第16話 イズンとの距離
翌日から、イズンの様子に変化が見え始めた。
「あ、あんたに聞くのは癪だけどさ、男と付き合うのって、どんな感じなの……?」
ユーティアは目を丸くしたが、すぐに彼女を隣へ座るよう手招いた。
「こっち、座ってください。そうしたら教えてあげます」
しぶしぶそこへ腰を下ろし、イズンは彼女を見る。
「で?」
「うーん、そうですねぇ……わたしの場合は遠距離でいる時間の方が長かったですが、ギュスターから手紙が来た日はすっごくうれしかったです。誕生日にはブローチやネックレスを送ってくれたこともあったし、想うだけでつながれる気がしました」
きらきらと瞳を輝かせて話すユーティアに、イズンは少しびっくりしていた。理解が追いついていないのだ。
「でも、彼へ手紙を書いているとどんどん長くなっちゃって、止まらないんです。だから一年くらい前からは、短くまとめるように心がけて書くようにしてました。だってほら、軍のお仕事って大変でしょう? あんまり時間をとらせてもいけないと思って」
「ふぅん……。こっちに来てからは?」
と、イズンは話をうながした。
イズンの方から興味を持って話をするのは初めてだ。ユーティアには、そのことがうれしくてたまらなかった。
「こっちに来てからは、とにかく応援してます。公私混同は駄目なので、彼が護衛の日でもあまりいちゃつかないようにして、仕事の邪魔もしてません。でも、そばにいてくれるだけでわたしはうれしいので満足です」
そう言ってにっこり微笑むユーティアへ、イズンは率直にたずねた。
「もう、彼とキスはしたのかい?」
「え……?」
表情を固めたユーティアが徐々に赤くなっていく。その様子だけでも答えは明らかだったが、イズンは意地悪ににやりと微笑んだ。
「そう、まだそこまでの勇気はないのね。なのに結婚は約束されてるなんて……まぁ、古臭くていいんじゃないの?」
「イズンさん!」
慌ててイズンを責めるユーティア。しかし、すぐに言い訳を思いついて口にした。
「それだけじゃないですよ! 彼には仕事があるから……。わたしには、プライベートなんてあってないようなものだし、タイミングもないんですっ」
「おや、わざわざ口にすることないのに。あんたはほんと、可愛い子だねぇ……。まったく、嫉妬しちゃう」
と、イズンは前を向いてため息をついた。両足を軽くぶらぶらさせてから、ふと彼女の視線に気づいてそちらを見る。
「ちなみに、アデュートールは王女とやることやってるみたいだよ。パシェイソンは見ての通り、ずっと空回ってるし、オードは特に動きがないね。あんたたちの方が一番付き合いは長いはずなのに、不思議なもんだ」
「う……そうですか」
と、ユーティアは落ち込んだ。ふと気になった疑問の答えはすべてイズンが教えてくれたが、後に残るのはむなしさだけだ。
「そんなに落ち込まないでほしいな、後味が悪いったらないよ。……ファールバードにかまかけてやろうか?」
「え、駄目ですよ! 余計なことはしないでいいですっ!」
わたわたと慌てるユーティアをイズンは笑う。
「ふん、冗談に決まってるでしょう? あたしだってそこまで性格悪くないよ」
「そ、そうでしたか……」
「だから落ち込むなって。こっちは楽しんでるんだからさ」
イズンがそう言うと、ユーティアは顔を上げて、徐々に明るい笑顔を浮かべた。
「はい」
やっとイズンとの距離が縮まり始めた気がした。
「オレ、あれから考えたんだよ。そうしたら分かったんだ。結婚式の前に、婚約発表が必要だった!」
と、ダリウスは仕事を放棄して、今日もまたメイリアスに付きまとっていた。
メイリアスは部屋の掃除をしながら適当に返事を返す。
「は? 何を言ってるの、それもいらないってあたしは――」
「お前だって知ってるだろ? 秋になると夜が長くなるから、それを楽しむために貴族がパーティーを開催するってことくらい」
ちらりと彼を見やって、メイリアスは切り捨てる。
「便乗するつもり? 馬鹿言わないでよ、あたしは庶民なのよ」
「でもパシェイソン家の嫁だ!」
「次男坊のね」
まったく相手にされていないことを知って、ダリウスは悔しい顔をした。
「関係ねぇよ、そんなこと。どうせ貴族の嫁になるんだから、婚約発表でパーティーに慣れておくのもいいだろ?」
構わずに作業を進めていくメイリアス。
「お前が嫌だって言うならあきらめるけど……貴族になるんだからさ、ちょっとはこっちの事情にも付き合ってくれないと困るんだよ」
メイリアスは棚を拭いていた手を止め、彼へ振り返った。
「ダリウス、あんたって本当に馬鹿ね。あたしとの結婚が認めてもらえたのも、あんたが次男だからなのよ。軍に入れたのも、今こうして好き勝手に出来るのも、すべてそれが理由よ?」
「なっ……それくらい分かってるさ!」
と、ダリウスは声を荒らげた。
二人の様子をながめていたイズンはふいに呟く。
「痛いところを突かれたね、あのメイドも手強いよ」
「だからオレは、お前の負担を少しでも軽減したくて、今からどうにかしようとしてるんだろ!?」
「何よ、それ。偉そうなこと言わないでくれる? 貴族の生活なんて、始めたら嫌でも慣れるわよ」
と、メイリアスはあいかわらず冷静に言い返したが、ダリウスも返す。
「貴族がどんだけ気を遣うもんなのか知らないから、お前はそんなこと言ってられるんだよ! 確かに嫌でも慣れるだろうけど、人付き合いってすっげー大変なんだぞ!?」




