第22話 一筋の光
元々、ローズルはアルファズルと兄弟の契りを交わした仲であった。世界を創造し、人類を生み出したアルファズルにローズルはよく反抗的な行動を起こした。『この世界に人間は要らない』と言っては、アルファズルのお気に入りを一人ずつ惨殺して行き、『この世界に光は要らない』と言っては、闇の中へすべての生き物を押し込めようとした。
「アルファズルは、そんなローズルが許せなくて精霊の国を追い出したのです。しかし、ローズルは許しを請わずに暗殺を目論見ました。アルファズルを亡き者にして、自分こそがこの世界を統べるのだと」
イズンはユーティアに絵本を読み聞かせられていた。
「それを知ったアルファズルはローズルから逃げ、見かねた妻のフリーアがアルファズルの魂を人間界へ落としたのです。これにより世界は平和を取り戻し、争うのは人間たちだけとなりました」
ぱたりと絵本を閉じて息をつくユーティア。
「相手が子どもじゃなくてよかったね」
と、イズンが言うと、ユーティアはうなずいた。
「はい……だけど昔の子どもたちは、これを読んで歴史を覚えたそうです」
今では刺激の強い内容だが、それが当然だった時代もあるのだ。
ユーティアは気を取り直すように立ち上がり、絵本を棚へ戻した。
イズンは両足をぶらぶらさせ、ふと自分の罪について考えた。最高神の宿り主である彼女を襲い、誘拐しようとした。結果的には自分が捕まってしまったが、もし成功していたらどうなっただろう?
最高神はヘレンディーゼの願いを聞き入れただろうか? 最高神はこの世界を、一から創造しなおしただろうか?
「……正直なところ、わたしは平和しか知らなかったから、平和を望まない人の気持ちが分からないです。ううん、分かるような気もするけれど、それは死にたいのとは少し違う」
「あんた、少しは分かってきたみたいね」
イズンが口を開けば、重責を負った彼女はくるりとそちらを振り返る。
「はい。だからたぶん……わたしとイズンさんは、何も共有できていないんじゃないかって思いました。ついさっき」
「ふん、勝手にすればいいさ。答えなんてどこにもないんだから」
あいかわらず素っ気無い態度のイズンを見て、ユーティアはくすりと笑みを漏らした。
「だからこそ、わたしはもっとあなたのことが知りたいんです。イズンさん」
華奢な腕にはめられた腕輪へ視線を下ろし、イズンはため息をつく。
知りたいも何も、彼女とはすでに深い仲になりかけている。今さら何を話せばいいのかと悩んで、イズンは隣へ座った彼女をじっと見据えた。
「不思議だけど、あたしはこれまでの人生で今が一番幸福だと思ってる。あんたをあの方に捧げなくてよかった……そう、思うようになったよ」
いつにも増して真剣な表情だった。
「あんたに救われたとは思わないし、思いたくもない。だけど、ほんの少し……楽しんでもいいのかと、もう自分を許していいのかと、考えたりもするんだ。あたしは……ほら、今まで味方がいなかったからさ」
すべて自分が悪いのだと決めつけて世界を憎んでいた。こんな自分を産み落とした世界に文句を言ってやりたかった。
「『こんな世界は要らない』って、どこかの悪い神様みたいに考えて、世界を変えようとしているあの方に協力した。それは決して無駄じゃなかったけど、あたしが本当に求めてたのはあんたみたいな友達だった」
真っ暗闇の中で手探りしたって世界は変えられなかった。一筋の光を頼りに手探りしたら、あっという間に道は開けた。
「あたしは……これまでのあたしを、許してあげなきゃいけないんだと思う。そして次に、自分の本当にやるべきことをやらなきゃいけないんだと、そう思うの」
ユーティアはにっこりと微笑んで、いつの間にかうつむいていたイズンの手をとった。
びくっとするイズンにかまわず、ユーティアは言う。
「うれしいです、イズンさんがそうして前向きな気持ちになってくれて」
「……根暗なあんたには、言われたくないけどね」
「えっ」
分かりやすく動揺するユーティアをイズンは笑った。いつものように、すっかり慣れ親しんだ様子で。
研究室に珍しい姿を見つけても、シルフは冷静だった。
「久しぶりだね、シルフィネス」
にこっと人懐こい笑みを浮かべた相手に歩み寄りながら、シルフも笑みを返す。
「ああ、久しぶりだな。オークライト=ティース」
「僕のことはティースと呼んでと言ったでしょう?」
と、ティースはやや不機嫌そうにして見せた。
シルフは「ああ、そうだったな」と、言い返して彼の前へ立つ。
「で、何の用だ?」
二人が知り合ったのは数年前のことだった。それ以前にも関わりはあったのだが、ダリウスに紹介されるまでまともに会話をしたことがなかった。
「うん、それなんだけど……僕の知り合いが怪我をしちゃって、歩けなくなっちゃったんだ。軍の人ではないんだけど、シルフのことを話したら、自動式車椅子を使ってみたいって言い出して」
「なるほど。だが、あれはそこそこ魔力がないと扱えないぞ? 実用化に向けて研究は進めているが、まだ一般のレベルまで下げられてないんだ」
言いながらもシルフは車椅子に取り付ける用の魔宝石を棚から取り出していた。
ティースは彼の後について回り、懇願するように言った。
「それでも、一度でいいから試させてもらえないかな? あっちも、お金はいくらでも払うって言ってるし」
ふとシルフは手を止めた。
取り出した石を机の上に一つ一つ置いていき、確認してからつぶやく。
「ないな」
「え、何が?」
聞き返すティースをとっさに疑ったシルフは、にらむように彼を見る。
「すべての動力になる石がないんだ。あれがないと他の石を車椅子に取りつけたって動かない」




