第9話 プリンセスの幸せ
「シルフ! どうしてこんなところに?」
と、台詞を発するクランベリーにシルフィネスはにこりと笑う。
「ごきげんよう。あちらの草原で車椅子の稼動試験をしていたんです」
その言葉を証明するように彼は車椅子を押していた。そこに座っている少女は黙ってこちらを見つめている。
「プリンセスがこちらへお越しになられていると聞き、参った次第です」
「そ、そうなんだ……」
見合い相手へ視線を戻すと、クランベリーは少々早口に言った。
「あの、こちらは私の親しくさせていただいている、二級魔法使いのシルフィネス・ヴァリ・オードさんと、そのいとこのミシュガーナ・ノルン・オードさんです」
「ミシュガーナ・ノルン・オード? ああ、もしかして予言者の方ですか!?」
王子はがたっと席を立ち、二人の方へ歩み寄った。
「これは失礼しました。まさかこのようなところで予言者様に会えるだなんて、ありがたき幸せです」
と、シルフを無視してミシュガーナの前にひざまずく。彼女の噂は国内に留まらず、世界各地へ広がっていた。
予言者は無表情のまま、手の甲に口付ける彼を見て言った。
「こちらこそお目にかかれて光栄です、プリンス・リディオース」
「なんと、僕のことをご存知なのですか?」
「ええ、見れば分かりますわ」
王子の心はミシュガーナに釘付けになった。しかし、たとえ予言者であろうとも「見ただけで名前が分かるようなこと」がありうるわけはなく、本当に知識のある者なら簡単に見抜ける嘘だった。
そして王子はある名案を思いつく。
「よろしければ、僕たちの今後を予言してくださいませんか?」
と、クランベリーへ振り返り、同意を求めた。
「私たちの、ですか? え、えっと、よろしければっ」
と、慌ててうなずくクランベリー。
ミシュガーナはそんな彼女をちらっと見やってから、再び王子を見つめた。
「……なるほど。残念ですが、いい結果はお伝えできませんわ」
そう言ってわざとらしく視線をそらす。
「何故ですか? そんなにも悪いことが――」
「プリンス、今のままだとあなたの国は行き詰ってしまうでしょう。具体的なことは分かりませんが、そのうちに重大な問題が起きて市民が暴動を起こします。そんなところへ、プリンセス・クランベリーを連れて行くおつもりですか?」
「……そ、そういうことでしたか」
深刻にとらえた王子が考え込む様子を見せた。
するとクランベリーが席を立ち、ミシュガーナの元へ向かってきた。慣れないドレスで慎重に歩きながら目の前まで来る。
「でしたら、私はどうすれば幸せになれるのですか?」
金髪の少女の頭上で、ユーティアがこちらを見ていた。
ミシュガーナはそっとクランベリーの小さな手を取り、まん丸の青い瞳をじっと見つめた。
「プリンセスの幸せという点では、あちらの殿方と婚姻を結ぶべきでしょう」
そして見上げた視線の先には、メガネをかけた長身の青年が立っていた。
「は?」
ミシュガーナの登場により多少予想していたノーアだったが、いざ視線を向けられて戸惑った。
「すみません、これは一体どういうおつもりですか? 彼女はあんな予言など――」
「ミス・オード、僕たちは不似合いだとおっしゃるおつもりですか!?」
下から王子のわめき声が聞こえ、ノーアは口を閉じた。
ユーティアはただ口元をゆるませて成り行きを見守っている。
「いいえ、私はただプリンセスの幸せを予言しただけです。決して、あなたではプリンセスを幸せに出来ないと言っているわけではありません」
「それなら、何故あんなことを言ったのです? これでは、せっかくの見合いが台無しだ!」
と、たえかねて声を荒らげるプリンス。
シルフィネスはミシュガーナが楽しんでいることに気づいていたが、あえて口出しはしなかった。二級魔法使いへの挨拶を忘れるような男だ、魔法使いとしての誇りをあまり持たないシルフィネスですら癪に障っていた。
「ご機嫌を損ねてしまったようなら謝りますわ、プリンス。ですが予言というのは、よりよい未来を築くためにあるものなのです」
「何がよりよい未来だ! プリンセス、悪いが僕はもう失礼するっ」
王子がそう言って付き人たちに視線を送った。本気でお帰りになられるようだ。
ユーティアはそれを見て、ノーアへ言った。
「行きましょう、ノーアさん」
と、彼の袖を引いて階下へ向かう。
少し離れた席で事をながめていた后が言った。
「お久しぶりですわ、ミス・オード。以前よりお美しくなられましたわね」
「お褒めいただき光栄です、陛下。先ほどは失礼をいたしました」
と、ミシュガーナは頭を下げた。
席に着いたクランベリーは母親の言葉に耳を傾けながら、落ち込んだ振りをしてお茶を飲む。
「いいえ、そんなことはありません。私も、今回の縁談があった時から心配だったのです。宗教の違いはもちろんですが、政策などに関しても納得がいかず、このような結果になってむしろ安心しておりますの」
と、后は気まずそうな顔をしている夫に視線をやった。
「それに、あのような殿方にクランベリーを任せなくてよかったですわ」
庭へ出てきたノーアとユーティアがこちらへ向かってきていた。その姿を認めて、后はにこりと微笑む。
「ミス・オードの予言通りにいたしましょう」
「え? で、でもっ」
と、クランベリーは席を立って母の前まで来た。
「ぼくはこの国の王女で、あの人は魔法の先生だよ? 本当にいいの?」
すると国王がわざとらしく咳払いをし、一同の視線を集めた。
「この件については、よく話し合おうじゃないか。この国を彼に任せられるかどうかについても、時間をかけて見極めていかなければ」
すると后はくすっと笑い声を漏らした。
「陛下、本当はあなたもこの子には幸せになって欲しいのでしょう? そんなまどろっこしいことは言わず、認めてあげましょうよ」
「だが、しかし相手は――」
と、うなる国王だが、少なくとも反対するつもりはなさそうだ。
その様子を察して后は娘へ手を伸ばす。
「いいのよ、クランベリー。あなたの幸せが私たちにとっても幸せになるのだから」




