第27話 アルバライト=オーフェ
あの日のことは内々で処理され、屋敷の中にいた者しか知ることのない事件となっていた。そのため、サジェスライトは罪に問われることもなかった。
アルバライトは当然のごとく被害者扱いされ、サジェスライトが家を出てからも関係は修復しなかった。
「さあ、今度こそ決着をつけよう」
そう言ってアルバライトは、一体の人形を取り出した。黒い糸でぐるぐる巻きにされ、顔も分からないただの人形……それに向かってアルバライトが呪文を唱える。
「ノート・シュヴェア・ゼーレ!」
ノーアは足元に違和感を覚え、下を見た。
「!」
そこに描かれているのは魔法陣だった。逃げ出そうとしても足が動かない。それどころか、身体中から力の抜けていく感覚までしてきた。
にやりと笑うアルバライトの背に――真っ白な翼が生まれた。
「そこをどけ、ティース!」
馬車から降りるなり、ダリウスは叫んだ。
ティースは何も言わずに細身の剣を抜いてみせる。突き刺すのに適した形だ。
はっとしたギュスターはすぐさま前へ出てダリウスを止めた。
「ここは俺が何とかする!」
と、ティースをにらんで剣を抜くギュスター。
「っ、でも――」
「ダリウスは裏から入れ! イズンはユーティアを連れてこっちに」
と、シルフィネスが指示を出す。もどかしそうに裏へ向かったダリウスを確かめ、シルフは安全な場所にイズンとユーティアを誘導した。
ギュスターがティースとの戦闘を始めたところでシルフは言う。
「イズン、何があってもユーティアを守れ。もしできるなら、あいつのことも助けてやってくれるか?」
急いでイズンの腕輪を外し、シルフはじっと彼女を見た。
「ええ」
イズンがうなずくのを確認してから、建物の横へ回っていく。
突然天井のステンドグラスが割れ、中にいた信者たちがどよめく。
「悪いな、こんな登場で! 裏口分かんねぇんだもん」
と、夜空を背にしたダリウスが、信者たちを牽制するために乱れ撃ちを放った。
ノーアはもう一人の存在にも気づいていたが、声を上げることすらできなかった。まるで人形になった気分だ。
それを察したのか、アルバライトは言った。
「苦しいだろう? だが、俺が手にかけているのはお前じゃない」
人形の左腕を強く引っ張ると同時に、ノーアの左腕に激痛が走った。腕が肩から抜け、力なく垂れ下がる。
「あーはっはっはっは、何て素晴らしいんだろう! こんなに便利な魔法が禁忌に指定されているなんて笑わせる」
その言葉どおり、アルバライトの背に生えた翼は小さかった。否、生えてくる速度がとても遅く、極力術者を傷つけないようにしているようだった。
唇を噛むことも出来ず、ただ兄をにらむノーア。
ダリウスはアルバライトに狙いを定めて矢を打ったが、彼はそれを軽々と避けて見せた。
「お楽しみはこれからだ!」
叫んでダリウスを見上げるアルバライト。その狂気に満ちた瞳に見つめられ、ダリウスはぞくっとした。
「グレイプニル!」
下から上へ伸びてくる黒いひもを避けて飛び下り、魔法を唱える。
「ウル・エオー」
ぶわっと巻き起こった風に乗って確実に床へ着地するダリウス。
その間にシルフは外から窓を破った。
「ギューフ・フェンリル」
氷の狼が信者たちを襲い、混乱に陥れる。すかさず中へ侵入したシルフは弓矢を引き絞るダリウスに加勢した。
「アウストリ・パース」
土属性付加魔法だ。
ぱっと放った矢はアルバライトの翼をかすめてローズル像に刺さった。
「やべ、神様打っちゃった」
「ふざけてる場合か」
再び矢を構えるダリウスとぴったり背中を合わせ、シルフは信者たちを相手に魔法使いの構えをとった。
ティースは淡々とギュスターの相手をしていた。言葉も表情も一切見せずに、ただ突きのタイミングを計っている。
相手の剣さえ奪えれば、後はどうにでもなるとギュスターは思っていた。しかし、刺突剣との勝負なんてしたことがない。しかも相手は本気だ。諜報部であるだけに考えも読ませてくれない。
「くっ……」
押し出された剣先を間一髪避けたギュスターは、とっさに相手の足を蹴った。すかさず距離を取り、初めの位置へ戻る。
再び剣を構えるギュスターを見て、ティースは静かに口を開いた。
「僕を舐めてるの?」
挑発だと知りながら、ギュスターは自分の気持ちを抑えきれなくなる。
諜報部員はいわば暗殺者だ。選ばれた時から厳しい訓練を受け、どんな環境下でも戦闘に勝利できるだけの力をつけていく。いくら剣の腕がいいギュスターでも負ける可能性のある相手だった。
向かってきたティースの剣を刀身で受け止め、跳ね返す。すぐに振り下ろしたギュスターだが、相手の動きにはついていけなかった。
その隙にティースは再び剣を突き出してくる。
覚悟をしたギュスターは、次の瞬間にはっとした。
「やられるんじゃないよ、ファールバード!」
イズンの唱えた無属性魔法の剣がそれを受け止めていた。
とっさに横へ回り込むギュスター。
「ウル・グレイプニル!」
今度は強く結ばれた硬いひもがティースの身体を拘束する――はずだった。
何もなかったようにギュスターの剣を受け止めるティース。表情をやや真面目にして、ティースはもう一方の手に握った短剣をギュスターの腹に突き刺した。
「うぐ……っ」
強い力で引き抜かれ、血がしたたり落ちる。
その場に膝をついたギュスターに止めを刺すことなく、ティースはイズンへ振り返った。
「いいこと教えてあげるよ。僕たちには魔宝石を身に着けることが義務付けられているんだ。闇だけでなく、すべての魔法に耐性のある石を、ね」




