第18話 禁忌の代償
「禁忌って、全部でいくつあるんでしたっけ?」
「詳しい数字は分かっていませんよ。代表的なものとしては、自ら手を下さずに相手を殺す方法――ハティの『流行り病』が、まさにそうですね。
他には他人を操る方法だったり、天と地をひっくり返す方法なども禁忌に含まれているそうです」
ノーアの返答にうなずきながら、ダリウスは机へうなだれた。
「ふーん、それじゃあ禁忌は最高の魔法なんですねぇ。自ら手を下さずに相手を殺すって……あれ、それってやばくね?」
「やばいですよ。ハティを例に取ると、結果的に彼はその他の人々も巻き込んでいますから、それだけ強大な力であったことが分かります。そしてそれは、おそらく術者の意思に関わらず、影響をおよぼしたのでしょう」
と、ノーアはダリウスへ鋭い眼差しを向けた。
その視線にびくりと起き上がって、それまでまとめていた資料を慌てて手に取るダリウス。しかし、ふとつぶやく。
「でも、そんな魔法があるのに使う人が少ないのは、やっぱり……」
「『死と引き換えだから』ですね」
と、ノーアが冷静に答える。
「普通の人は、そこまでして目的を達成しようとは思いません。代償があまりにも大きすぎますから」
「ですよね」
エノータ派についての資料はほとんどそろっていた。確証のあるものから、何の根拠もないことまで、手に入れられるものはすべて手に入れた。唯一得られていないのが、一年ほど前からの――おそらくアルバライトが関わり始めた頃からの――資料だ。外部資料は手に入ったが、内部の事情は少しもつかめていなかった。
それでも、そこに禁忌が関わっているであろうことは十分に予想できる。ダリウスは心がざわつくのを感じながら、資料を再度確認し始める。
仕事が一段落したらしく、ふいにノーアが立ち上がった。
「少し、休憩してきます」
と、さっさと部屋を出て行く。
以前までは無理をしてでも仕事に集中することの多かった彼を、ダリウスは心配していた。こちらが声をかけないと休憩はおろか、食事さえも取らない彼だったのだ。
しかし、ここ最近は頻繁に休憩を取っている。仕事に支障は出ていないが、そうして気を休めている彼のことが気がかりだ。
「……こういう時、イズンみたいに心が読めたらいいのにな」
ぽつりとつぶやいて、ダリウスは一人で苦笑した。そうすればメイリアスとのこともすぐに解決できるのにと、苦く思う。
残りわずかな夏の日差しに目を細めた。
空気はじんわりと温度を下げ、日を追うごとに冷たくなっていく。あっという間に秋が訪れ、気づいた時には冬になっているのだろう。そんなことを思いながら、誰もいない中庭を見回した。今は勤務時間だ、のんびり休んでいる人間なんて自分しかいなかった。
設置されたベンチにそっと腰を下ろし、ため息をつく。
白く染めた髪がふわりと風になびいた。この色にしたのも、思えばプリンセス・クランベリーの提案から始めたことだった。
『いっそのこと、白く染めて目立っちゃおうよ。白髪も隠せるし、便利だよ』
そう言ってにこにこと笑みを浮かべる彼女は、まだ幼かった。だけど何故だか、その子どもじみた安易な考えに乗ってしまった。次の授業の時、髪を白くしてきた自分を見て彼女は笑った。
『似合ってるよ、ノーア! それならお家に帰らなくても、噂になって家族の耳に届いちゃうねー』
そして自分もあの頃は、まだ幼かった。家に帰ることを拒否しながら、家族を心配させまいとしていたのだ。しかし、間違いだった。自分はもう、あの場所へは帰れないのだ。二度と帰らない場所に、気を遣う必要などなかったのだ。
「目立つよ、サジェス兄さん」
はっとして立ち上がる。見覚えのある懐かしい顔がこちらへと歩み寄ってきていた。
「お久しぶり」
にこっと笑う頼りない弟。記憶にあるのと変わらず、彼は小柄で華奢だった。軍人だとはとうてい思えない。
神妙な表情でノーアは弟の様子をうかがった。
「何故、こんなところに?」
「何でって、僕も軍人だよ? 小さいけど今は隊を任されてるし、昇格だって約束されてる」
ティースはその場に立ち止まり、あらためて兄の顔を見た。
「兄さんこそ、こんなところで何をしているの?」
「……少し休んでいただけです。では、私はもう仕事に戻りますね」
逃げるように歩き出した兄の腕を、すれ違いざまにティースは捕まえた。
「駄目だよ、サジェスライト。僕はずっと、あなたと話をしたかったんだ」
その力は思ったよりも強く、初めてノーアは自分が動揺していたことに気がついた。
無理やり振りほどくこともできたが、それでは自分らしくない。冷静に思考し、ノーアは弟を振り返る。
「分かりました、いいでしょう」
「ありがとう、兄さん」
と、微笑む弟だが、目が笑っているようには見えなかった。
ノーアは何か言いしれない恐怖のようなものを感じながら、隙を見せないように気を引き締めた。




