第39話 ドワーフの洞窟へ「湖畔の守護者⑤」
「今晩はシスター、あなたの妹さんから、伝言をもらっている」
彼女の妹から貰った『ありがとう』という言葉。
「それで何と?」
「明日でも、明後日でも、直接、妹さんに聞けばいい」
自分でも意地悪だと思う。
でも、それが出来るなら……。
それが無理なら……。
「隊長、あんまりです!」
そうだ、怒れ!
「リズは、黙っててくれ!」
これが、普通なんだ。
妹さんに会えないなら、シスターも、アンタも、怒れよ!
大切な妹さんからの伝言を、伝えない俺に、怒れ!
「そうですね、いつか……きっと」
感情を押し殺した、物憂げな微笑み。
彼女の精一杯が、世界に充満する。
だから、優しい現実を期待してしまう。
「シスター、妹さんが寝ている部屋を教えてくれ」
「それは、やめて下さい」
彼女が肩にすがってきた。
「隊長!」
「隊長、それはいけません!」
隊員達も慌てはじめた。
教会の部屋を片っ端から、こじ開けていく。
妹さんが、眠そう目を擦りながら、起きてくるなら……。
どんな咎めも受け入れよう。
本当は、全て思い違いであってほしい!
でも、そんな現実は、最後までなかった。
「教会のどこにも、妹さんはいなかった」
「そんな……、そんな、そんなのうそです」
シスターが、支えていたものを失ったかのように、力なく床に崩れていく。
彼女だって、ずっと気付いていたに違いない。
妹さんも、死んでいると……。
理屈は、分からないが、彼女たちは支え合って存在している。
シスターの肩に手を置き、視線を合わせる。
本当に、怒るということを、知らない人。
そんな人の想いが無駄になっていいはずがない。
「昼間の妹さんさん、元気で、楽しそうだった。それと、彼女からの伝言は、あなたへの『ありがとう』という感謝の言葉」
「そうですか……、あの娘は、楽しそうでしたか、良かった……、感謝なんていらないのに……」
彼女は鼻をすすり、顔をクシャクシャにして目尻を下げた。
せっかくの美形が台無しだ。
その後は、泣いて顔を腫らしたリズが相手をする。
昼間の妹さんの様子、一番そばにいた彼女が事細かに伝えていく。
ククルが暖かいお茶を運んできた。
湯気が立ち昇る。
シスターは、カップの端に口をつけ、ゆっくりと飲む。
空のカップに、付いた口紅。
確かに、生きているのと変わらない。
感情があって動いているのに……。
「あなたも、妹さんも、死人なんですね」
シスターは、コクリと頷いた。
彼女たちは、死人だ。
そして、おそらく、昼間見た村人も……。
そして姉妹は、多分、特別な死人。
村人達と違って、夜を彷徨うことがない死人。
夜を彷徨う村人達は、昼間は、互いに会話ができるかもしれない。
姉妹は、会うことができない。
彼女たちは、何を犠牲にして、何を守っているのか……。
野営した晩に出会った死人達。
ゴーストの様な、死人の苦しそうな表情を思い出す。
「隊長、ダメです!」
リズがシスターを覆い隠す。
俺がシスターを、いきなり斬るとでも思ったのか?
「慌てるな、リズ、馬鹿なやつだ」
彼女の頭を撫でてやる。豊かな黒髪の、優しい弾力と潤いを、手のひらに感じた。
初めての雨の日に、リズは、姉の死顔に抱かれて一晩を過ごした。
彼女にとって、それは、とても悲しい記憶。
でも、俺は、こう思うんだ。
それはきっとリズが、怒るかもしれない考え。
彼女の姉は、リズに、優しい思いやりを残した。もっと、上手く言えないのが悔しいが、尊い何かを彼女に伝えて残したに違い。
悲しみだけが、残ってるなんて、あって良いはずがない。
「シスター、あなたに聞きたい。妹さんに、会いたいか?」
「はい」
彼女は、力強く、答えた。
「隊長、何をする気ですか!」
リズの黒髪を、二回、ポンポンと叩いた。
ずっと、覗き見をしてる奴がいる。
傍観者気取りのムカつく奴。
もう、検討はついている。
振り返り、剣を振り抜く。
ビンゴだ! 手応えがあった。
神父は、死角から覗き見をしている。
異常なほど器用に死角に隠れている。
この場にいる全員の死角、そこに神父はいた!
「乱暴な人ですね。私に、剣を当てるだなんて、素晴らしいじゃないですか」
傷ひとつない神父が、楽しそうに立っている。
「全部、お前の仕業ってことだよな」
「そうですよ。だって、素晴らしい姉妹愛じゃないですか!」
神父は体をよじらせ、顔を火照らせ言葉を続ける。
「素晴らしい、素晴らしいですよ。村人や迷い込んだ旅人は、ダメだ。見どころがない。昼も、夜も、見るべきところがない。つまらない、つまらない、つまらない存在」
神父は、胸に手を当て、熱弁を振るう。
「姉は妹を、妹は姉を、互いを思いやり、支え合って、彼女たちは彷徨うことなく自我を保つ。身体ですら、分かち合う。素晴らしい、素晴らしい、愛です。こんな、愛で、私は、私の世界を満たしたい。さあ、さあ、さあ、あなたたちも、命を投げ捨てて、永遠に、永遠に、愛を! 愛を!」
神父は、大きく深呼吸をして、真顔になった。
「初めまして、私が、この世界の創造主、悪魔ゼルドニュームです。そして、歓迎します。あなた達を、私のコレクションに加えましょう」
悪魔ゼルドニューム、神父の姿をした彼は、深々と丁寧なお辞儀をした。
ほお、俺と同類とは、面白い。




