第58話
しかし、と男の子にはわからないことがあった。なぜ国を捕った赤の女王は戦いを仕掛けたのか。
その質問に、医師は表情がみるみる内に曇りが見えていく。どうしたのかと心配し声をかける男の子に、彼女は声に微かな怒気を交えて答えた。
曰く、赤の女王は即位した直後にこう宣言した。世のあらゆる愛を我が手に。ヒトも獣人も関係なく、あらゆる愛を与えたまえ。私もそれに答え、愛を与えましょう。あの女王は特に強い男を欲した。故に戦いを起し、黒の国の戦士たちを天性の美しさで虜にし、貪り、骨抜きにし、彼女なしでは生きられぬ眷属と化した。百年に渡る戦争の終結が未だ成されないのは、ひとえに相手を家畜と見なし、その旨みを残らず搾り取るためにわざと生かしているからである。そうして黒の戦士たちの半分近くは自らの物にし、そればかりか他国にも攻め入り戦士を籠絡した、という。
身の毛がよだった。もはやその女王はヒトではない、本物の怪物と化してしまったのではないかと男の子は考察する。
そういえば、と思い出したかのように無色の王という者に心当たりはないかと問う男の子に、医師は一瞬驚愕を露にした後、やや俯き加減に答える。
曰く、彼こそ先程述べた赤の女王によって追い落とされた先代の女王の血を引く末裔。黒の獣人と赤の王族の間に祝福なき生を受けた、呪いの子である、と。
医師はあの男、無色の王を指して我々獣人にとっては度し難い存在であるという。なぜならば、獣人たちにはいまやほぼ消滅したに等しい一つの信仰が存在し、その教えの一つが信仰する神の赦し無く、獣人とヒトがまぐわる事をタブーとする、というものであるからだという。
ならばなぜ自分を救ったのか、と男の子は問う。医師は愚問と置いた上で、あくまでまぐわう事が禁じられただけで、自分たち獣人を助けた者を救うなという教えはない、と微笑む。




