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第38話 ドワーフの洞窟へ「湖畔の守護者④」

 教会の入口。

 柱の白いペンキにヒビが入り、剥がれていた。

 古く乾燥した木肌。


 ククルは少し息を切らしていた。

「隊長さん、わたし……」


 彼女には申し訳ないが……。


「神父さん、何か用ですか?」

 コイツやっぱり異常だ。


「なかなか、良い勘ですね」

「勘じゃないかも知れませんよ」

 こんなにも斬りたいと思ったのは初めてだ。


「怖い、怖い、出来るのですか」

「出来るさ。さっ、邪魔だ。他所で、お祈りでもしてな」


「私は、そういう仕事だったね。これは、一本とられたかな」

 そう言ったまま、彼は棒立ちだ。

 笑顔も真顔も、無味無臭で気持ち悪い。


「そんな顔されると傷つきますよ。ただ、あまりにも珍しいから、つい」


 珍しい?

 愚者、恋人、悪魔、三人の厄災が、そろってるからか。


 神父の見下したような眼、恍惚として頬が赤い、呼吸も早くなっている。

「本当に面白い。これを意図したものが、いるなら、それは、運命をもて遊んでいる。そう、思いませんか」


 気持ち悪い……。

 吐きそうだ。

 コイツ、性的に興奮してやがる。


 ククルが、俺の背中に隠れた。

「そろそろいいかな」

 剣に手を掛けた。

 柄のヒンヤリとした感覚。

 指先に力を込める。鼓動を感じた。


「これは、これは、重ね重ね申し訳ない。ここでは、あなたの天職なんて関係無いですよ。ただ、組み合わせが面白くて、面白くて」

 青白い長い指を唇に当て、俺の瞳を覗き込みようにして、彼は通り過ぎ、教会に入っていった。


「やっぱり、ここ、おかしいですよ」

「そうだな……」

 本当は昨晩の件を、いろいろと話をしたかったが、それどころでは無くなってしまった。


 ゴンゴン! ゴンゴン!

 うるさい金属音。


「ご主人様、食事の準備ができましたよ」

 リズが鍋を叩きながら、教会から出てきた。


 引くわーー。

 これが、鍋を叩く奴を、初めて生で見た感想だ。


 不思議だな。

 笑えるもんだ。


 ククルの表情も明るくなり、リズも笑っていた。


 それからは何事もなく、皆は明るく振る舞っていた。


 日が沈む前に、マーク達が戻ってきた。


 教会の一室。

 窓から夕日が差し込む。

 壁がオレンジに染まる。


「神父さんは、普段どこにいるのかな?」

 唯一、事情を知っていそうな、妹さんに聞いたのが失敗だった。


 なんだよ、みんな、目が怖いぞ。


「もう、その口調、直しなさいよ」

 リズ、メイドの心構えを忘れてるぞ!


 確かに、妹さんは、少し困った表情を見せた。

「神父様は、忙しいから、気にしないでください」


 そんな風に言われたら気になるよ。

 まったく。


 窓から差し込んだ夕日に照らされた、彼女は血色がとても良く見えた。

 とても元気な可愛いらしいお嬢さん、なのにどこか寂しげて憂鬱に見える。


「眠くなってきちゃった。お姉ちゃんが来たら、『ありがとう』って伝えてください」

 そんなことは、自分で伝えればいい。


 皆も、同じ意見のようで、そう表情に出ていた。


 彼女は何かが溢れるのを堪えた。

 なのに精一杯の笑顔をけなげにする

「もう寝る時間なの……ごめんなさい」


 我慢出来なくなったリズが、彼女を抱きしめた。


 妹さんは、そんなリズを振り払うようにして、教会の奥へと姿を消した。


「隊長さん、放っておいて良いのかしら」

 ククルも、俺と同じなのかもしれない。


 多分、俺たち、皆が、気付いているのだ。


「主人様、あの死人、哀れじゃな」

 のじゃ幼女ライラの頭に拳を落とした。


「ひ、酷いのじゃ」

 もう一発、ライラの頭に拳を!


 空気を読まない奴!


「し、師匠、あ、あの、それと、この辺りを調べて分かったんです。多分、わたし達、閉じ込められてます」

 知ってるよ! 何となくだけど……。


 余計な報告をしてきたのは、魔法使いのメルだ。


「隊長さん、やっぱり……」

「そんなの、ダメよ……絶対にダメ!」

 ククルの言葉を打ち消したのは、リズだった。


 リズは雨が嫌いだ。


「リズだって、分かってるだろ」

 彼女は、知っている。


「壊すなんて、ダメよ」

 だいだい、元凶だって察しがついてるんだ。


 奴が、何を考えているか……。

 それが分からない。

 だから保留しているのだ。

 奴の処分を……。


「お姉さんも、妹さんも生きてるのよ」


 俺たちみたいな天職を授かった者は、すぐに山に捨てられる。

 冗談みたいだが、本当だ。

 別れを惜しむ暇もない。


「隊長だって容赦しないわ」

 泣くなよ……バカだな……。


 さて、六歳の幼児が山で一人で生きられるわけがない。

 アイツらは、俺たちを殺したい程憎いんだ。

 幼児を殺す罪悪感、それから逃れたいだけだ。


 それでも、俺たちは生き残った。


 桁外れな生命力。


 俺は、ざまみろ、そう思うし、両親に会ったら、そう言うさ。

 きっとアイツらは忘れてると思うが……。


「お姉ちゃん……」

 リズは泣きながら、うずくまってしまった。

 よほど妹に感情移入をしてしまったのだろう。


 彼女は雨が嫌いだ。

 初めて野宿で経験した雨は、凍え死ぬほど寒かったから、俺も、嫌いだ。


 俺たちは、大抵、そういう理由。


 でも、彼女は、リズは違う。

『雨が殺してくれなかったから嫌いなんだ』と彼女は、以前、俺に語った。


 捨てられた日に、姉の死顔に抱かれながら、山の中で過ごした。


 姉だけは彼女を捨てなかったのだ。

 だから死んだ。


 俺たちは、丈夫なんだ。


 特に、アルカナの厄災は、そんなに弱くない。


 彼女は、俺たちの誰よりも、愛されていた。

 そして、愛されることの苦しみをよく知っている。


 姉に、抱きしめながら過ごした夜を思い出す。


 リズは雨が嫌いだ。


 教会に人が入ってきた。

 窓の外は真っ暗だ。


「妹は、元気でした?」

 シスターが、用事から帰って来た。

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