第14話 美しい翼
その日の午後、ユーティアはメイリアスを連れて庭へ出た。東棟寄りにある広々とした中庭だ。
「上級精霊との契約なんて、あたし、初めて見るわ」
と、わくわくするメイリアスにユーティアも笑う。
「わたしだってそうよ。しかも精霊の中では最も美しいとされているシルフィードだもの、見といて損はないわよね」
「ええ、むしろ得だわ」
見物客というより野次馬だと思いながら、イズンは身近な一級魔法使いから説明を受けているシルフィネスを見ていた。
「私がまず、シルフィードを呼び出します。そしてあなたを求めてくれる別のシルフィードを見つけ出してもらうのです」
「はい」
「時間はさほどかからないでしょう。契約を求めるシルフィードが現れたら、後は自身の血を飲ませればいいだけです。そこで契約は完了します」
ノーアの言葉にシルフはうなずいた。若干の緊張はあったものの、ノーアへの信頼は確かなために不安はない。
「それでは、始めましょうか」
「はい……お願いします」
するとノーアは見学者たちへ視線をやった。
「念のため、離れていてください」
と、距離をとるよう言いつけ、準備が整うのを待つ。
夏の日差しに少し両目を細めた後で、ノーアは静かに口を開いた。
「ギューフ・シルフィード」
唐突な風の起こりと共に、緑色に輝く翼をはためかせながら風の上級精霊シルフィードが現れる。
ノーアの伸ばした腕にちょこんととまって、シルフィードは主のそばにいる青年を見据えた。
「シルフィネス・ヴァリ・オードは契約を望んでいます。彼と契約してくれる仲間を連れてきてください」
シルフィードは空高く飛び上がると見えなくなった。いつまでも空を見上げているノーアを見て、シルフィネスは少し困惑する。
「待っていてください」
と、ノーアはつぶやく。
やがてその瞳の先に、再び美しい翼を持った怪鳥が姿を現した。
先ほどと同じように彼の腕へ止まるシルフィード。その後からやって来た二匹目は、シルフを観察するように周囲をぐるぐると飛び回った。
やがて目の前へ降り立ち、その吸い込まれるような深い青の瞳で彼を見つめた。
シルフははっとして口を開く。
「お前が、俺と契約してくれるシルフィードなのか?」
風の精霊はこくりとうなずいた。そっと首を伸ばし、くちばしを彼へ向ける。
シルフはナイフを取り出すと、左の人差し指を思いきって傷つけた。そして浮かび上がってきた鮮血を、シルフィードの開いたくちばしの中へ落とす。
彼の血を飲み下したシルフィードが翼をはためかせ、舞い上がった。ふわりと風を巻き起こし、再び彼の周りを飛び回る。
やがて風の上級精霊はシルフの中へ溶け込んでいくようにして、消えていった。
周辺が静かになったところでノーアは言う。
「綺麗な精霊でしたね。あれほど美しく長い尾羽を持つシルフィードを見たのは初めてです」
ノーアの腕に止まっていたシルフィードもいつの間にか姿を消していた。
「……はい」
胸に残ったのは不思議な感覚だった。下級精霊と契約した時とは違い、妙な後味が残っていた。自分という存在に関わる根本的な部分が、それまでと変わってしまったような温かさだ。
呆然と余韻に浸っているシルフの目を覚まさせたのは、ユーティアの声だった。
「おめでとうございます、シルフさん!」
はっとして振り返ると、無邪気にこちらへ拍手を送る彼女がいた。その笑顔に思わず安堵を覚えるシルフだが、すぐに彼女の隣に立っていたイズンさえも拍手を送ってくれていることに気づく。
「……ありがとう」
まとめて返事を返し、シルフは微笑んだ。
一級魔法使いとなるための手続きが終わった頃には、もう夕暮れ時になっていた。
「イズンさんも、魔法は使えるんですよね?」
夕食の支度をしにメイリアスが出て行き、シルフは窓外を見つめたまま物思いにふけっていた。
イズンはユーティアの意図を勝手に読み取って言い返す。
「あたしは魔法使いになるつもりはないよ。闇魔法は普通のそれとは性質が異なるから、才能がなくても使役できるんだ」
「そうなんですか……でも、その魔法をいいことに使えたりはしないんですか?」
ユーティアの問いにイズンはため息をついた。
「闇魔法は人を傷つけるためのものだ。それ以外の思考の元に、闇魔法は顕現しないようになっているのさ」
「それじゃあ、イズンさんはやっぱり悪い人なんですね」
と、ユーティアは落ち込む様子を見せた。
彼女の考えなど読まなくても分かったが、イズンはそれが許せなくて口を開いてしまう。
「いいとか悪いとか、そんな言葉で人を判断しないでよ。そのせいであたしはどこにいても嫌われ者だったんだ、考えただけで虫唾が走る」
「あっ、ごめんなさい……」
「謝るくらいなら、最初から言わないでくれる? あんたといると苛々するんだよ、あんたはあんまりにも汚れを知らなさすぎる。この世界がどれほど汚くて醜いか、あんたは考えたこともないんだろうね」
言葉を口にすればするだけヒートアップしていく。この数日間のことを、イズンは完全に受け入れたわけではなかった。
「そういうやつらのせいであたしは隅っこの方に追いやられて生きてきた。だからあたしは、死にたいと思って闇魔法に手を染めたんだ。この気持ちがあんたに分かるかい?」
「イズンさん……」
こちらをじっと見つめる小柄な女性を、ユーティアはただ見つめ返す。人にはそれぞれ事情があることは理解していたつもりだが、それだけでは彼女の理解者になれそうにない。
「わたしも、死にたいと思います。こんな自分、いらないと思って死にたくなった時があります」
ユーティアはそれでもイズンへ訴えた。
「あの時、シルフさんに助けてもらわなかったら、わたしはきっと、今こうして生きてはいないでしょう」




