには、アメトの要領を得ない言葉の意味を、理解することはできない。
しかし冗談めかさない様子で、どんどんと近づいてくる半魔の彼の身体――
「キミがシて欲しいなら、いくらでもキスくらいするケド――」
まるで電撃が奔ったような衝撃を覚える半魔の彼の言葉――
セラは肩を跳ねさせ、恐ろしい形相を浮かべ、視線を二人へと移した。
ルルやパルテオンもまた彼らに注目し、ここでようやく悟ったノア。
自身の発言の悪さに今更気が付き、やがて手を振り拒絶を示した。
「キスっ!? どうしてそうなったのっ!? 違うよっ!」
「魔力の流れっ! 魔力の流れのお話だからっ!! キスじゃないよっ!!
というか――アメトさんって、僕とキスするの平気なのぉ……??」
「キスじゃないのネ? ざんねぇん……。 必要とあらばするケド。
で魔力ネー? はいヨー。 んじゃヤるヨー?」
言葉少なにそれだけ伝えると、彼は顔を近づけて額を当てる。
触れ合った箇所からは、淡い黒紫色の闇が溢れ出し、二人を包んだ。
彼の魔力はたちまち目に見えるほど顕在化し、広間は霧に覆われた。
「すげー……」と感動に言葉を失い立ち尽くすルル。
が――アメトの魔力を全身で受け止めているノアは、妙な色気のある姿に。
まるで熱に浮かされたような、とんでもない表情で、騎士が声を荒げた。
「おいッ! ノア……表情がやべェ!! 色気が凄ェぞッ!!」
「ンデー? ボクの魔力を注がれた感想は? 気持ち良かったぁ……?」
アメトは何事もなかったようにノアから離れ、ソファに腰掛けて問を投げる。
問われたノアは、しばらく考え込む様子を見せたが――
「うん! ぜんっぜん、わかんない!」
キッパリと言い切るが「でも――」と、朗らかに微笑むノア。
「悪い力って感じではなかったよ? 改めて魔族さんってなんなんだろう。
ますます、あなたたちの事が知りたくなっちゃったよ……。」
言葉を聞き終えたアメトは広間の扉へと向かい、口を開いた。
「それじゃ……」と言いかけるのだが――その瞬間だった。
もぞりと賢者が動き出し、彼は目覚めと共に「ファッ!?」と大声を上げ――
ソファから滑り落ちたと共に、始まってしまった……。
「一体何事かと思えば成る程ッ!ワタクシが気絶中の間に子爵閣下がッ!
朝のご挨拶……否、現在の時刻は夜ッ! ワタクシは賢者ッ!!」
「トラメリア禁書庫が司書ッ! 名を『バルタザール』と申しますッ!!
すでにご存知のこととは思いますが、ワタクシ煌陽国から正式に――
【賢者】の称号を賜っておりますゆえ――ッッ!」
胡散臭い微笑を湛え、アメトはバルタザールの側へと歩み寄る。
「お初にお目にかかります、賢者バルタザールサマ。 ボクは……。
“三代目”の『幽玄の白雪』家当主――」
「名をアメトリクス、姓をニヴェイシア――
『アメトリクス・フォン・ニヴェイシア』と申しマス。」
妙に畏まった様子で、胡散臭く賢者へと手を差し出す半魔の彼。
「以後……お見知りおきを賜れば――ヒヒッ! ヨロシクねー?」
彼の差し出された手を取ること無く、賢者は四つん這いで這いつくばる。
死にかけの虫のように、彼の足へまとわり付き、懇願の早口絶叫。
「半分は魔族の血が流れているとお聞きいたしましたがそれで現在の年齢は――
して現在のお姿はどのようにして人族としての擬態を成されているか――
成る程精霊術の『幻術系』の系譜である『阻害系』とお見受けしました――
魔力という力は煌陽国の伝承としてあまり伝えられておらず――……」
「それと認識阻害という魔術を使用なされていると聞き及びましたが――
お尋ね申し上げたいことが山程あり他にも――や~~の事柄――」
屋敷の主は、完全に賢者の姿にドン引き――
それもそのはず、このとんでもない早口は、彼の足元で行われているからだ。
「ワタクシの昂る知的好奇心がッ! 暴れまわりッ!
とてもではありませぬがッ! 抑えられそうにもありませぬッ!
長命の種族とはすなわち、歩く書庫といっても過言ではありませぬッ!」
やっと言い終えたのか、荒い呼吸を繰り返す賢者。
アメトは近い位置にいた騎士へと耳打ちで「これが通常?」と尋ねるが……。
彼は無言で首を縦に振り、屋敷の主は諦めたような微笑に。
「質問多すぎ……とりあえず絞ってヨ。 てか長くなるなら場所移そー。」
「はいッ! ではワタクシと共に書庫室へ赴きましょうぞッ!
先ず言語ッ! その後に歴史ッ! 各国の災害記録の確認もッ!
ダメです……ッ! 燻る知への探求が抑えきれそうになくッ!!」
肩を落とした彼は、賢者と共に黒紫の霧を纏わせ――消えた。
まるで嵐が過ぎ去った後のような、妙な静けさが広がる。
残された四人は、ただ呆然と立ち尽くすのだった。
【設定メモ:煌陽国における男女の隠れ場を示す言葉】
本文に出てきた単語《事の間》ですが、煌陽国の“休憩街”に点在する施設の俗称。
表向きは『旅の疲れを癒す個室』ですが、利用者の九割は何故か疲労困憊。
恐らくは、そうですね。『激しめの有酸素運動』をする個室だと思います。




