第76話
男の子の抱いた予感が確信に代わり、巨大な裂傷を馬よりも早く駆けたどって行くと、やがて遠目でもわかるほどの巨躯の、雄々しき翼を持ち赤い鱗に身を包む、伝説に伝えられる力の象徴、竜が目に入る。
男の子がよく見てみれば、その強大な生き物と相対するのは黒の王子であり、銀の剣を構える後ろ姿には震えが見てとれる。
強き竜に対する恐怖ではない、根底に存在するものを否定する、悲しみに満ちた姿にたまらず男の子が声を掛けると、彼女の返事はとても力ないものであった。
まさか、と黒の王子は強い驚愕を露にしている。信じがたい、と膝を折りかけ絶望の声を上げそうになる。目の前に現れた巨大な、目測で二十尺はある傷んだようなくすみある赤い鱗の竜は、黒の国に古く伝えられる伝説上の存在であるというのだ。
曰く、神への信仰を重要視し、誓いによって加護を得る黒の国の伝説において、神に、国に報いる為に、その身を黒い竜に変貌させた勇者がいた。竜は守護者として我らを見守り続け、国が危機に瀕した時、民たちの祈りに応じてその姿を現しあらゆる敵を滅する、と。
また、この伝承は真実であり、百年前から今なお続く黒と赤の戦争において、私の祖父にあたる当代の王が自ら三日三晩通して祈り続け遂にその姿を現した、しかし竜は民を守護する神の代行者であり、戦場において無双を誇る筈が、自ら骨抜きにし傀儡と化した我が国の兵たちを肉壁とする赤の女王の卑劣な策により傷をつけられず、最期は万を超える敵の攻撃から味方の兵たちを護り斃れた、ともいう。
そして今相対する竜こそが、その戦場で果てた筈の、誇り高き伝説の勇者であるのだ、と言い自らの太陽のような瞳から、言い表せぬ程の無念が込められた血の涙を流す。




