第67話
──見たな。そう言う黒の王子の顔は怒りと恥辱でいっぱいで、陽の光に似た瞳は灼熱の炎のごとく燃え盛り、視線だけで相手を焼き殺す勢いで睨み付ける。
近場の岩に立て掛けあった剣を手に取り、金の装飾が施された鞘を抜き、一点の錆もない輝く銀の刃を露にする。
そうして詰め寄る太陽のようなじりじりとした熱と凶刃に、男の子は背中を汗で濡らしながら、何かこの場を切り抜ける言い訳が無いかを案じる。どうにか口を開こうと試みるも、彼の頭は痺れ、眼差しが固定され逸らせず、混乱は止めどなく続く。
対して黒の王子は剣の柄を強く握りしめ、一歩づつ距離を縮めていく。睨む瞳は一層の熱が帯び、映す者に多大な威圧感を与えていた。
私を知る者は、存在してはならない。うわ言のように反復して口にする彼──彼女はまた一歩詰め寄る。
絶対に殺す、という明確な意志を以て男の子の首に狙いを定め、命を刈り取るために、銀の剣を閃光のごとき速さで振るう。
その時だった。黒の王子の一振りは男の子の首の皮一枚を裂く寸前で、まるですべての時間が止まったかのように停止する。
お互いに何が起こったのかを掴みかねるなか、辺りにゆらゆらと漂っていた滝の飛沫が徐々に人の形に似た形態に変貌する。
まったく手間を掛けさせる、と飛沫は言葉をもって話し出す。男の子はもしやと思い、そなたは隻眼の導師殿かと素性を問えば、飛沫はゆっくりと頷き肯定の意図を表す。
人の形を取る水飛沫は口を開き、その塊を操る主の意向を伝える。彼を、男の子を赦すよう述べれば、黒の王子はそれを断固として拒否し、厚みを増す殺意とともに柄を握る力を強める。
邪魔をするな、と王子は口を尖らせる。対して導師は彼を指して彼は今死ぬべき運命でない。死すべきではない者を手に掛けることはあってはならない、と告げる彼の言葉に耳を傾けるも、王子は憤怒の表情のまま剣を退かぬ理由を語る。
曰く、私は神に誓いを三つ立てた。ひとつ、日が沈む間は肉を口にしてはいけない。ひとつ、沐浴中の姿を身内以外に見られてはいけない。ひとつ、未婚の者に性別を知られてはいけない。貴様はこのうち二つを破らせたのだ。我が神への信仰を背かされた。この上なき屈辱である、と。
その言葉に対し、簡単に事が済む方法があると導師は告げる。男の子は彼の表情を伺うと、それはとてもいたずらなものであり、この鉄火場を愉しむ様子であった。




