第31話 婚約発表
「お待たせしましたっ」
と、ユーティアがうしろに隠したイズンを前へ押し出す。
「う、あぅ……」
愛らしいふりふりのドレスに身を包んだイズンは、長い髪の毛を上で一つに結い上げていた。まるでどこかのお姫様のような格好だ。
恥ずかしいのか、イズンは顔を真っ赤にしてシルフをにらんでいた。
「……よし、当日はそれで行こう」
内心で驚きつつも、シルフはいつもと変わらない口調で言う。
するとイズンが慌てた様子で声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何でいきなりそういう話になるわけ!?」
「何でって、もう分かってるだろ?」
と、シルフは冷たく言い返す。
「っ……そ、そうだけど、省略するなんて紳士じゃないよ!」
どうやらイズンはきちんと誘ってほしいようだ。
仕方なく腰を上げ、シルフは彼女の前まで歩み寄る。いざ言おうとすると恥ずかしくなり、視線をそらしてしまった。
「ぁー……その、俺と一緒にパーティーに出ないか?」
イズンは微笑みそうになってから、いつものつんとした態度を取る。
「あんたにエスコートされたってうれしくないよ」
「おい、わざわざ言わせといてそれか? 性格悪いぞ、お前」
「あんただって同じだろ。まともに女を誘えない男なんてモテないよ」
「な……お前には言われたくねぇよ!」
つい声を荒らげるシルフを鼻で笑って、イズンは勝ち誇った顔をしてみせる。
「まぁ、かわいそうだから最後はあたしが拾ってやるけどね」
うれしそうな様子で部屋に入っていくイズンを見ていた。今さらになって気づいたが、以前にくらべて性格がずいぶん明るくなってきたようだ。
隣にいたミシュガーナは、じっといとこを見上げて生意気に問う。
「本当にあの子と結婚するの?」
シルフィネスは目を丸くして彼女へ視線を向けた。
「は? 意味の分からないこと言うなよ」
「……そうね。気にしないで」
と、ミシュガーナは車椅子を動かして自分の部屋へ向かっていく。
シルフは何が何だか分からず、ため息をついた。玄関の扉に手をかけ、本館へと足を向ける。
雲の多い夜だった。煌々と輝く月が時折顔をのぞかせ、地上をやわらかく照らしている。
舗装された道ではなく、近道になる草むらを何のためらいもなく歩いていく。
ふと脳裏に先ほどのミシュガーナの言葉がよみがえり、シルフは小さく苦笑した。
オード家の長男として、将来は退役して公爵を継ぐことが決まっていた。その時には、貴族の娘と結婚していなければならない。
昔から分かっていたこととはいえ、今まさにその瀬戸際に立たされている気がして、自然と歩みが遅くなる。
「……貴族、か」
ダリウスのように次男であるなら、侍女との結婚も無理はないことだ。特にパシェイソン家は以前にも妾を正妻にした例があるため、今さら身分にこだわることはなかったのだろう。
ノーアの家は複雑なため、比べようがないとして……ギュスターの家はどうだろう? と、ふと疑問に思ってすぐにかき消した。以前、ユーティアとの交際は両親公認らしいと聞いたことがあるからだ。
結局、大人の事情に振り回されるのはシルフだけだった。
本館の明かりが近くなってきて、ふと足を止めて立ち尽くす。帰りたくないわけではないが、もう少し外の空気に当たっていたい気分だった。
落ち着いたデザインの白いドレスに蒼いショールを羽織ったメイリアスは、メイドとは思えないほど美しかった。
「うわ……」
と、びしっと礼服を着込んだダリウスは声を上げてしまう。
「何よ? 似合ってないとでも言いたいの?」
「いや、そうじゃなくて……すげー、綺麗だなって」
と、ダリウスは視線をそらした。
口を閉じ、頬を赤く染めていくメイリアス。
「だ、ダリウスも素敵よ」
そう言ってさっさとメイリアスは歩き出した。
「今頃、みんなはパーティーだね」
と、ノーアの病室でクランベリーはにっこりと笑った。その手には勉強道具が握られており、今日はパーティーの終わる時刻までここで過ごすつもりらしい。
ノーアは彼女の優しさに感謝しつつ、楽しんでいるであろう仲間たちを思った。そしてふと思いついた言葉を口にする。
「私たちもそのうちに、婚約発表を開くことになるのでしょうね」
「うん、そうだね」
おそらく明日の新聞記事にはパシェイソン家の次男について書かれているだろう。彼らが大きく取り上げられることはないだろうが、自分たちの場合はとやかく書かれるに違いない。
「ねぇ、ノーア。お父さんからの手紙、読んだの?」
政治家の長男が亡くなり、末っ子の三男が消息を絶った今、一級魔法使いの次男に注目が集まるのも当然のことだった。それが王女と婚約したとなれば、なおさらだ。
「ええ、話をしたいと書かれていました。爵位の継承についても、きちんと話をしたいと」
「そう。困ったね、ノーア」
「はい……」
うなずくノーアだが、その心はすでに決まりきっている。
それを知っていたクランベリーは、ただ微笑みを返すだけだった。




