第78話
竜は旋回し、赤い竜は腹に力を入れ、喉を震わせ、口から炎の息吹を吐く。歯向かった矮小な存在を、彼らを塵一つ遺さんと放たれた業火は、さながら太陽が墜ちてくるようであった。
ただの一吐きで鋼鉄すら刹那と保たぬ熱が瞬く間に森の七割以上を土壌ごと焼き尽くし、草木生えぬ不毛なる砂漠へと変貌させる。
森に生きる多くの命が悲鳴ひとつ上げる間も無く消し飛ぶ炎を、男の子と黒の王子は避けることなど到底不可能であるとされ、ふたりは次の瞬間には全身を焼かれる覚悟した。
しかし、気がつけば男の子と王子の眼前には炎が揺らめくことなく完全に停止しており、これにどういうことかと王子が怪訝に思えば、木っ端の顔の隻眼の導師が応える。
なんでも、君たちだけをなんとか魔術で時を止めさせた。しかし長くは保たん、今のうちに逃げるのだ、というのだ。王子は導師の力に驚き、二度もこの様を見た男の子もまた、その驚異の魔術に目を疑う。
逃亡する他ないこの惨状に歯噛みしつつも、ふたりは瞬きひとつする間に炭に変わりゆく運命の森を抜け、命からがら森の入り口まで戻る。
それと同時に、停止していた炎は再び地を焼き、土すら灰に変える凄まじい力に慄く両者。変わり果てた守護の竜の変わり果てた姿に、黒の王子は陽のような眼から星の欠片のような涙を流す。
悔しいのだ、と王子はいう。国を護るため力を付け、技を磨き、ひとりの者としての幸福をかなぐり捨て、全てを民のために尽くし、それでもなお我が力が足りず奪われ続け、遂には誇りの象徴まで凌辱されることが、どうしようもなく悔しいのだ、と絶叫する。
先程まで男の子と鎬を削っていた、太陽の如き輝かしく凛とした黒の王子の姿は、今はただの悲しみに暮れる一人の少女に変わる様に、彼の心に怒れる炎が沸き上がる。
黒の国を守護する者に、護るべき土地を焼かせるという悪辣さに、男の子は正しき怒りに震え拳を握り、雄叫びと共に地面に叩きつける。
地は大きく罅割れ、深々と鉄拳の痕が刻まれた。此は誓いの一撃であり、必ずこの地を赤の女王を討ち取ることで平定する、という明確な意志を確固たるものにするのであった。




