第15話 ミシュガーナとイズン
「頼もしい男たちに囲まれていながら、最高神の宿り主である自分を恨んだのか。そうして現実逃避をして、あんたは周りを傷つけた」
「はい、そうです」
「でもそのおかげであんたは今、とても幸せだ。それなのに、あたしの気持ちが分かると言うの?」
それまで様子を見守っていたシルフが、おずおずと歩み寄ってくる。
「そんなのただの同情だよ。あたしはあんたみたいに恵まれてなどいないんだ。あんたはあたしが見てきたどの人間よりも傲慢だ! こんなものさえなかったら、あたしは今頃あんたを殺してるよ!」
そう言ってブレスレットを外そうとするイズンの言葉に、ユーティアは微笑んだ。
「いいと思います、それで。イズンさんの気持ちは完璧に理解なんてできません。ですが、そうして他の人たちを傷つけている姿は、あの時のわたしと変わらないように見えます」
イズンがはっとして動きを止める。
仲裁に入ろうと伸ばしかけた手を、シルフは引いた。
「自分の考えの中に閉じこもるのは簡単ですが、それだけでは見えないものもあるんです。他の人たちを受け入れることで、自分を変えていくことも出来るんですよ。
ううん、世界を変えたいと思うなら自分がまず変わらなくちゃ」
イズンの視界が歪んだ。頭痛がして頭を抱えたくなる。――違う、違う、自分はそんなこと……。
力をなくし、イズンはその場にぺたりと座り込んだ。うつむいた瞳からぽたぽたと涙をこぼし、嗚咽を漏らし始める。
「うぅ……あたしは、変えたいなんて、ちっとも……っ」
本当は変わりたかった。ユーティアのように他の人たちに愛される自分になりたかった。うらやましかった。
シルフはイズンのそばに腰を下ろすと、そっと肩を抱いた。何も言わずに無言で抱き寄せる。その純粋な優しさがイズンの胸に痛いほど伝わってきて、もっと泣いた。
「あたしの気持ち、知ってるくせに……何で、優しくするのさ」
「どうしても放っておけないんだ、お前みたいなやつ。悪いな」
その晩、いつものようにオードの屋敷へ帰った。館の主である少女とはあまり顔を合わせておらず、お互いに本当に住んでいるのか怪しいくらいだ。
しかし今日は違った。
「シルフィネスから聞いたわ、イズン。お願いだから、扉を開けてちょうだい」
扉の向こうから声がして、思わずびくっとした。車椅子の動作音は聞こえてきていたのに、いざ人の声がすると怯えてしまう。
イズンは首を左右に振って立ち上がると、扉を開けた。
「何の用?」
黒髪の少女はイズンの泣き腫らした顔を見て、大人びた表情を見せた。
「シルフィネスより幼く見えるわね、あなた」
「あたしを励まそうっていうのかい? いらないよ、そんなの」
と、イズンは口にしたが拒絶の意思はなかった。
それをミシュガーナは察し、車輪を動かして室内へ入る。
「あなた、すごく不器用みたいね。まぁ、ユーティアもあんな性格だから衝突するのも分かるけど、救われた身なんだから、新しく人生やり直そうとは思わないの?」
適当なところで車椅子を止め、ミシュガーナはイズンを見た。
椅子に腰かけたイズンは、彼女に横顔を向けていた。
「仮にもあんた、予言者だろ? あたしの未来を占ってみなよ」
「あら、知らないみたいね。私の予言は、悪いことしか見えないのよ? 起こりうるであろう事故や事件、それを回避する方法やヒントくらいしか見えないの」
「……じゃあ、あたしの未来はどうなのさ?」
「そうね、何も見えないってことは悪くないんでしょう」
と、ミシュガーナは言った。しかし、すぐに何か気がついてはっとする。
「あ、だけど……イズン、ちょっと待ちなさい」
「何よ」
「あなた、シルフィネスのこと、気に入ってる?」
「は?」
思わずそちらに顔を向けると、予言者は少し頬を染めて言った。
「私にとっては最悪の事態だわ……」
「ああ……あんた、あいつに惚れてるのか?」
イズンが心を見透かすと、ミシュガーナは少し荒い口調で言い返す。
「惚れてるとか、そんなんじゃないわよ! 彼は私にとって必要な人っていうだけで……そ、それだけだわ」
どうやらミシュガーナはまだ、それがどういうことなのかきちんと理解していないらしい。
相手がまだまだ子どもであることを知りながら、イズンは意地悪に言った。
「でもあいつは、あの小娘に惚れてる」
「知ってるわよ、それくらい。だけど、もうあきらめたって言ってるし、私には関係ないわ」
「分かってないねぇ、あんた」
イズンは呆れてため息をついた。
「どうしてそんなに頑ななのさ? もっと自分の気持ちに素直になって考えて――」
ふと、天井を見上げて言い直す。
「ま、どっちでもいいわね。どうせ恋も愛も幻想に過ぎないんだ、自分に嘘をついていたいならそうすればいい。それにあんたは狭い世界しか知らないようだから、外に出てみればいくらでも変わるだろうしね」
イズンのつぶやきに、少女は理解不能と言うような顔をしていた。しばらく考えてみるが、分かったのは後半の言葉だけだった。
「そうね、確かに私はもっと見聞を広めないと駄目だわ。外に出て、いろんな人と出会わなきゃ」
「……まったく、おかしな奴だね。これが予言者の素顔だなんて」
イズンがそう返すと、ミシュガーナは顔を上げて彼女を見た。
「私は元々こういう性格よ。暗くなっててもしょうがないから、出来るだけ明るく努めてるの」
「そうかい。……というか、何を考えてるんだ、あんた――っ」
「え?」
「まさかそれ、予言なのか? あたしに関することって、それしかないのか?」
戸惑い、顔をそらすイズン。
その怯えたような姿に、ミシュガーナはぎこちなくうなずいた。
「ええ、そうよ」




