第23話 嫌な予感
シルフはじっとティースの表情を観察した。その額に冷や汗が浮かぶ。
「そ、そんな大切なもの……僕は知らないよ? だって、僕だってつい数分前に来たばかりだし、それに……」
あいかわらず気の弱い人だった。
おおらかなダリウスとは違い、疑われたと知ったらすぐに自分の正当性を主張しだす。嘘をつけない性格は、こんなところでも効果を発揮するようだ。
「……まあ、いい。倉庫に予備があるはずだから、しばらくここで待ってろ」
と、シルフは机の一番下にある引き出しから倉庫の鍵を取り出した。
「え、いいの? 僕、盗んだかもしれないのに」
言われてから、シルフは考えてしまう。確かに彼が何かしたのであれば、研究室に置いていくのは愚かだ。頼りないティースにそんなことが出来るとは思えないが、彼も立派な軍人だ。考えがあるかも分からない。
「そうだな。じゃあ、また今度にしてくれ……――」
首に鋭いものが突きつけられ、シルフは固まった。
「ごめんね、シルフ」
と、ティースは彼の手に握られた倉庫の鍵を無理やり奪い取る。
「友達だから、傷つけないであげるよ」
すっと短剣を引いて鞘に収めるティース。
その様子を見てシルフは冷静に問う。
「何をするつもりだ、ティース」
「分からない? 一級魔法使いに昇格したのに?」
シルフは思わず目をみはった。魔法使いであれば知っていても不思議ではないが、シルフの昇格の件はまだどこにも公表されていなかった。一般兵である彼の耳には、とうてい入らないはずの情報だ。
ティースは眉尻をわずかに下げながら微笑み、さっさと出口へ向かっていった。
ユーティアの部屋で報告を受けたノーアはため息をついた。
「それで、その鍵というのは……?」
「俺の管理する倉庫のものであることに違いありませんが、心配しないでください」
と、シルフは上着のポケットから不透明な灰色の石を取り出して見せた。
「倉庫に置いておくのは不安だったため、こうして持ち歩いていました」
ノーアはほっと安堵したが、すぐに次の問題を持ち出した。
「それにしても、まさか彼が諜報部員だったとは……魔法使いの次に隠されている存在のため、知らなくて当然ではありますが」
再びため息をついてしまい、ノーアは自分に嫌気が差した。自分も高い地位に就いてはいるが、細かい情報を知らされていなかったのが何とも歯がゆい。特に肉親のことなどは、自ら興味を持って知ろうとしなかった。
「本当に意外でした。でも諜報部はその仕事柄、軍人らしくない人を選びますから、彼にはぴったりの仕事です」
「ええ、そうですね。おそらく今はエノータ派――いえ、アルバライトの元で動いていると考えて間違いないでしょう」
ダリウスはギュスターと目を合わせた。結局、敵はそういうことになるらしい。
一方のノーアはすべての事柄がつながって納得し、三度目のため息をついた。――首謀者と、首謀者の狙いは分かった。
「どうしたって、避けられないのでしょうね」
アルバライトは、あの時成し得なかったことを今度こそ果たす気でいるのだ。
どこか遠くを見つめて息を詰めるノーアに、ダリウスは声をかけずにいられなくなった。
「それならなおさら、ノーアは手を引くべきなんじゃないですか? 特に今回は、私情を挟んでのことだし……」
ふっと現実に戻って息をつくノーア。ダリウスが自分のことをどれだけ慕っているかは知っていたが、その気持ちに甘えられるほど簡単な問題ではなかった。
「いえ、これは私一人で片付けるべき問題です。例え、彼女が巻き込まれようとも」
と、ノーアはイズンの相手をしていたユーティアを見つめる。自分一人が犠牲になって済む話なら、それも悪くないと言いきるようだった。
三人は彼の強い意志に戸惑いを隠せなかった。彼が元からそういう人であることは知っていたが、いざこうなってしまうと失うのが怖い。それを本人が受け入れてしまっているため、なおさら胸がもやもやしてくる。
ノーアは彼らの気持ちを察していたが、やはり何か言うような真似はしなかった。
クランベリーは、彼の様子を見て嫌な予感を覚えた。
「ねぇ」
と、声をかけて彼の袖をつかむ。
「ねぇ、お願いだから危ないことはしないで」
「……」
ノーアは息をつくばかりで、返事を返そうとしなかった。
不安になったクランベリーはぎゅっと彼の腕に抱きついた。
「ダメだよ、ノーア。誰も傷つけないで、自分自身も」
少女の言葉は深く胸に突き刺さったが、ノーアは首を左右に振った。
「貴女は知っているはずです。私が、本当はあの人のことをどう思っているか」
「だけど、ダメ! そんなことしたって、何も解決にはならないよ!」
「それでも、私がやるしかないのです」
そう言うとノーアは、クランベリーの腕を優しく解いた。
再びすがりつこうとする彼女を抱きしめて、額にそっとキスをする。
「貴女まで巻き込んでしまったら、婚約も取り消しになってしまいますから」
にこっと微笑んで、彼は王女へ背を向けた。
置いていかれたクランベリーはぽつりと、寂しさをあらわにつぶやいた。
「でもダメだよ、ノーア……」




