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第5話 人間というものは




さて、そろそろ出発せねばならんな。


神というものは、いざ動き出すと決めた時にはあまりぐずぐずしていられない。人間どもは準備という名目で妙に時間を浪費する癖がある。服を選ぶだの、持ち物を確認するだの、靴紐がどうの、髪型がどうの、鏡に向かってため息をつくだの、そういう些末なことにいちいち意識を取られすぎるのだ。仕事に行く時くらいもっとすぱっと腹を括ればよいものを、私の神器ときたらそこに輪をかけて面倒くさい。


(おい、頼むから余計なことはさせないでくれよ??)


「ん? 何がだ?」


(何がだじゃなくて、わかってんだろ!)


やれやれ、朝から本当に騒がしい。


ヒロがこの場面で心配していることは、言うまでもなく「魂人形」と呼ばれる擬似的な魂魄のことだった。人間というものは、自分の知らぬ間に勝手なことをされるのをひどく嫌がる。自分で自分の人生をちゃんと制御できている者など、現世にはそう多くないくせに、いざ他者が介入してくると急に誇り高い顔をし始めるのだから面白い。いや、面白いというより面倒だな。何事にも説明が必要になる。


仕事へ出る時、ヒロの肉体には私が用意したアバターを憑依させている。


これを人間向けにもっとわかりやすく言えば、“替え玉の魂”である。


もちろん、ただの替え玉ではない。木偶でもなければ操り人形でもない。礼儀も作法も備え、会話もこなし、学校へ行けばそこそこの成績を収め、運動をさせれば人並み以上に動く、非常によくできた擬似魂魄だ。そこらの学生よりよほど効率的に日々をこなせるので、私はあれをかなり優秀な出来だと思っている。思っているのに、当の本人はそれをものすごく嫌がる。


本当に理解し難い。


だってそうだろう。


私と契約した以上、ヒロは人間としての日常だけを優先して生きることはできない。週に三日、多い時は四日も悪霊退治へ連れ出される。現世の時間軸で言えば授業がある日も含まれるし、部活がある日も含まれるし、恋愛だの青春だのと本人が勝手に盛り上がっている日も容赦なく含まれる。そこでアバターを使わず放置すればどうなるか。答えは簡単で、ヒロの肉体は抜け殻となり、周囲からは昏睡状態にしか見えなくなる。


学校へも行けん。


会話もできん。


飯も食えん。


立つことすらできん。


ただ布団の上で眠っているように見えるだけならまだましで、下手をすれば親族が大騒ぎになり、救急車だ病院だ検査だとなって、果てには「原因不明の意識障害」などと診断されかねない。いや、実際に診断したところで、医者どもには“脳に異常が見られる”程度の所見しか得られないだろう。魂が抜けていることを医学で説明できるなら、神と悪霊の仕事はもっと世間へ公表されている。


魂の抜けた肉体は、見た目には寝ているように見える。


呼吸はする。


心臓も動く。


血も巡る。


生命活動そのものは維持されている。


そのくせ、人格の挙動がない。目を開けることもなければ、意思に基づいて体を動かすこともない。人間社会の言葉に置き換えれば、植物状態に限りなく近い。魂魄と肉体が切り離されるとは、そういうことである。


だからこそ、神器として人間を扱う神々の間では、アバターを肉体に憑依させて日常を送らせるのが通例になっている。


この仕組みを知らぬ者からすれば、神というものはずいぶん勝手なことをしているように見えるかもしれん。まあ、その印象は大きく外れていない。勝手な部分はある。あるが、勝手で済ませているわけでもない。神器になった人間が現世へ支障なく戻れるよう、必要な手当てをしているのである。労働環境の整備だと思えばよい。少なくとも私は、使い潰して終わりという雑な扱いをしているつもりはない。


「今日は学校で変なことさせるなよ」


「変なこととは?」


「“変なこと”が具体的に多すぎて説明しきれないんだよ」


「心外だな。私の作った魂魄は実に優秀だぞ」


「優秀かどうかじゃねえんだよ……」


ヒロは本当に、私の親切をありがたがらない。


私が作り上げた魂人形の人格は、いわば“理想的な男性の魂魄”である。どういう意味で理想的かと問われれば、実に明快だ。ヒロに欠けているものを、一通り揃えた。まず勉学に抜かりがない。運動も人並み以上にこなす。対人関係において無駄におどおどしない。余計な自虐に走らない。無意味に先回りして失敗を恐れない。相手の反応を見て会話を組み立てることができる。さらに、見た目も同じ肉体を使っているとは思えないほど堂々として見える。姿勢、視線、歩幅、その辺りが少し変わるだけで、人間の印象というのは驚くほど違ってくるものなのだ。


おまけに彼女まで三人できた。


これのどこに不満があるというのか。


「お前の“理想”が、どうして俺の人生を乗っ取る方向へ向かうんだよ」


「乗っ取るとは失礼な言い草だ。補助だ、補助」


「補助で彼女が三人増えるか普通」


「人気が出るのは優秀さの証明だろう」


「証明いらねえんだよ!」


本当にわからん。


人間というものは、恋人が欲しいと願うくせに、いざ複数の異性から好意を向けられると急に狼狽え始める。欲しかったのではないのか。いや、ヒロの場合は“欲しいけれど自分に都合の良い形でだけ欲しい”という非常に面倒くさい願望のこね方をしているので、そこがまた未熟なのだろう。しかも本人は、自分がそういう不格好な欲を抱えていることをうまく認められない。昨夜の件を思い返すだけで呆れる。憧れの先輩とやらに対して、あれだけ頭の中を桃色に染めておきながら、私が少し踏み込んで話題にすると「先輩はそんなんじゃない」と頬を赤くして怒る。ではどんなんなのだ。清廉潔白な理想像を勝手に祭り上げているのはそちらだろうに。


付き合いたいのか、と聞いてやった。


踏み込みたいなら踏み込め、と背中を押してやった。


返ってきた言葉は、「お前には関係ない」だった。


関係ないわけがあるか。


こちらはお前の頭の中に頻繁に流れ込んでくる妄想の被害者である。関係ないどころか、かなり巻き込まれている側だ。契約とは便利なようでいて、実に厄介な距離の近さを伴う。力を貸し、感覚を通わせ、時に思考の端まで共有する。その関係にある以上、ヒロの雑念が私へ影響しないはずがない。


(俺には俺の人生ってもんがあるんだ。お前ら“神さま”には、わからないとは思うけどな?)


「何が『人生』だ。たかだか十数年しか生きていない分際で」


(十数年“も”、な? 高校生活なんてあと一年しかないんだぞ? 俺の場合、実質あと百日くらいしかない。誰かさんのせいで)


「私と契約したのは、お前の意思だろう?」


(それはそうだけど……)


「だったら文句を言うな。自分で決めたことは、最後まで責任を持て。それが道理というものだろう?」


(ぐぬぬ……)


小僧はこういう時だけ返す言葉がなくなる。


そこは嫌いではない。


人間社会では、なんでもかんでも誰かのせいにして生きる者が多すぎる。親のせい、環境のせい、時代のせい、運のせい、顔の造りのせい、景気のせい、昨日寝不足だったせい。言い訳の種類だけは豊富で、そこに情熱を注ぐくらいならもう少し自分の足で立てと思う。ヒロにもそういう逃げ癖が全くないとは言わん。かなりある。あるものの、根っこの部分では自分で選んだことから目を逸らしきれない。そこがまだ救いだった。


ヒロは自分の意思で神器になることを決めた。


ここは重要だ。


神は、従うことを望まぬ人間へ無理やり契約を強いることができない。人の側に欲があり、求めがあり、手を伸ばす意思があって初めて、こちらの力は届く。神が力を貸す側である以上、力を欲しないものに何かを与えることはできん。需要と供給というやつだ。人間どもはこの言葉を商売の話にしか使わんが、本質的には信仰も同じ構造で成り立っている。


人が神に望むものは実に多種多様だ。


金が欲しい者。


恋人が欲しい者。


合格が欲しい者。


家族の健康を願う者。


災厄から逃れたい者。


夢を叶えたい者。


大半の人間は、自らの人生を少しでも明るく照らしてくれと祈ってくる。幸せになりたい、楽になりたい、愛されたい、認められたい、失いたくない。願いの形は変わっても、根っこにあるのはだいたいそういうものだ。欲深いと笑うつもりはない。生きていれば、それくらい望んで当然だと思う。問題は、その望みをどこまで自分の足で取りに行くかという点で、そこがまるで伴っていない者が多いだけである。


ヒロの場合は、少し違った。


少なくとも、自分のためだけに私の元を訪れたわけではない。


最初のきっかけは祖父だった。


赤羽家の祖父。水墨画と書を愛し、その道で名を残した老人。死の淵に立ちながらも最後まで作品と向き合い、自分の感性に対して誠実であろうとした男。私は人間だった頃の記憶を持たない。持たないくせに、ああいう人間を見ると、少しだけ腹の底がざわつくことがある。何かを知っているような顔をしていた。線の向こう側にあるものを、形にしようと足掻いていた。そういう人種だ。


ヒロの祖父が残した一枚の『書』があった。


かすれている。


墨は薄れ、文字の輪郭は途切れ、見ようとすればするほど意味が逃げていく。


病に伏す前、その老人はヒロへ言葉を残した。


その「意味」が、ヒロにはわからなかった。


だから私のもとへ来た。


助けてくれ、ではなかった。


治してくれ、でもなかった。


祖父の命を繋いでくれと泣きつくでもなく、自分の将来をどうにかしてくれと縋るでもなく、あの小僧は、ひどく真っ直ぐな目で私に尋ねたのだ。


――言葉の意味を教えてくれ、と。


あの時は少し驚いた。


いや、かなり驚いたな。


神社へ通ってくる子供など、もっとわかりやすい奇跡を望みがちだ。病気を治せ、事故を防げ、失くしものを見つけろ、家族を救え。そういう願いは多い。ヒロが求めたのは、もっと曖昧で、もっと厄介で、もっと深い場所に触れる問いだった。


意味を知りたい。


答えを知りたい。


祖父が遺したものに触れたい。


その願いは、単なる好奇心ではなかった。誰かを理解したいという、かなり根の深い渇きだった。人間の心を欲したと言ってもいい。私に求めてきたのは富でも地位でも恋でもない。“心”の輪郭を読み解く力、その手がかりだった。


だから契約は成立した。


心を求める者と、風を司る神。


言葉の意味を知りたい少年と、形なきものの流れを読む私。


相性としては悪くなかったのだろう。


「いいか、変に気構えなくていい。力を抜け。力んでも、切れ味が増すわけではない」


私はそう言いながら、鞘へ納めたヒロを携え、鳥居をくぐった。


神器化したヒロは刀そのものだ。


肉体は現世側に残し、魂魄と意識とを神の側へ引き寄せ、神力の形へ変換する。人間の身で常世へ行くことはできない。あそこは現世とあの世の中間世界であり、ただ生きているだけの人間がふらりと足を踏み入れてよい場所ではない。ごく稀に、悪霊の仕業や強い瘴気の歪みで迷い込む者もいるにはいる。あれは災害みたいなものだ。基本的には、門を潜る資格を持つものしか辿り着けん。


その門の役割を担っているのが鳥居である。


人間は神社の入口だと思っている。


半分正しい。


半分足りない。


鳥居は境界だ。こちらと向こう、生者の世界と中間世界、神域と外界、そういったものを切り分ける“刃”のような存在でもある。生身のままくぐった程度では常世には行けん。肉体を伴ったままでは、世界同士の継ぎ目に引っかかる。魂だけが先へ進み、帰る肉体を失えば、それはもう死に近い。人は死後、常世を通ってあの世へ渡る。そこで戻る器がなければ、二度と現世へ帰れない。


神器とは、その制約を一時的に捻じ曲げる仕組みだ。


私がヒロを刀として扱っている間、ヒロの魂は“武器”として再編される。肉体と精神の分離が完全な断絶にならず、常世と現世を行き来するための形へ変わる。刀だからこそ持ち運べる。武器だからこそ、私の神力と一体化して扱える。神の理に沿って変質した人間だけが、その中間世界へ自由に出入りできるのである。


説明すると案外ややこしいな。


ややこしいが、仕組みとしてはよくできている。


問題は、そのよくできた仕組みのせいで、ヒロが現世ではちょくちょく不本意な生活を送る羽目になっていることかもしれん。


鳥居を潜ると、空気の質が変わる。


現世の山の匂いが薄れ、風の中から時間の粒が抜け落ちていく。人間は常に、意識せずとも時間の流れの中に立っている。朝が来て、昼が来て、夕方になり、夜が訪れる。その循環がどれだけ自分を支えていたか、失って初めて知ることになる。常世では、その流れがない。


そこは時間の流れていない場所だ。


あるいは、全ての時間が集う場所、と言ったほうが近いかもしれん。


私が管轄している地域は、現世で言えば徳島県吉野川沿いの鴨島町だ。もっとも、現代の地図でそう呼ばれているだけで、昔は別の村であり、もっと昔にはまた違う呼び名を持っていた。人間どもは土地の名前をころころ変える。合併だ分割だ再編だと騒いでいるが、神の側から見れば、流れている土と水と風はそこまで大きく変わらない。管轄というのは、行政区分よりずっと根深い場所に根ざしている。


常世へ入ると、その現世の町並みは基本的に反映されない。


信号機もない。


コンビニもない。


住宅地もなければ、道路標識もない。


そこに広がっているのは、もっと古く、もっと素のままの日本列島の姿だ。原生林がうねる山。底の見える海。人の手の入らぬ野。遥か遠くまで染み渡る青い空。何もかもが澄みきっていて、何もかもが止まっている。


初めてその景色を見た人間は、たいてい口を揃えてこう言う。


「綺麗だ」と。


ヒロも最初はそうだった。


いや、言葉に出す余裕もなかったか。目を丸くして固まり、しばらく息をすることすら忘れていた。神器になりたての子供が、時間のない世界へ放り込まれたのだから当然ではある。


綺麗。


たしかに、そう見えるのだろう。


青はどこまでも青い。水は濁らない。木々は黙ったまま立ち尽くし、風は囁くように流れる。現世のように排気ガスもなければ、騒音もない。空を切る電線もない。文明が削り落としたもののない景色を前にすれば、人は無条件に“美しい”と感じるのかもしれん。


私はそうは思わない。


美しいかどうかより先に、気味が悪い。


変化がないのだ。


雨も降らん。


夜も来ん。


朝にもならん。


花が咲いて散るという季節の揺らぎも乏しい。


彷徨う魂のための川が流れ、微かな風が吹き、白い光だけが果てしなく地を照らしている。その光は暖かくも冷たくもなく、ただ“ある”。昨日も明日もなく、影さえ曖昧で、音さえ少ない。虫も鳴かん。鳥も囀らん。生き物の営みが薄い世界というのは、それだけで人間の心を削る。


私たちはそこを“白夜”と呼んでいる。


夜にならない場所。


朝にもならない場所。


完全な静寂だけが伸び続ける場所。


現世で「時間が止まったようだ」と人が言う時、そこにはたいてい比喩が含まれている。本当に時間が止まっている場所へ来れば、比喩の軽さがどれほどぬるいものかわかる。時間がないということは、変化がないということだ。変化がないということは、生も死も、喜びも悲しみも、何かを積み重ねるという感覚も希薄になるということだ。


そういう場所を、美しいだけで片づける気にはなれん。


それでも必要だから、神々はそこに街を作った。


現世とは違う街だ。


人が住むわけではない。


神が拠点とし、悪霊を祓い、常世の中に生まれる“影”を管理するための都市である。人が生きる場所には影が生まれる。欲望、未練、怒り、悲しみ、嫉妬、執着、そういう感情が沈殿し、濁り、やがて悪しきものへ形を与える。放っておけば、それは現世だけでなく常世にも染み出してくる。世界が闇に包まれる、という言い回しは大袈裟に聞こえるかもしれんが、現実として闇は増殖する。自然は、人が思うほど優しくない。


だから、天蓋の下に街を築いた。


影を祓う光を地に放つため。


現世へ流れ込む悪しきものを途中で断ち切るため。


その“光”の役目を担っているのが、神号を与えられた神々だ。


私もその一人である。


元々は人間だった。


人間だった頃の記憶はない。


何を好み、何を嫌い、どこで生まれ、どう死んだのか、そういう個人的な時間の積み重ねは、神号を与えられた時にほとんど捨て去った。なぜ選ばれたのか。なぜ戦うのか。その意味をじっくり考える機会など、神になってからはほとんどなかった。いや、考えること自体はある。あるものの、意味を問い続けることにどれほどの価値があるかとなると、あまり多くはない。神は“理”であり、世界を匡すための道具でもある。自らを卑下しているわけではない。柱として立つものが、いちいち自分の寂しさや迷いを前面に出していては、支えにならんというだけの話だ。


世界には秩序が必要だ。


秩序を保つための法も必要だ。


穢れを祓い、流れを整え、生と死の循環を壊さぬように手を打つ存在がいなければ、人間はあっという間に世界そのものを腐らせる。人間は面白い。愛らしい時もある。必死に何かを守ろうとする姿には、見ていて胸がざわつくこともある。けれど同時に、存在そのものが穢れを生みやすい。欲深く、脆く、失うことを恐れ、手に入れることへ執着し、その結果として自然を壊し、他者を踏みにじり、怨念まで残す。神の起源が遥か昔にあるのと同じくらい、人間の起源もまた古い。神の子である、などという説すらある。天地が分かれ、陰と陽が生まれ、光と闇が分かたれた、その先に人間がいた。


まったく厄介な子らだ。


だからこそ見捨てられんのかもしれんな。


「おい、和茶」


刀の中からヒロの声が響く。


神器になっている間の会話には少し独特の響きがある。耳から聞こえるというより、意識の内側で文字が鳴るような感じだ。


「なんだ」


「今、また難しいこと考えてただろ」


「神が考えることにいちいち口を出すな」


「お前、たまに急に説教くさくなるんだよ」


「教育の一環だ。感謝しろ」


「そういうとこなんだよなあ……」


そういうとこ、とはなんだ。


こちらが少し真面目に世界の構造を考えていると、こやつはすぐに茶々を入れる。緊張をほぐしているつもりなのか、単に黙っていられないだけなのか、今でも判別がつかん。たぶん両方だろう。


白夜の野を歩く。


足元には柔らかな草が広がり、遠くには薄く靄がかかった山の輪郭が見える。空は高く、青い。青いというより、青そのものの概念を天井一面に塗り広げたような色だ。川のせせらぎだけが遠くにあり、世界全体が息を潜めている。こんな景色の中で「腹減った」とか「学校サボってるみたいで変な気分だ」とか言い出せるのは、ヒロくらいのものかもしれん。


「なあ、今日のアバター、本当に変なことしないよな?」


「まだその話をしているのか」


「してるに決まってんだろ。前に勝手にバスケ部助っ人で出て、めちゃくちゃ活躍してたんだぞ。翌週からやたら期待されて大変だったんだからな」


「人望ができてよかったではないか」


「人望じゃなくて誤解なんだよ!」


「細かいな。どうせお前も同じ肉体だ」


「魂の中身が違うと、結果が全部俺に返ってくるんだって!」


そこが面白いのだがな。


アバターというものは、憑依先の肉体に合わせてある程度最適化される。ヒロの体格、反射、筋力、声、表情筋、そういったものを使いながら、中身だけを“理想値”へ寄せるわけだから、当然、周囲の評価は上がりやすい。勉強ができる。運動もできる。話もそこそこ上手い。結果、女子が寄ってくる。私は何も間違ったことをしていない。むしろ契約者の社会的地位を底上げしているのだから、もっと評価されてよいくらいだ。


「…まじで彼女三人ってなんなんだよ。普通に修羅場なんだからな」


「人気者の証だろう」


「証はいらない。平穏がほしい」


「贅沢な悩みだな」


「お前の理想の男、倫理観がガバガバなんじゃないか?」


「失礼な。各人への対応は誠実だぞ」


「誠実で三股みたいな構図になるのがいちばん怖いんだよ!」


本当に大袈裟な小僧である。


そんなふうにぎゃあぎゃあと文句を言っている時のヒロは、まだ少し安心できる。怖がりながらも口が回るなら、心が折れてはいない。悪霊退治において最も厄介なのは、恐怖それ自体より、恐怖で思考が止まることだ。体がすくむのは仕方ない。震えるのも仕方ない。そこから先、自分の立ち位置を見失うと事故になる。


「ほら、見えてきたぞ」


常世の地平の向こうに、街の輪郭が浮かぶ。


人間の都市ほど雑多ではない。光を帯びた石造りの建物が整然と並び、道は緩やかな曲線を描きながら中心部へ集まっている。天蓋の下に築かれたその街は、現世の利便性よりも、結界と防衛と流れの制御を優先して設計されている。どこまでも明るい白夜の中で、その街だけが別種の光を放っていた。


神々の街。


現世とは違う秩序の街。


私たちが“仕事場”と呼ぶ場所だ。


ヒロが初めてここを見た時、かなり間抜けな顔をしていたことを私は覚えている。今では少し慣れたものの、それでも時折、視線が建物の上や遠くの塔へ吸い寄せられる。ああいう時だけ、こやつは年相応に子供っぽい。


「綺麗、って顔してるな」


「うるせえ。別に感動してない」


「しているだろう」


「してない」


「している」


「……ちょっとだけ」


素直に認めればよろしい。


もっとも、私自身はこの景色にそこまでの感動を抱かない。長く見すぎたのもあるし、ここが美しいだけの場所ではないことを知っているからでもある。街は守るために作られた。守るということは、同時に戦うということだ。神がいる。神器がいる。悪霊がいる。秩序がある。法がある。違反もある。争いもある。人間が思うほど、神の世界は整然と平和なだけではない。


「おい、変に気負うなよ」


「それ、さっきも言ってたな」


「大事なことは繰り返す」


「教師みたいだな」


「神だ」


「便利な言葉だなあ、それ」


便利で結構。


神とは、そういうものだ。


私は歩みを緩めず、街の方へ向かった。ヒロを納めた鞘が腰で軽く揺れる。神器としてのこやつは、最近少しだけ落ち着きが出てきた。昔ならこの時点で余計な緊張が全体に伝わってきていた。今は違う。文句を言う余裕がある。景色に目を奪われる余裕もある。契約当初に比べれば、ずいぶんましになった。


手のかかる右腕だ。


余計なお世話を嫌い、私の親切を迷惑扱いし、恋愛ごとでは妙な理想をこじらせ、アバターの優秀さには逐一文句を言うくせに最終的にはついて来る。


まったく、こういうのをなんと言うのだったか。


……そうだな。


面倒で、うるさくて、放っておけない、というやつだ。


そのくらいは認めてやってもよいかもしれん。


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