第73話
開始の幕が上がったその刹那、男の子が短槍を宙に放ったと思った次の瞬間には、目にも止まらぬ速さで黒の王子目掛けて飛来する。柄尻の部分を恐ろしい力をもって足で蹴り飛ばしたのである。
そのままでは自分の胸を貫くであろう、流星にも似た速さで襲う鋭き刃は寸手のところで弾かれ、大きく空へ打ち上げられる。
並の兵の手には余るであろう斧槍を筆を操るが如く、流麗かつ軽々と振るう黒の王子。そしてその彼、彼女に向かって十字の穂先を突き付け、三歩も満たずに詰め寄る男の子。
放たれる一突き一払いが並の兵の十倍に等しい恐るべき猛攻を、王子は同じように突き、払いを繰り返す。
茶を一杯注ぐ程の刻の間に、ふたりは百はゆうに超える嵐のような剣戟を繰り広げ、その様を広場へ集まった者たちは固唾を呑んで見守る。
全ての一撃が必殺のそれは互いの身体に掠りもせず、ただ刃同士が目まぐるしくぶつかり合う音が、あたかも一曲の交響曲であるかのようにすら思える程、ふたりの一挙一動は無駄がなかった。
一合一合を丁寧に重ね、双槍が火花を散らす度、矛を交える二人の間には奇妙な一体感があった。技の類も身のさばき様も、種族すら何から何まで異なる男の子と黒の王子は、まるでひとつの生命体であるかのように武器を振るい凌を削る。
黒の国の民たちは誰一人として、広場での二人の試合を見逃す者はいなかった。秒の先に決着がつくやも知れぬ、瞬きも許さぬ神域の武芸が彼らを釘付けにしていた。
槍を我が身のごとく扱う両者の刃と刃がぶつかり合いは、まるで舞台の上のオペラ或いは楽団であり、弦を引き息を吹く代わりに鉄と鉄の激突で奏で、一言も発さずに事を見守る広場に響き渡るのであった。




