第5話 止めてくれる存在
エイルを中心にぶわっと風が巻き起こった。湿気を帯びており、次の瞬間に雨となる。そして土の匂いがしたかと思うと、足元に大地があった。上空から炎の温もりが降り注ぎ、その場にいた誰もが「天国」のような場所へ立っていることに気付く。
「これは……どういうことだ?」
シルフィネスは無意識につぶやいた。
空間を切り取る魔法は存在するが、ここまで景色ががらりと変わることはない。かといって人を傷つけるための魔法ではなく、まったく初めて遭遇するものだった。
エイルがふっと気を抜くと、周囲の景色はあっという間に元の室内へ戻った。
「これで分かっていただけましたか?」
と、エイルは全員を見る。
先ほどの景色を忘れられずに戸惑う者が半数以上だったが、残りの者はエイルを興味深く見つめていた。
「すごいねー、エイル。君は本物だ」
王女は目をキラキラと輝かせながら微笑んだ。魔法を研究したい彼女にとって、エイルの能力は格好の研究対象だ。
シルフィネスもまた興味深く感じて言った。
「俺たちの仲間として歓迎しよう、エイル。だが、それほどの力を持つお前が、今頃現れるとはどういうことだ? 何か理由があるんだろうな?」
「ありがとうございます! ですが、その質問にはお答えできないのです……」
と、エイルは申し訳なさそうな顔をしてシルフィネスを見上げた。
「女神様からご神託を受けられたのは祖父なので、エイルは詳しいことを聞かされていないのです。おそらく、その時がくればエイルにも分かると思いますが」
「なるほど。では、何故エイルがここに?」
「女神様がそう言われたからです。祖父はもう年ですし、若いエイルでないと駄目だったのでしょう」
と、エイルは疑う様子もなく言いきった。
何となく納得するシルフィネスだが、彼女はまだまだ子どもだ。女神に仕えているとはいえ、幼さがあだとなることもあるだろう。
そんな大人の心配をよそに、クランベリーはエイルの手をぎゅっと握って全員へ言った。
「じゃあ、これからエイルはぼくのお客様だからね」
「え、プリンセス……? お客様ってことは」
と、ダリウスがたずねると、彼女は言う。
「だって、エイルをここにいさせるためには、それが一番いいでしょ? ぼくの権限で客室を貸すから、いつでもここに来られるようにしてあげるんだよー」
「はわわ、ありがとうございます! お城にいさせてもらえるなんて、ありがたき幸せなのですっ」
エイルはぎゅっと王女の手を両手で包んだ。
クランベリー王女はにこっと彼女に笑いかけてから、メイリアスへ視線を向ける。
「そういうわけだから、みんなに伝えてきてくれる? ぼくのお客様がしばらくこのお城に滞在するよって」
「かしこまりました」
と、メイリアスはすぐに部屋を出て行った。
いい方向に話がまとまり、シルフィネスはユーティアを振り返る。
「ユーティア、エイルに対して何か感じるものはないのか?」
「え、えっと……そうですね」
と、ユーティアは王女と手をつないでいるエイルをじっと見つめた。
故郷にいた頃はエイルくらいの年代の子たちと仲良くしていたことを思い出し、つい保護者のような目線で見てしまう。しかし、彼女はただの子どもではない特別な存在だ。
「……エイル、ちょっといいかしら?」
ユーティアは腰を上げてエイルへ近づいた。
「女神様はわたしのことを何ておっしゃったの?」
「うーん、直接は聞いていないので分かりませんが……大切な物を守りたいという心の、ひときわ強い女性だと聞きました」
「他には?」
「うーん……歴代の宿り主様たちと比べると、少し頼りないらしいです。そのため、度々狙われてしまうのだとか?」
と、首をかしげるエイルにユーティアは思わず苦笑いをしてしまう。
「そう。ありがとう、エイル」
と、ユーティアはシルフィネスに視線を戻した。
「わたしからは特に何もありません。ただ、エイルはきっと……わたしを止めてくれる存在なんだと思います」
そしてユーティアはイズンを見る。するとイズンは無言でうなずいた。
二人の間でしか通じないやり取りを見て、シルフは詮索するのをやめた。
「分かった。それじゃあ、今日はこれでお開きにしよう。プリンセス、ノーアへの報告を頼みます」
と、王女へ言う。
クランベリー王女はすると、エイルとつないだ手を見せてにっこりと笑った。
「うん、任せて! ついでにノーアにもこの子紹介してくるねー」
どうやら彼女はエイルのことをよほど気に入ったらしい。
一同は少々呆れながらも、部屋を出て行く少女たちを微笑ましく見送った。




