第21話 ずっと前から
イズンはふっと息をつき、彼女を見上げる。
「素直になりなさいよ。あんたが素直になって彼と話が出来れば、すぐに解決できるような問題だとあたしは思うけどねぇ」
「っ……そう、ですよね」
自覚があるらしく、メイリアスは悔しそうにうつむく。
ユーティアはそんな友人の姿を見て、自分も何か言ってあげたいと思った。しかし、イズンのように心を読むことができないため、どんな言葉がメイリアスの胸に響くか分からない。
すると、イズンは呆れたように視線を外して言い捨てた。
「馬鹿げた話だと思うけど、パシェイソンはあんたに嫌われたんじゃないかって思ってるよ。何かあるたびにあんたのこと考えて、嫌われやしないかっていつも不安にしてる。あんたが素直にならないからだ」
メイリアスの表情に変化があった。
「そういえば、あたし……自分から好きだって、言ってなかったかもしれない」
彼からすれば不安になるのは当然だと気がついたようだ。
「そういうことだったんですね。ありがとうございます」
と、メイリアスは穏やかな顔をした。
イズンは彼女をちらりと見ただけで、返事をすることはなかった。それでもメイリアスはかまうことなく、仕事の続きへと戻っていく。
様子を見ていたユーティアは内心で、やはりイズンはすごい人だと感心していた。
「あ、ダリウス……」
仕事を終えて廊下へ出たメイリアスは、階段を上がってくる人物に気づいて足を止めた。
ダリウスもまた、その場に立ち止まって気まずそうな顔をする。
「メイリアス……何で、こんなところに?」
「な、それはこっちの台詞よ」
と、震えそうになる足を動かし、彼の前まで向かう。
「何か用があるんじゃないの? 軍人が遅い時間にこんなところにいるのは変だわ」
「……そ、そうだよな。じゃあ、言うけど」
と、二段上に立っている彼女を見上げるダリウス。覚悟を秘めた瞳でじっと見据え、唇を開いた。
「この前は、ごめん。オレ、自分の気持ちばっかり押しつけて、勝手だった」
メイリアスははっとして脳裏にイズンの言葉を思い出す。
「だから、ちゃんと話し合おう。今度はお前の意見、ちゃんと聞くから」
と、ダリウスが優しい顔をして微笑む。
メイリアスは一段、階段を下りた。
「あたしの方こそ、ごめんなさい」
もう一段下りると、目の高さが彼とほぼ同じになる。
「あたし……あなたに甘えてたのかもしれない。あたしだって、本当は……」
その先が言葉にならない。感情ばかりがあふれて泣き出しそうになるメイリアスを見て、ダリウスは言う。
「何だよ? ちゃんと聞いてやるから言えよ」
メイリアスは一度口を閉じると、少し気持ちを落ち着かせてから告げた。
「あたしだって……あたしだって、あなたのことが好きなの! ずっと前から好きだったの!」
言い終わる頃には頬が熱くなっていた。それでも強気に彼を見つめ続けたメイリアスを、ダリウスがうれしそうな顔をして抱きしめた。
「そっか。ずっと前から、か」
「ええ、そうよ。あたしに優しくしてくれた、日から……」
今思えばきっかけは単純だった。仕事でミスをして落ち込んでいるメイリアスを励まし、笑わせてくれたのが彼だった。
「あんたは覚えてないかもしれないけど」
と、メイリアスが言うとダリウスは即答する。
「覚えてるよ。だってオレ、あの時にはもうお前のことが気になってたから」
「っ……!!」
メイリアスは彼の背中へ腕を回すと、うれしさを言葉に出来ない代わりに首元へ頬を埋めた。
両親のためとか、貴族だからとか、そんなことはすべて関係なかった。ただ互いが互いを好きでいるなら、それだけで十分だったのだ。
「オレはお前を笑顔にしたいんだ。そのためなら、どんなことだってしてみせるよ」
「うん、ありがとう……」
彼の温もりに包まれて、初めてメイリアスは素直な気持ちでいられたように思った。
机の上に置かれていた書類を手に取り、ティースは紙面に目を走らせた。
大量のキャンドルの発注について書かれており、それは親しくしている者からの報告書なのだと分かる。それだけなら何てことはないのだが、ティースは目をみはった。
「まさか、本当に本気で……」
兄の本気を思い知った気がして胸が高鳴った。
直後に扉が開き、戻ってきたアルバライト=オーフェは神妙に両目を細める。
「感心しないな、ティース」
「あ、これは……っ」
と、慌てて書類を机へ戻す。
アルバライトは部屋の奥まで歩いてくると、慣れた動作で椅子へ腰を下ろした。わざとらしく息をつき、ティースを見上げる。
「お前をここに呼び出した理由、報告書を読んだなら、もう気づいているな?」
「……うん。だけど、それは」
兄を間違えているとは思わないが、止めるなら今しかなかった。
しかしアルバライトはそれを拒む。
「準備は快調に進んでいる。あとはティース、お前にかかっているんだ」
ティースは唇を引き結んだ。
「どうしても、やらなくちゃいけないの?」
「ああ。あれを手に入れるにはお前が適任だからな」
「でも、そんなことしたら罪になるよ」
臆病にそう返したティースへ、アルバライトは呆れた顔をして見せた。
「馬鹿だな、お前は。自分の立場をよく考えてみろ」
じっと兄に見つめられ、ティースは目を泳がせる。それから彼の言葉を理解して、はっとした。
「そ、そんなの無理だよ! いくら僕でも出来ることには限界がある。それに兄さん、あの部屋の管理者が誰だか知ってる?」
アルバライトは鼻で笑った。
「シルフィネス・ヴァリ・オードだろう?」




