第57話
幕を出た男の子の目に最初に映ったものは、荒涼とした大地に幾つもの同じようなテント群であった。彼と同じように、負傷した者たちを収容しているキャンプ場であるようだった。
辺りを見回す男の子に、テントにいた者たちと同じく、悪魔の血を引く獣人の女性が声を掛ける。茶褐色の肌と対照的に髪は雪のように白く、こめかみから伸びる一対の巻き角が特徴である若年の女性は、至極驚いた様子で彼の顔を見る。
彼女は自分が医師であると紹介し、男の子が丸一日死んだように眠っていたことを告げる。彼は一日も時間を無駄にしたと焦燥し、急ぎその場を後にしようとするも、一歩踏み出す度に身体がふらつき、平行を保つことがやっとの有り様であった。
医師は男の子に肩を貸しつつ、彼が未だに重い傷を引きずる様子であることを告げながら、まずは落ち着いて話をしたいと告げ、彼がそれを承諾し、互いに近場の椅子へ腰を降ろし向かい合う形となった。
まず始めに、医師は男の子に赤の軍勢を退けた事実に、深く頭を下げ感謝を述べた。男の子のほうは謙遜しつつもそれを受け入れ、この場に居る者たちの事について問う。
医師はこの争いについて何も知らないという男の子に、咳払いを一つし、教鞭を振るうように丁寧な口調で答える。
曰く、この地にはヒトが治める赤の国と、我々悪魔の血を引く獣人が治める黒の国が存在していた。両国はいさかいを起こすことなく、時には貿易等を行い平和に営みを送っていた。しかし百年前、赤の国に新しい預言者が現れて、そやつは悪魔の血を引く者たちが戦争を仕掛け、人間を根絶やしにしてくると告げた。そして、預言者は当時の女王を蹴落とし、自分以外の王族を徹底的に排斥し、圧倒的カリスマを以て君臨した。その預言者こそが、今の赤の女王であるのだ、と。
百年前、という言葉を耳にした男の子は驚きのあまり声を上げる。彼が実際に目にした姿は、齢百を越える者とはとても想像がつかない程に若々しい故であった。
一方で、あの女王が放つ物の怪然とした妖気や、とても自分と殆ど変わらぬ外見の童女が放てるものではない淫靡な気配、そして無色の王が述べた評を鑑みれば、と納得する自分も存在していた。




