第19話 静寂の中で
「こういうのはひらめきが大事なんだよ」
「だからって、仕事をサボタージュしていいわけ? 呆れるよ、ほんと」
と、イズンは口だけで文句を言った。
「そんなこと言うなら、前にあげたやつ没収するぞ」
シルフはそう返しながら、彼女の首に新しく作った魔宝石のネックレスをつけた。
「よし、出来た。どうだ?」
「……何も変わらないよ。あんた、本当は彼女の顔も見に来たかったんだろ」
「おい」
と、思わず苦い顔をするシルフィネス。
「違わないでしょう?」
「……間違えてはないけど、そういうことは言わないでくれ。ただでさえ、今は――」
と、視線を向けた先で、ユーティアはギュスターと仲良く話しこんでいた。公私混同は駄目だと言いながら、やはり恋人がそばにいる時はとても幸せそうな顔をしている。
その様子は今でも見ていて辛いらしく、イズンにまで嫌な気分が伝染してくる。
「分かった、分かったからさっさと仕事に戻りな」
と、新しいネックレスを取り外し、彼へ差し出す。
「ああ、言われなくても戻るよ」
シルフはため息をついて試作品をポケットへしまった。
部屋から出ていくのを少しでも見送ろうと、イズンは歩き出した彼の後を追う。
「素朴な疑問なんだけど、あたしはいつまで彼女といればいいの?」
「さあ、どうだろうな……いい話し相手にもなってるし、しばらくはこのままかもな」
「そうね、すべての決定権はアデュートールにあったんだった。でも、こんなことして何に――」
と、うしろを振り返ったイズンは、思わず口と足を止めてしまった。
不思議に思ったシルフもそちらを見て、呆然とする。
ユーティアとギュスターが静寂の中で口付けを交わしていた。おもむろに唇を離した二人は、見られていることにも気づかない様子で微笑み合う。
「……後は任せた」
シルフィネスはため息交じりに言って、静かに部屋を出て行く。
扉の閉まる音ではっとしたイズンは、遠ざかっていく足音に呆然とつぶやいた。
「どうしろって言うのさ、この空気……」
隣へ座ったティースは、切実に兄へ訴えていた。
「今度こそ、アルバライトとちゃんと話し合って欲しいんだ。理解し合えないって二人が思ってるのは知ってるけど、それでも話し合うことで、少しは距離だって縮むんじゃないかな?」
彼は昔からそうだった。お人好しで純粋で、アルバライトとノーアの不仲をいつだって気にかけていた。それが無駄なことだと分かってからも、あきらめきれずに話を持ちかけてくる。
「頑なに拒んでいるだけじゃ駄目なんだよ、兄さん。今だからこそ、言えることだってあるでしょう?」
「残念ですが、そんなものは私にはありません」
冷静に、淡々とした口調で言葉を返すノーア。考えを悟られまいとして、遠くをながめていた。
「だから、それが駄目なんだって。一体、いつからサジェス兄さんはそんな風に――」
はっとしてティースは苦い顔をした。触れてはいけない話題だったと思い出したが、もう遅い。
ティースは表情をくもらせると、それをわざと口にした。
「あの日から、だよね。兄さんが軍に入ることを決めたのも、アルバライトと顔を合わせなくなったのも、全部あの日だ」
ノーアは苛々しそうになって静かに深呼吸をする。思い出したくもない、人生最悪の日――ほんの少し何かが違ったら、今のノーアはここにはいなかったと言いきれる、あの日。
「ごめん、兄さん……。でも、僕だって思い出したくなんかないよ。あの頃、僕はまだ幼かったけど、今でもはっきり覚えてるんだ」
そう言ってため息をつくティースを、ノーアは疑っていた。
末っ子である彼には、どこかずる賢いところがある。あの日のことをネタに、自分に何かしようとしているのではないだろうか?
しかし、ノーアはすぐにその考えを打ち消した。疑っていると苛々が増すだけだ。そうして感情を表に出してしまったら、それこそ相手の思うつぼだった。それよりも早くこの場を切り上げた方が得策だ。
「僕は馬鹿な子どもだったね。アルバライトの言うことはすべて正しいと思っていた。だから僕は、サジェス兄さんの気持ちも考えずに――」
「やめてください」
ぱしっと言葉をさえぎる。
顔を上げたティースはすると、ノーアへ言った。
「懺悔させてくれたっていいでしょう? 僕はあれから、ずっと兄さんに謝りたかったんだ」
「私は聞きたくありません」
「何だよ、それ。許さないって言うの? まぁ、当然だとは思うけどさ……」
暗い顔をしてティースが様子をうかがってくる。しかしノーアは眉一つ動かさなかった。
「アルバライトだって、きっと後悔してるよ。だけど兄さんがいつまでもそんな態度を取り続けるなら、一生仲直りなんて出来ない」
「私が嫌だと言っている理由を、あなたは知っているはずです」
「そうだけど……でも、僕はこのままでいるのが嫌なんだ。僕はアルバライトも、サジェスライトのことも好きだし、尊敬してるから」
「どこを尊敬できると言うのです?」
思わずノーアはたずねていた。否、たずねずにはいられなかった。
自分もあの兄もひどい人間だというのに。そんな思いについ思考回路を明け渡してしまう。何を信じて何を疑えばいいのか、何も分からない。何も分かりたくない。
「できるよ。だって二人とも、僕の兄だもの。優しくて、頭がよくて……物心ついた時からずっと、二人は僕の憧れなんだ」
ふざけていると思った。弟は何も成長していない、何も理解してすらいない。
「だからアルバライトに会ってよ。きちんと話をして、今度こそはっきりさせよう」
と、ティースが訴えるような目をした。




