第29話 感情任せに行動した報い
事態の始終を聞いて、ノーアは静養することを拒んだ。
「彼が何を企んでいるにしろ、止めるのは兄である私の役目です」
しかし両腕を満足に動かせないノーアに、それは無理なことだった。
「落ち着いてください、ノーア。まだティースの消息は不明なままです。焦らずに今は怪我を治しましょう」
「っ、ですが……」
と、悔しそうに唇を噛む。
すると、ダリウスがクランベリー王女を連れてやってきた。
「ノーア!」
心配そうな表情で駆け寄るクランベリーを見て、ノーアははっとする。
「痛かったよね、ノーア。もう無理はしないで。話は全部、聞いたから」
「プリンセス……」
シルフはダリウスに目で合図し、席を立った。二人を残して、静かに退室していく。
クランベリーは彼の首に少し痕が残っていることに気づくと、悲痛な面持ちになった。
「本気だったんだね、アルバライト……でも、ノーアが殺されなくてよかった」
アルバライトの死は翌々日の新聞に掲載された。禁忌については伏せられていたものの、頭の回る人であれば真相に気づいてもおかしくない記事だった。エノータ派との関連を知っていれば、なおさら想像はついただろう。
ノーアはぎゅっと口を閉じて悔しさに耐える。罠にかけられたことは確かだが、兄の凶行を止められなかった。黒幕が弟だったことにさえ気づかず、自分はまんまと彼らにしてやられたのだ。一級魔法使いでありながら感情任せに行動した報いだ。
クランベリーはそんなノーアの気持ちを察してか、そっと頬へ手を伸ばした。
はっと視線を向けた彼へ、クランベリーは優しく微笑む。
「ノーアの怪我が治るまで、毎日お見舞いに来るね」
「……」
「だから、今はゆっくり休んで。どこも痛くなくなるまで」
純粋すぎる優しさにノーアはまぶたを熱くさせる。涙だけは見せまいと顔をそらしたが、クランベリーはくすりと笑った。
「いいんだよ、ノーア。ぼくしか見てないから」
「っ……」
彼女を抱きしめてやれないことがもどかしい。ノーアは両目を閉じ、頬に涙が伝うのを感じた。そして小さな指が、そっと涙を拭ってくれたことも。
「ごめんなさい、プリンセス」
「ううん、気にしないで。ぼくはいつだって、ノーアの味方だから」
息をついてから両目を開けると、クランベリーはにこりといつものように微笑んでいた。
「それにしても、アデュートールにはろくな奴がいないのね」
と、イズンは焼き菓子をかじりながら言う。
「才能豊かな弟を妬んで殺そうとする兄に、その兄を使ってローズルを蘇らせようとする弟なんて……ひどい話だよ、まったく」
「否定はしないが、あまり口にするものじゃないぞ」
と、ギュスターが注意をすると、イズンは大人しく口を閉ざした。
急所を外されていたため、ギュスターとイズンの怪我は数日で完治し、いつもどおりの生活に戻っていた。
ユーティアは二人の会話など聞いていない様子で紅茶をすすった。頭の中にあるのは、ティースに抱き上げられた時に聞かされた言葉だった。
あれから、ぼーっとすることが増えていた。心配したギュスターやシルフが声をかけたが、ユーティアは何も答えようとしなかった。イズンにたずねても、今はまだ言うべきじゃないと断られてしまう。
彼女の気持ちを唯一知るイズンがいつもどおりに過ごしているため、それ以上聞くのもはばかれた。
ふいに扉がノックされ、シルフィネスとダリウスが部屋へ入ってきた。
「ノーアの様子はどうだった?」
と、ギュスターは二人の方へ向かう。
「プリンセスに任せたから大丈夫だろう。復帰にはもうしばらくかかるだろうが、ティースもまた、時間を必要としているはずだからな」
「何故そう言いきれる?」
「あいつは自分ではなく、他の人間を使ってローズルを蘇らせようとしているんだ。つまり、それをしてくれる人間がいない限り、ティースは何も行動を起こせないってことらしい」
と、ダリウスがシルフの説明をそのままギュスターへ受け売りした。
「なるほど、言われてみればそうだな。だからあの時、一人で逃走していったわけか」
男たちがあれこれ話している間、イズンは浮かない顔のユーティアへ言った。
「大丈夫だよ、あんたの迷いはあたしが共有してる。その時が来るまで、ずっと黙っているから」
はっとしてイズンの顔を見つめるユーティア。
「だけど、よく考えるべきだと思うわ。予言者に相談してからだって、遅くはないだろうしね」
「イズンさん……、ありがとうございます」




