第2話 いつもの場所
病室の窓から見える景色をながめていた。樹木が多少変化を見せる程度で、たいしておもしろくもない。しかし、一人きりでいると他にやることがなかった。
「失礼します」
ノックの後に声がして、ノーアはそちらへ顔を向けた。
「少し相談したいことがあるんですが、いいでしょうか?」
部下のギュスターだった。
「ええ、どうぞ」
と、ノーアは少し笑みを見せる。
「ありがとうございます」
ギュスターがベッドの脇まで寄ってきて、少し戸惑った様子で言う。
「あの……先ほど、来客がありました。ユーティアに、です」
ノーアの頭に疑問符が浮かぶ。同時に思考は仕事向きのものへと切り替わっていた。
「彼女に? それはどんな方だったのです?」
「はい、幼い少女でした。女神フリーアに仕えてきたヴァルキュリア一族と名乗り、宿り主を守る使命を女神から受けたとかで」
「なるほど」
困った顔をするギュスターを見て、ノーアは神妙に返す。
「そんな一族は聞いたことがありませんね」
「はい。ですが、彼女、エイル・ヴァルキュリアは女神に口止めされていたのだと話します。そのせいで名前は知られていないけれど、陰では女神に協力し続けてきたのだ、と」
すんなりと信じられるような話ではない。
しかし、ノーアはその少女の存在が気になった。重要機密である情報を知っている人間だ。エイルがオークライト=ティースの側である可能性は否定できないが、小さな子どもを利用するような姑息な真似をするとも考えにくい。
「ということは、女神は神話で伝えられているのとは違い、沈黙してはいなかったのですね」
と、ノーアが言うとギュスターは目を丸くした。
「まさか、信じるんですか? 幼い子どもの言うことですよ?」
「ええ、私は信じてもいいと思います。ユーティアの様子も気になりますし、日常に変化を投入してみましょう」
ギュスターは口をぽかんと開けて固まった。
その様子を見てノーアは問いかける。
「不安ですか? ギュスター」
「もっ、もちろんです。敵方の密偵だった場合はもちろんですが、万が一無関係だった場合、それこそ、ただの家出少女だったりしたら責任を問われてしまいます」
すると、ノーアはにこりと微笑んだ。
「その時はその時です」
――兄を失くしたせいだろうか、一級魔法使いは以前に比べて考え方や口調がやわらかくなったようだった。毎日のように愛する人から惜しみない愛情を注がれていることもあり、天才という肩書きがますます親近感あるものになりつつある。
「可能なら、何かしらの形で証明して欲しいとは思いますけどね」
と、真面目な口調でノーアは言った。
彼が少女のことを信じきっているわけではないことを悟り、ギュスターは指示を受け入れることに決めた。
「では明日、エイル・ヴァルキュリアをユーティアに会わせます」
「はい。お願いします、ギュスター」
城下町の中央には様々な店の並ぶ広場があった。
野菜、花、肉、布……それらを横目に、ミシュガーナは車椅子を出来るだけ早く走らせていく。多少の魔力は消費してしまうが、彼女はそんなこともいとわないほど急いでいた。
広場を通り過ぎ、細い路地へ入る。最近見つけた近道だ。
だんだんと目的地へ近づくにつれ、ミシュガーナは胸がドキドキしてくる。魔宝石から手を離して止まってしまいたいけれど、会いたい気持ちはそれを上回る。
目的地が見えてくると、ミシュガーナは車椅子の速度を落とした。まるで急いで来たことを隠すかのように落ち着き払って、いつもの場所で読書をしている青年へ近づいていく。
「ごきげんよう、ロプト」
「ああ、ミシュガーナ。ごきげんよう」
にこっと微笑む青年ロプトのそばへ車椅子を止め、ミシュガーナもにこっと笑みを返す。
「この前の悩みはもう解決したの?」
「いいや、まだ悩んでる最中だよ。せっかく生まれ育った街を出ても、結局すぐに戻ってしまったんだ。同じことを繰り返す可能性は否めないでしょ?」
「うーん、そうね……だからって、働かずに本ばかり読んでるのもよくないと思うわ」
と、ミシュガーナは彼の横顔を見つめた。
ロプトは自身の黒い髪の毛を片手でかきあげつつ、本を閉じる。
「今はこれが楽しいんだ。お金には困ってないんだし、少しくらい許してよ」
と、ロプトは顔を向けた。
「……もう、あなたって本当にしょうがない人ね」
と、ミシュガーナが返すと青年は笑った。
「あはは、それは褒め言葉かな?」
「違うに決まってるでしょう。私はあなたのことを本当に心配してるのよ」
ミシュガーナは口をとがらせたが、内心はとても楽しかった。他人に心を開くことはあまりない彼女だが、彼には不思議と心を開いていた。
「え、俺のことを? そうか……ありがとう、ミシュガーナ」
にこにこと笑う彼の素直さがまぶしくて、ミシュガーナは思わず顔をそらしてしまう。ただ隣にいて話をしているだけなのに、先ほどよりも胸がドキドキと高鳴っていた。




