その【対話】静かなる争いにつき。
翌日の早朝――道化師服の小人族、ルルによって叩き起こされる勇者ノアたち。
彼女は短杖を持ち、布団や床に転がる、皆を叩いて起こして回った。
「おーい、起きろー。 上の住人に、交渉の時間じゃー。 覚悟しとけー」
床に転がり、就寝中のパルテオンだったが…彼の様子はとてもおかしかった。
というのも、昨日見たあの丸くてふかふかの、謎めいた生物が彼にびっしり――
寄り添う――否、こびりつきとんでもない集団添い寝をしていた。
ノア、セラが起きると、そのあまりにもおかしな様子に二人して目を擦る。
ルルはというと『なんでこうなったか、知らん』と言いたげに、ジト目を向けているだけ。
やがて床に転がって寝ていた彼の目が覚めると「ぅおッ!!!」と声を上げた。
――当然といえば、当然ではあるが。
パルテオンの声と同時に、丸くふわついた謎の生き物は、四分五裂し、何処かへ去った。
ノアとセラは顔を見合わせると、肩を震わせ、悟られないように密かに笑う。
ルルが言うには、目的地は、昨日の戦闘場所――
クマの魔物と遭遇した地域の、もっと奥地だということ。
その場所に一体何があるのかとパルテオンが問いを投げるが――
ルルは「内緒」とはぐらかし、続けて「行ってみればわかる」と溜息を付くだけ。
◇ ◇ ◇
そして外へ出ると、陽の光はあまり射し込んでおらず、少し薄暗く不気味だった。
不思議なことに、昨晩見た時には大輪の薔薇の色は、深紅だったはずなのだが――
日が昇り、陽光が照らす森の景色に広がる薔薇の色は、昨晩の深紅ではなかった。
あれだけ赤々しく咲き誇っていた様相とは打って変わって、濃青色へと変化していた。
ルルが自慢げに鼻をならし、胸を「トン」と叩き、無表情ではあるがドヤ顔を披露。
「この薔薇がな、森を迷わす印っちゅーわけだぜ! 紅い時に、森をうろついたらあぶねーの
でも青は平気だぜー。ちなみに昼になったら、また色が変わんの、すげーっしょ?」
皆が「ほえぇ」と、素っ頓狂のような反応を示すと、ルルは得意げに口角を少しだけ上げた。
森を歩き出すと、やはりノアの周りにはあの謎の毛玉生物が大集合。
ノアに慣れたのか、謎の生物は彼の頭や肩に乗り、安心仕切った様子で鎮座。
(可愛いと可愛いの掛け算で、暴力的な可愛さです。 心のメモリーに刻みましょう…)
歩き出して数十分、大半の毛玉生物は離れていたのだが――
ノアの頭には、ずっと一匹の丸い毛玉が乗ったままで、ノアは気がつく様子がない。
目的地にたどり着いたのか、ルルが短杖を掲げ、くるくると回す。
眼前に巨大な樹木がこつ然と姿を表すと、ルルが短杖で軽く、樹木を叩く。
木でできた扉が開かれ、ルルに促されるままに、皆が扉の奥へと進んだ。
扉の先は螺旋階段になっており、見ただけでは何段あるのか数えるのも億劫になるほど。
ルルは飄々とした態度で「ま、みとけって。」というと――
階段はなんとひとりでに動き出し、乗っているだけで上へ上へと進んでいく。
パルテオンとセラはバランスが怖いのか、若干額から汗を流していた。
ノアは「わあ!すごい!」と目を輝かせている――頭に毛玉生物を乗せて。
やがて、階段が動きを止めると、再び扉が眼の前にありルルが扉を勢いよく開ける。
扉の先を抜けると、ルルの集落とはまた違った圧巻な光景が広がっていた。
巨大な木の上であることはわかる。
その巨大な木々の上に、いくつものツリーハウスがぽつんぽつんと並んでいる。
すぐ下には雲海が広がっており、三人は混乱で互いに顔を見合わせた。
下からみたときには確かに空が広がっていて、雲など掛かっていなかったはずだ、と。
木の上を叩くような、軽い足音を打ち鳴らし進んでいく四人。
ルルを先頭に三人はびくつきつつ、ルルの後を追っていたがふとノアが声を上げた。
「ねぇ大変…どうしよう皆… 僕についてきちゃったみたい…」
そういって、漸く気がついた毛玉生物を抱えるノアだったが、ルルが切り捨てる。
「勇者ちゃんのこと気に入っとるっぽいし、連れてけ、連れてけー。」
仕方なく、勇者ノアは、肩にその毛玉生物を乗せ、ルルに着いていく。
セラとパルテオンはそっと後ろに下がると、二人で耳打ちをし合う。
「ちょっと、勇者っぽくない気がするのですが…可愛らしい、ですね…」
「ありゃやべぇな…スゲェ面白ェ光景になっちまってやがるぜ…」
ちらほらと視線を感じ、後続の二人はキョロキョロと辺りを見回す。
ルルがゆるりと身を翻すと、改めて三人に声を掛けた。
「とりま、こっちのおえれーさんの所に行くんだけどよ…まぁなんつーんだ…
エルフってよー…あたしからしたら、超怖えーんだよな。うん、それだけ言っとく。」
ルルが言い終わるか、終わらないかのタイミングでふわりと舞い降りた影――
裏葉色の髪色の、中性的な見た目のエルフが皆に話しかけてきた。
「まぁまぁ、こないな場所に、小人族の方が来はるやなんて、滅多にあらしまへんえ。
ウチ、百年ぶりに顔みたわぁ。 ほんで? 今日はどないなご用向きで?」
その時セラに電流奔る――否、ぴしゃりと背筋が凍る思いをしただけなのだが。
問われたのはルル、しかし応えたのは、遺憾無く勇者を発揮した――ノア。
「エルフさんの方ですか? 初めまして! とっても素敵なお声ですねっ!
実は、僕たち――森に迷ってしまって、困っていたんです…」
「それで“僕の仲間”の、小人族さんが、僕たちを元の場所に返してくれるって!
だから、こちらにお邪魔させて頂いてます! そう長居はしませんのでっ!」
きっと、皮肉をたっぷりに込めて放たれたであろう男性エルフの言葉――
しかし、勇者ノアは“天然”という鉄壁の防御で、真っ向勝負を仕掛けていた。
パルテオンとセラは一歩下がりつつ、二人で再び耳打ち開始。
「ノ、ノアさんは…平気、なのですか? 私は少し怖いのですが…」
「なんかよーわからんが、圧は感じるな? てかセラは、なんで怖えんだ…?」
二人でコソコソと話していると、エルフの男性は一見穏やかに、はんなりと微笑む。
そして「いややわぁ」と一言、言葉を添えると続けて声を落とした。
「そない声潜めんでも、よう聞えてますえ? この耳――
伊達で付けてる思われましたやろか? 事情やけど、よう分かりました。
“長”やったら、あちらにいはりますえ、ほな、ウチはこれで。」
彼は言うだけ言うと、長杖を片手にふわりと風を纏い浮かび上がり――
そのまま何処かへ飛び去っていき、彼が去った後に、ルルは大きな溜息をついた。
「これじゃけ嫌なんよ… とりま、あっちいこーぜ。 エルフはあんなだけどよー…
迷い込んできた人族を、元の場所に返してあげるのは、コイツらの役目だから。」
ルルを先頭に歩くが、遠くからのエルフ達の視線がとても痛く、セラは気が気ではない。
パルテオンに心配されつつ、先頭を行く二人になんとか着いていく。
木の板を連ねて作った吊橋のような橋を渡り、ぽつぽつと小さな会話をする。
遠くの方に見えるのは、ここの樹木よりもさらに大きい大樹。
ルルが言うには“精霊樹”と言われるいつからあるか分からない樹木だそう。
あの大樹があるからこそ、森は守られているのだとか。
しばらく景色を楽しみ歩いていると“長”と言われるエルフの居住区へたどり着いた。
どんな豪華な場所なのだろうかと、思ったセラだったが、規模は大きいが――
周りとそう変わらない、不思議な雰囲気のツリーハウス。
ルルが扉を短杖でコンコンと叩き、淡々とした口調で、声を出す。
「人族の迷子連れてきた。 返してあげたいから、力貸してー」
続けてルルがくるりと身を返し、三人に身体を向けると言葉を続けた。
「エルフの連中ってよー、長寿だからなんか知らんけど、すっげぇトロいんよなー。
下手したら、数時間待たされるぜ。 嫌になるぜ。 おい、聞いとんのかー!!」
最初は三人に向けられた言葉だったが、最後の言葉は扉に向かって放たれた言葉。
ノアは、肩に謎の毛玉生物を乗せたまま、困ったように微笑んだ。
パルテオンは「まぁエルフだもんなぁ…」と納得したように溜息を付く。
セラは事情がよく分からず、頭に疑問符を抱えたまま、困惑気味の笑顔を浮かべた。
(どのくらいの寿命なのでしょうか…エルフさんって…?)
時々、エルフの皆々が気にかけてくれているのか、ちらりと一同を見つめる。
しかし、待てど暮らせど“長”と言う人物は、出てくること無く――
ただただ、会話を重ねつつも、時間だけが緩やかに過ぎていった。
「そうそう、それでねぇ、その畑に――」
何気なく扉前で会話していた一同だったが、そこに徐々に近づいてくる影。
裏葉色の髪色の、先程のエルフが、片手を上げ微笑みつつ距離を縮める。
「あら、まだ帰ってはらへんの? あの“長”は、ほんま呑気でいはりますもんなぁ。
ウチに任せてもろても、かまへんやろか。 …ウチ、ちょっと見てられへんわぁ。」
ルルが面倒くさそうに「おなしゃーす」と一言だけ返すと、エルフはにこりと微笑む。
扉の前まで行くと、どこからとも無く、長杖を召喚し、風を起こし扉を強引に開け放つ。
扉を開け、開口一番に口調は穏やかながらも声を荒らげた。
「いつまでお客人をお待たせなさるおつもりどす? お相手はんは、人族どすえ?
ウチらと、寿命の刻み方が違いますさかい。 ウチらの“長”とあらはるお方が――
時間を軽う扱わはるのは如何なもんやろか? そろそろ、お出まし、願えますやろか。」
なかなかにドスを効かせた声を響かせると――
寝癖たっぷりの苔色の髪色に、銀色の瞳をしたエルフの女性が出てきた。
「やかましおすなぁ…そない声荒げんでも、よう聞えてますえ? …おやおやまぁまぁ。
思いましたら、同族どしたか。 あまりに耳に障る声どしたさかいに、そこな――
小さいお人やと、聞き間違えましたわぁ、それで? 何の御用どす?」
「こないな面倒な、人族まで連れてきはって。 さて、わたいに出る幕はありますやろか?」
エルフの長と呼ばれた女性はあくび一つ、同族のエルフ、ルル達に視線を落とす。
長とやらに問われたエルフが事情を説明すると、長は納得のいったような表情を浮かべた。
「なるほど、精霊さまの悪戯で、ここまで来はったんどすなぁ。
そりゃあ、さぞ大変どしたやろ…? ほな、そのことは、わたいに任せとき。
そこの人族の皆さん、最後におった場所、覚えてはりますやろか?」
「ちゃんと、そこまでお連れしますさかい、心配せんと、楽にしておくれやす。」
ようやっと帰れる見込みが立ち、一同は深く深く溜息を付いた。
ノアは裏葉色の髪色のエルフに丁寧に頭を下げ、感謝を述べる。
「ありがとうございます! とっても助かりましたぁ! どうお礼をしたらいいかな…?
言い忘れてましたが、僕は人間の【勇者】…名前は、ノアって言います!
なにか、困ったことがあったら、なんでも言って下さいね! えへへっ!」
「ご丁寧にどうも。 ウチ、エルヴェイン言います。 ほな、人族の国――
旅行でも行った折、あんさんが案内しておくれやす。 それでよろしおす。
礼なんて、かえってくすぐったいわぁ…ウチ、そないなもん要りまへんえ?」
二人は軽く握手を交わすと、エルフの長が準備が整ったと、全員に声を掛けた。
やっとこさ森から出られる目処が立ち、安堵の息を洩らす一同。
ノアはエルヴェインに「またどこかで!」とにこやかに片手を振り挨拶をする。
そしてルル、ノア、パルテオン、セラの姿は瞬く間にその場所から消えていった。




