第36話 ドワーフの洞窟へ「湖畔の守護者②」
一緒に老いて、茶でもすすりながら死んでいく。そんな、ささやかな願いは、もう叶わない。
悪霊でもいい、それがたとえ死を招くとしても、目の前に現れて欲しい、そう強く望んでいた。
そうすれば、魂が存在すると知ることができる。
愛した人が、この世ではない何処かに……。
それだけで生きていける。
もし、天国と地獄があるのなら、迷うことなく地獄を選ぼう。
それで、あの人が幸せになれるなら、私にとってそれが最高の褒美になるだろう。
魔法がある世界に転生とは、最高ではないか。
魂の定義はよく知らないが、きっと、それに近い何かが存在する。
そう思えてならない。
ククルが言った死人とは、想像していた様子と違った。
ゾンビとは違う、ゴーストに近い。
ぼんやりと淡く光る身体、匂いもない。
何かを求めるように迫ってくる。
剣を振るう、手応えがあり、姿が崩れる。
まるで土でできた人形のよう。
表情がない冷たい人形。
それは崩れても、すぐに何処からか身体を再生して取り戻す。
斬っても、斬っても、数が減らない。
「隊長、このままだと、後がなくなります!」
トルンの言う通り、湖が背中に迫ってきた。
「おい、テンペスト、お前なんとかしろ!」
少ししゃくだが、弱いとはいえ大聖霊だ、この手のオカルトは、対処出来るんじゃないか?
「え! 出来ません! あれらは命の存在を否定してるんですよっ! そんなものに力は通用しません! それより、指示するなら、ちゃんとメルちゃんを通して下さい!!」
なんだよ、それ、マネージャーを通せみたいな!
アイドルかよ! 使えねえな!
「そ、そうですよ、師匠! いくら師匠でもダメですよ……」
メル、そういえば、お前の魔法、テンペスト頼りだからな。
でも、おまえのとっておき、ずっと顕現して、遊んでるぞ!
「ククル、そなたなら何とか出来るじゃろ」
「ライラちゃん、出来ますけど……」
「なら、するんじゃな、そなた以外、どうにも出来んぞ! それか、試しに、ここら一帯を消し飛ばそうか!」
ま、まて!
ライラの口を塞いで、小脇に抱えた。
あんなものをバンバン、撃たれたらかなわん。
「でも、わたしの力だと、あの人たち、存在が消えちゃうわ」
「存在が消える? 何か、問題があるのか?」
ククルは何を心配しているのだろうか?
「隊長さんは、魂の存在を信じる?」
「それに近いものは、あると思っている」
「そう……命は、魂と身体を繋ぐもの、死人は命を否定して身体を得ているの」
ククルの身体が光り輝きはじめた。
「どんな理由があるにせよ命を否定したものは、世界の理から外れる。でも、わたしには、その違いがよくわからないわ」
「こいつらが、生きてるように見えるというのか?」
間近の死人を斬り捨て、時間を稼ぐ。
「不思議ですよね。それに、わたしの力は優しくないから、彼らの魂を消してしまう」
転生者だからこそ、ククルの言い分が理解できた。
彼女が授かった天職はいったい……。
ククルの輝きが増す。
宙に浮いた?!
聞き覚えのない女性の声!
「こちらです! 早く!!」
声の方、シスター?
なぜ?
それより!
「ククル! 力は使わなくていい、やり過ごせそうだ!」
彼女の手を引こうとした。
イタッ!
「隊長さん、ごめんなさい、わたし……」
「いいから、行くぞ!」
手を握ることを躊躇った自分を恥じた。
見知らぬシスターの手引きで、死人達をやり過ごす。
古びた教会。
部屋に案内され、皆で一息つくこととなった。
「ここなら、大丈夫ですよ」
シスターがお茶を配っている。
俺たちは、かなりの大所帯だ。
それを、嫌な顔もせず、一人一人、台所と往復しながら、丁寧に渡していく。
親切な人、そう思える。
「大変だったでしょ」
「ああ、流石に死人はどうしようもなかった」
「そうじゃないですよ、あなた方の天職のことです」
「分かるのか」
天職が見える。そういう人は少なからず存在する。
「ええ、でも慌てなくていいですよ。私にはもう関係ありませんから」
「その言葉、信じますよ」
嘘を言った。この手の問答があったのち、役人達がいきなり入ってくる。
そんな記憶が、子供の頃にあった。
だから、天職についての話は打ち切り、次に進もうと思う。
それに、役人達が来ても、どうすることも出来まい。
「あの死人は何ですか?」
「さあ、夜になると出るようです。だから見回りをして、旅人さんがいたら、ここに泊めてますの」
シスターの一人歩き?
夜に?
若い女が……。
武器を扱えるような雰囲気はない。
山奥だぞ……。
「ここは、本当に大丈夫なんですね」
「ええ、大丈夫です」
この世の理を外れた死人が、神を恐れる理由はないだろう。
特殊な結界でも張ってあるのか?
「隊長、その尋問みたいな喋り方は、やめた方がいい、恩人なんだ」
トルンに肩を叩かれ、ハッとした。
「シスター、すまない。最初に礼を述べるべきだった。ありがとう、あなたがいて助かった」
「こちらこそ、たいした説明が出来ず申し訳ありません」
シスターは涼しい笑みを浮かべた。
「皆さん、部屋は沢山ありますから、お好きに使ってください」
彼女は扉を開ける。
振り返って、最後にこう言った。
「あと、妹が寝てますの、あまり騒がないでくださいね」
それからしばらくして、各々が部屋を選び、ランプの灯りを消し、皆が深い眠りについた。
朝日が登る。
部屋の窓から、新鮮な空気を取り入れた。
外の景色が心を癒してくれる。
美しい湖、遠くに見える壮大な山脈。
俺たちは湖畔の教会で一夜を明かしたのだ。




