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第59話
男の子は医師に先程テントの中で交わされた問答について話を切り出す。死こそが救いであるか、否か。彼は靄の掛かったような面持ちで是非を問えば、彼女はこう答えた。
曰く、我々の教えには確かに死した後辿り着くであろう、彼方に存在する理想郷が存在するとされる。しかし、だからといって今の生を容易く投げ出してその世界に逃げる事を、私は決して赦しません。思うに、その理想郷は限りある命の炎を燃やし尽くし、その果てに待つ安らぎであると捉えています。故に絶望の中で生の苦しみに苛まれようとも、自らの手でそれを捨ててしまえば、本当の意味での安らぎは訪れはしないでしょう、と。
だからこそ、私は救うのです。命を、いつか辿り着く安らぎを与えるために。生は痛みに満ちています。当然です、痛みとは生の証左なのです。たとえ全能の神であろうと、生と痛みを切り離せはしないのです、と続けた。
その確固たる言葉に、男の子は安堵の吐息を漏らす。そして、自らが目にした死の数々に、心からの安らぎが訪れることを願うのだった。




