第25話 紺色の空
少し離れたところからユーティアたちが三人の様子を見ていた。聞こえてくる話し声に不安を覚えてしまうユーティアを、メイリアスが励ましている。
「それなら考えられるのは一つだけだな」
「マジで?」
「やはり、そうなるのか……?」
嫌な予感が現実に変わる。
「ああ、エノータ派の教会だ。アルバライトもきっと、そこにいる」
結論が出ても、誰も動き出そうとしなかった。
「だけど、ここから一番近いところでも半日はかかるぜ?」
「空馬車ならその半分だ」
「でも、そうしたらユーティアはどうなる? 彼が一人で来るのを予想して、かけられた罠だとしたら?」
ちらりと彼女を振り返り、シルフィネスは返す。
「それが問題だな。お前たちだけで行かせるにはバランスが悪いし、かといってどちらか一人にここを任せるのも不安だ」
ダリウスはぎゅっと唇を結んだ。自分だけでは無力であることを以前の戦いで思い知っていたからだ。
すると、イズンが彼らの方へてくてくと歩み寄ってきた。
「彼女は自分も行くと言ってるよ。足手まといにしかならないだろうけど、戦力を分散させることがよくないと気づいてる」
とっさに口を開いたギュスターをシルフは手で制した。
「何も言うな。ユーティアの判断は正しい」
「っ……」
悔しそうに口を閉じるギュスターに、ユーティアは力強くうなずいて見せた。
「わたしも行きます。何にも出来ないけど、今はノーアさんを助けることが最優先だから」
空馬車の用意をしに厩舎へ向かったシルフィネスは驚いた。
「どういうことだ……!?」
厩舎の馬はすべて倒れていた。世話をしている人々もこの異常事態に混乱している様子だ。
シルフはすぐに自分が所有しているペガススの元へ駆けよった。
「嘘、だろ……?」
白く美しい毛並みを持つペガススもまた、息を絶え絶えにして地面へ伏せていた。どうやら毒を食べさせられたらしい。どの馬も死ぬ間際にまで追いつめられていた。
「おい、しっかりしろ。お願いだからこっちを見てくれ!」
と、愛馬の頭を撫でるが反応はない。
こんなことをする奴は一人しかいない――シルフは確信すると、すぐに思考を切り替えた。
城下町から急遽、足の速い馬を借りて馬車を出した。時刻はとうに昼を過ぎていた。
「間に合うでしょうか……」
と、心配するユーティアに男たちは言葉を返さない。その代わりにイズンが口を開いた。
「ローズルを呼び出す儀式なら通常は夜に行われる。それまでに着ければどうにかなるはずだ、ってさ」
それはシルフィネスの考えだった。自分で口を開きたくない時、通訳がいてくれるのはありがたかった。
そう思いながらも、彼は言う。
「イズン、余計なことは言うな」
「何だい。せっかく代弁してやったのに」
むっと口をとがらせるイズンだが、シルフが最悪の展開を予想していることを知っていた。ノーアの覚悟が揺らがないということも。
馬車に揺られながらノーアは考えていた。
昨晩、クランベリー王女の元から仮眠室へ行くと、差出人不明の手紙が自分宛に届けられていた。書かれていたのは「アルバライトが明日、儀式を始める」という一文だけだったが、嫌でも理解した。弟だ。弟のティースが、自分を誘っている。
兄の始める儀式がどんなものであれ、ノーアは止めるつもりでいた。弟があちらについているのは昔だって同じ、ただ規模が少し大きくなったというだけだ。
遠くの景色に目を向け、ノーアは心の中でひっそりとつぶやいた。
――今度こそ決着をつけましょう、兄さん。
教会の礼拝堂にキャンドルを並べ立て、一つ一つに炎をともす。
夏はすっかり身を潜め、日暮れも早くなっていた。もう秋だ。
黒い衣装に身を包んだアルバライトは、祭壇の上で佇むローズルの像に祈りを捧げる。
「どうか見守っていてください、我が神ローズル様。どうか、今度こそすべてを無に……」
がちゃりと扉が開かれ、信者たちが中へ入ってくる。
「アルバライト様、準備は整いましたか?」
「ああ……後はあいつが来るのを待つだけだ」
立ち上がり、彼らへ振り向くアルバライト。信者たちはざわざわとしていた。彼らはアルバライトの思惑を知らされていない。
くくっと笑い、アルバライトは天井を仰いだ。ステンドグラスは早くも紺色の空を透かしている。
そして信者たちへ言い放った。
「私はこれより、禁忌を破って長年積み重ねてきた思いを成就する! あなたたちにはぜひ、私を邪魔する者たちを排除してほしい!」
禁忌を肯定する者たちが拍手を送り、賛同した。それにつられて皆が彼に協力の意を示す。
アルバライトは満足だった。




