第12話 人の心を惑わせる力
「素直な上に馬鹿だったのか。まったく、救いようが無いね」
と、イズンは鼻で笑った。
「ああもう、傷つけてどうするんだよ? こら、イズン! ユーティアに謝れっ」
「ごめんなさい、言い過ぎました」
「心がこもってなーい!」
ダリウスさえも馬鹿にするイズンだが、その表情は地下牢にいた時と比べたら楽しげだ。久しぶりに誰かとまともな会話をするのがうれしいらしい。
すると、突然扉がノックされた。がちゃりと開いた向こうにはシルフィネスの姿があった。
「上手くやれてるか? 心配なんで、ちょっと様子を見に来たんだが……」
しょんぼりと肩を落としているユーティアと、悔しそうに地団太を踏むダリウス、そしてにやにやと意地悪な笑みを浮かべているイズンを見て、シルフはため息をついた。
「イズン、ちょっとこっち来い」
と、手招きをすると、彼女はすぐに指示に従った。そばまでやってきて彼を見上げる。
「何の用?」
「魔宝石にはさまざまな特性があってな……ミシュガーナで試す前に、お前を使わせてもらおうと思って」
と、シルフはポケットから、赤褐色の石に紐を通しただけのネックレスを取りだした。
それをイズンの首にそっとかけてやり、問いかける。
「どうだ? これでも俺の心が読めるか?」
「こうすることが、あたしにとっていいことだと思ってるのかい? だいたい、こんな石ごときであたしの生まれ持った力を封じれるわけ無いでしょう」
呆れたようにため息をつくイズンの様子に、シルフは笑った。
「はは、やっぱり駄目だったか。人工的に組み替えてみたんだが、まだまだ研究が足りないようだな」
そしてシルフィネスはダリウスとユーティアへ顔を向けた。
「付き合いにくいやつだけど、根はそうでもないはずだから、あきらめずに接してくれ」
「は、はいっ」
「言われなくても分かってるし」
「ダリウス、特にお前は注意しろよ? ちょっとでも仕事をサボる気があったら、すぐにばれるからな」
はっとしてダリウスは気を引き締める。
「メイリアスにも話は通ってるはずだから、大丈夫だとは思うけどな」
そう言っておかしそうに笑った後で、シルフは扉へ向かった。
はっとしてイズンが声をかける。
「ちょっと、このネックレス――」
「お前にやるよ。最初からそのつもりだったからな」
イズンにそう言い返し、さっさと部屋から出て行ってしまう。
静寂の訪れと共にイズンはネックレスを見下ろすと、そっと服の中へしまった。
見ていたユーティアは彼女がうれしそうにしているのを感じ取り、優しく声をかけた。
「よかったですね、イズンさん」
「ふん。別に、うれしくなんかないさ」
口をとがらせて感情をごまかすイズンを、ユーティアは初めて人間らしいと思えた。
* * *
ミシュガーナがその予言をしたのは、プリンセスの見合いの日のことだった。
ノーアとクランベリーが別室で話している間、ふいにミシュガーナが城下町の方角を見て表情をくもらせたのだ。
「フェイクであっても、新たな盾が必要ね……地下で眠る、人の心を惑わせる力が」
シルフィネスはユーティアと目を合わせてから、ミシュガーナへたずねる。
「人の心を惑わせる力って、まさかイズンのことか?」
「ええ、彼女は盾になってくれるわ。ユーティアを守るのに必要になる時が来る」
「……そうか。分かった」
その後、話を終えて戻ってきたノーアへ、シルフは先ほどの予言を伝えた。
最初は難しい顔をしていたノーアだが、ミシュガーナへの信頼が彼をうなずかせた。
「分かりました、言う通りにしましょう。ですが、釈放するには身元引受人が必要となります。彼女の生家はどこでしたか?」
「それなら俺が知っています。後でお教えしましょう」
「ありがとうございます」
話がまとまったのを見て、ユーティアは少しの不安と安堵に息をついた。
後日、ノーアは彼女の生家であるセアーズ家へ訪れたが、両親は身元引受人になることを拒んだ。
「あの子がどんなことになろうとも、もう関わりは持ちたくないんだ」
「確かに同情はします。けれども、今の暮らしが私たちには幸せなんです。それを壊したくはないのです」
そう言って母親が視線を向けた先には、まだ幼い子どもが二人いた。イズンとはまったく似ておらず、どこかの施設から引き取ってきたようだ。
胸に苦いものを覚えたノーアだが、あまりしつこくするわけにもいかない。早々にあきらめて、他の手段を探すことにしたのだった。




