頁:69 その【騎士】フラグ発言につき。
依頼を受注し、冒険者ギルドを後にした勇者ノアたち一同。
受付嬢から聞いた目的地へと移動するため、一歩を踏み出すが、すぐに止まった。
全員が息を合わせたように同時に止まり、互いに目を見合わせて、困惑。
(私たちの中で、一体誰がすばしっこい兎を捕まえるの……?)
(僕たちの中で、一体誰があの兎さんを捕まえるんだろ……?)
(俺たちの中で、一体誰がすばしっこいのを捕まえんだ……?)
そう、誰一人として捕まえる手段を持ち合わせていないのだ。
依頼内容は“無傷での捕獲”というのが、更に困惑を加速させた。
「ねぇ、大変……セラ、パル。 僕たち、あの兎さん、捕まえる手段が……!」
ノアは大変哀しそうな表情――もとい叱られた犬のような表情に。
二人をじっと見つめるが、彼らもまたノアと同じで困り果てていた。
腕を組み、深く思考するパルテオン。セラもまた、眉間に皺を寄せる。
「私の光の神聖術……いえ、だめですね。 物体を焦げ付かせる程の威力。
光を放った瞬間におそらく兎さんの目……いえ、穴が蒸発するやも……。
結果として無傷での捕獲が失敗に終わってしまいます……だめですね……。
それに周辺の生態系に影響もありそうですし……ノアはどうですか?」
「僕が全力で追いかければ、多分追いつけるとは思う……思うけどー……。
でもね、その……。 無傷ってなるとちょっと……難しいかなぁ……?
走ってると急に止まれないでしょ? 足が早くても機動力が……その、ね?」
二人の視線は自ずと騎士へ向けられるが、視線の先の彼は首を傾げ唸っていた。
「俺の〈技能〉に期待すんじゃねぇぞ? 敵の殺意を俺に集める――
ってのならあるぞ。 見たことあるかも知らんが《威圧咆声》ってヤツだ。
残念だが――無傷で捕獲ってなると、俺ァ、なぁぁぁぁんも役に立たん!」
騎士は「ガッハッハ!」と盛大に笑い声を上げ、諦めの境地にいるらしい。
軽鎧の胸当てをドンと叩く様は、とても頼りがいのあるアニキそのものだ。
「こういう時こそ、ルルの〈麻痺〉か賢者の〈念動〉があればなぁ……」
騎士は視線をニヴェイシアの屋敷へ向け、額に青筋を立て――
やがて怒りを滲ませた声を轟かせた。
「ったくよ! あの透かしたヤロウ!! なんなんだよあいつぁ!!
あんなクッソ立地悪い所に屋敷なんざおっ建てやがって! くそったれ!
もっと街中に建てたって良いだろ!」
騎士の怒りの矛先は、謎にニヴェイシアの屋敷へと向ける。
勇者、聖女の二人は“すーん”とした表情で騎士を見つめ、若干だが引いていた。
「お、落ち着いてよパル……! お屋敷を貸してくれてるし、それに!
朝食とか夕食を頂いてる身なんだよ! そのお陰で、宿代節約できてるし!
それにほら……セラもお風呂とっても気に入ってるし! ね?」
必死に騎士を宥めるノア……だが結局のところ話は進んでいない。
屋敷に戻るにも、距離がそこそこあり時間が掛かる。
故に、三人で状況を切り抜けるしか無いのだが、互いに困り顔を見せ合う。
「僕さ……正直に言うと馬に乗るより自分で走ったほうが早いんだよね。
だからさ、どうにかして二人を持ち上げて運んだらいいんじゃないって。
パルの盾に車輪を付けて僕が運ぶとか、どうかな?」
「停止した時に私たちが投げ出されますので却下です。 それに……。
大事な大盾を、そのように使用するのは、勇者としてどうなのですか……?」
ノアの言葉に速攻で却下を下すセラだったが、ノアはそれでも引かなかった。
むしろ『いい考えが浮かんだ!』と言いたげな笑顔でセラに詰め寄る。
露骨な笑顔に、セラもパルテオンも身を引くが、ノアはじわじわと詰め寄る。
「おい、まてノア。 なんだその気持ちわりぃ笑顔……こええぞ。
セラ、狙いはセラだッ!! 逃げろッ!!!」
が、騎士の忠告虚しく、勇者は目にも止まらぬ早さで、セラを抱きかかえ――
まるで荷物のように方に肩に抱え、颯爽と跳躍し、騎士を置いて何処かへ消えた。
騎士は何が起こったのか理解できず、口をあんぐりと開け唖然呆然。
遠くなる二人の影を、ただただ見送るしか無かった。
(すまねぇ、聖女さんよ…… ご愁傷さまだぜ……。)
「さーて……。 置いてけぼりの俺はギルドの逆戻りだな! ガッハッハ!」
騎士の声は哀愁を帯びてはいたが、どこか清々しく二人を送り出した。
彼は踵を返し、冒険者ギルド内の併設酒場へ身を寄せ、やけ酒を始めるのだった。
◇ ◇ ◇
ノアに抱きかかえられ、颯爽と交易都市を抜ける聖女。
彼女は風を感じ、遠くなる街を目に映して悲鳴を上げるまでもなく――
恐怖に震え、近くなったり遠くなったりする地面に度肝を抜かれ、青ざめていた。
「ノア!ノアさん!ちょっと!どうしちゃったの!? ねぇ! 強引過ぎます!
聞いてるのですか!? あの、私の話を聞いてください! ねぇったら!!
いつもの朗らかなノアは何処に行ったの!!! いやぁ……っ!!」
セラの悲鳴は確かにノアに届いているはずなのだが、彼は朗らかに笑うだけ。
しかしセラに彼の表情は一切伝わっておらず、ただ――優しい声が届けられた。
「僕ね……今まで視野がちょっと狭かったのかなって、そう思ってさ。
だから、もっと視野を広げて周りを見なきゃって……それでねっ!」
まるで陽光のような明るい声を響かせ「で、こうなった!」と言い切った。
彼の声色は穏やかそのもので、セラは恐怖と困惑で複雑な心境。
視界に入ってくる情報は、凄まじい速度で移り変わる街並みから、やがて草原に。
確かに、彼の言う通り馬よりよっぽど早いのだろう。
しかし聖女にとってそんな事は些細なことで、彼女は命の危機を感じていた。
「“こうなった”……? なにをどうしたらそうなったのですかっ!!
いまのノアは、下手したらニヴェイシア閣下よりよっぽど怖いですっ!
閣下もちょっと強引な所がある気もしますが、比べ物になりません!!」
聖女は、この状況で落ちたらマジで死ぬ――と決死の覚悟。
必死に、ノアの背中で掴めそうな場所を探し、マントを鷲掴みにしていた。
そんなセラの心配をよそに、跳躍を繰り返すノア。
彼の機動力で、目的地へとあっという間にたどり着くことが出来た――が。
ノアから降ろされた聖女は荒い呼吸で顔を青ざめさせ、勇者を睨む。
「はぁ、はぁッ……! 物凄く、怖かった……。 本当に死ぬかと思いました。
ノア。 せ、せめて……おんぶ……。 もしくはそうですね――
もうこの際、横抱きでも構いません……。 そちらも怖いですが。
先程の荷物のような運ばれ方に比べたら、まだましです。」
「横抱きってセラは恥ずかしくない……? セラがそれでいいなら――
僕は横抱きでもなんでもするよっ! 怖がらせちゃってごめんねぇ……」
むすっと頬を膨らませたセラは「もう……!」と怒り混じりの返答を投げた。
「本当に!反省してらっしゃるのなら、深くは追求しませんが!
ノアがそーんなに大胆だなんて、私知りませんでしたっ!
とりあえずは目的地にも無事にたどり着けましたし、感謝は伝えますっ!」
深呼吸をし「さて……」と気合を入れ直し、首飾りの錫杖を変形。
トントン、と錫杖で地面を鳴らすと、両手に握りしめ、ノアに振り返る。
「少し、試したいことがありますので、試してみますっ!」
「何をするの?」と言うノアの問いかけに対し、悪戯っぽい微笑みを返すセラ。
彼女は「内緒です!」と言葉を投げ返し、錫杖を掲げ、祈りの態勢へ。
「天にあらす我らが主よ、昏き囁きを逃さん……見通す瞳、星の瞬き――
その御威光を今此処に……顕現せよ!《ルメン・ヴィギル》」
聖女を中心として薄い金色の膜が円形状に広がり、周囲を覆い尽くす。
その後、銀色の粒子がはらはらと舞い踊り、やがて膜は雪のように溶け消えた。
柔らかな風が二人の間を抜け、セラは錫杖を首飾りに変形させ、一息つく。
「あちらですっ! あの方角から、なんらかの気配を感じます!」
一点を指さす聖女に、ノアは目を見開き不思議そうに首を傾けた。
疑問や疑念といった眼差しを向け、セラの指し示した方向に目を凝らす。
「今のは《祈り》なの? 何をしたの……? どうしてあっちって分かるの?」
勇者の疑問に答えるべく、セラは胸を張り「ふふん」と鼻を鳴らした。
「先程の神聖術は、本来は悪意や瘴気を感知する《祈り》なのですっ!
あの顔に穴が空いた魔物たちは、閣下が魔族になった時に感じる気配――
瘴気の気配を皆総じて纏っていましたっ! だからです!
だから、何かしらの反応があるのでは? と、そう思ったので!」
自信たっぷりに答え、草原を歩んでいくが、ノアは「そっか!」と笑う。
しかし、表情を改めると「でもっ……!」と一言置き、彼か風を残し跳躍。
あっという間に姿を消し、セラは慌てて、彼の飛んでいった方向へ駆け出す。
はたしてノア一人だけで捕まえられるのか?と、不安が胸中で渦巻く。
(確か、走ってても急に止まれないって先程仰ってましたのにっ……!!)
駆け出していた草原。深い茂みから唐突に跳ねる小さな影――
目標である顔に穴が空いた姿をした兎が、セラめがけ、唐突に飛び出してきた。
兎のような姿のソレは、完全にセラの胸にロックオンで一直線。
「なっ……! ちょっ……! 飛んで火に入るなんとやらですねっ……!」
胸に飛び込んできたその生物は、兎というには少々大きさがあった。
故にセラの薄い身体では受け止めきれず、押し倒されるような形で転がる。
それでも胸に収まった生物を逃すまいと、セラは腕でがっしりと兎を固定。
「お、お顔っ……! お顔が怖すぎます! あれ、でも……!!
案外、見た目以上にふかふかしてる! あ、暴れないで、大人しくしてっ!」
動じること無く、草原の上で顔の無い兎と格闘するセラ。
そこへノアが遅れて登場するが、彼はかなりぎょっとした表情。
一体何事かと、セラと兎を交互に見つめるが、受付嬢から渡された袋を用意。
「そっちに飛んでいくなんて思ってなかったよ……ごめんねぇ?
というか、なにしてるの? じゃれ合ってるのかな?
これ、僕手伝ったほうが良い……? なんだか可愛いねぇ!」
「は、早くしてノア! この子、案外力が強くって……む、胸が……!
その袋でこの子を確保してくださいませ!」
兎のような生物は勇者の手により首根っこを捕まれ、あえなく御用に。
そうして無事に依頼を達成した勇者と聖女――
ノアはセラに手を差し伸べると「それじゃ、帰ろ!」と、笑顔を向ける。
その後、兎の袋を抱えたセラがノアが横抱きに抱えるという不思議な構図が完成。
「仕方ないのですが、なんとも言い難いですね……」
聖女の表情は曇っており、複雑な表情で横抱きにされていた。
ノアは文字通り“飛んで”ヴァルメリア方面へと駆け抜ける。
草原ではまだ良かったが、その状態で街中を掛ける抜ける様は――
とてつもない注目を浴びたことは、言わずもがなである。
◇ ◇ ◇
勇者と聖女が奮闘していた一方その頃――
冒険者ギルドの併設酒場にて、騎士は椅子に凭れて溜息を一つ、零していた。
度数の低い酒を飲み、勇者と聖女の帰還をただただ、待つしか無い。
「たくよ……。 確かに俺ァ……役にたたねぇかもしれんが――
なぁんも言わずに飛んでくったぁー思いもよらんかった……っへ!」
ジョッキに注がれた酒に口を付け、ぼーっと天井のシミに目を向け時間を潰す。
独り言のような愚痴を洩らしていると、入口の扉が勢い良く開かれた。
どうやらノアとセラの二人が帰還を果たしたようで、ギルド内がざわついた。
出発したと思えば、一人でギルド内に帰ってきた騎士――
目撃地点までは距離があったにも関わらず、帰還を果たした勇者と聖女。
注目を浴びるには、条件が揃いすぎており、ギルドの内部は唖然騒然。
騎士もまた、騒がしい様子に入口に目を向け、彼らの姿に驚愕するしか無い。
ノアの腕にはモゾモゾと動く袋が握られており、また二人とも満面の笑顔。
「パル!『テオンさん!』ただいま『もどりました!』」
純粋無垢な二人から紡がれる可愛らしいハーモニー。
騒がしかったはずの冒険者ギルドの空気が、一瞬で彼らの柔らかさに。
先程までむしゃくしゃしていたパルテオンだったが――
彼らの姿に思わず顔が綻び、肩の力が緩んでいった。
「まだそんな時間経ってねぇのにすげえな……? 本当に捕まえたのか?」
二人に疑問を投げると、ずいと袋を差し出した朗らかな笑顔のノアが返答。
「セラのお陰なんだよっ!」
「ノアのお陰さまですっ!」
二人同時に返答を返し、周囲の視線は二人に釘付け。
可愛らしい様相に、視線が注がれると共に一部では拝み始めるものまで。
「可愛い。」や「癒し……」という言葉が、どこからともなく耳に届けられる。
しかしそんな言葉も、何故か当人たちには届いておらず、二人は笑顔のまま。
「セラの神聖術で見つけられたんだっ! 僕だけじゃ絶対に出来なかった!」
「ノアが誘導してくださったお陰なのですよっ! だから達成できたのです!
さすがはノアですっ! 私なんてちょっとお手伝いしただけですもの!」
互いに褒め合う二人に、ギルドからは黄色い声が溢れていた。
完全に和やかムードへと塗り替えられているが――当人たちは気が付かない。
「俺を置いていった事はこの際追求しねぇがよ。 とりあえずなんだその――
報告してきたほうがいいんじゃねぇか? 周りの視線もすげーぞ?」
パルテオンの言葉に、セラは「はっ!」と周囲を見渡した瞬間――
彼女は顔を赤く染め、視線を伏せ、身を縮めて羞恥を誤魔化していた。
そんな彼女とは対象的なノアは、実に爽やかな微笑のまま、カウンターへ。
依頼達成の報告を終え、報酬を受け取り、冒険者ギルドを後にする三人。
ギルドを出る頃にはすっかり日は落ち、街には夕焼けの色が差し込む頃合い。
「パルテオンさんっ……! その、置いていってしまってごめんなさいっ!」
丁寧に頭を下げて騎士に謝罪する聖女。しかし騎士は頭に疑問符を浮かべる。
「おいおい……」とぽつりと呟くと、溜息を吐き出し言葉を繋げる。
「今回の事はセラが頭を下げる必要はねぇだろ? 悪ィのはそこの――
ほれ、いい笑顔浮かべてやがる勇者さん……だろ? 違うか?」
「えへへ……。 そうだねぇ。 今回は完全に僕の独断だった! ごめんねっ!
じゃ、今度はパルを飛ばせるように、バルタザールと作戦を練るからねっ!」
屈託ない勇者の朗らかな笑顔に、騎士は背すじを強張らせ、眉に皺を寄せる。
全身の筋肉が謎の緊張で震え、脂汗が額から湧き――“嫌な予感”を覚える騎士。
「飛ばすってなんだよ……。 頼むから“カタパルト戦法”とか言い出すなよ?」
騎士の言葉にセラは心中で(あーあ……)と項垂れ、心の中で唱えていた。
(なんということでしょうか。 これはフラグ。 ご愁傷さまです。)
ニヴェイシア邸へ戻る道中、会話を挟み――和やかに足を進めていく三人。
彼らはまだ知らないでいた――
屋敷内で留守番中の賢者たちが、大変な目にあっている事を。




