第8話 許されない恋
ノーアは一歩前へ出た。爽やかなそよ風が彼の銀髪をなびかせる。
「もちろん、好きですよ」
「それは、どういう意味で?」
首をかしげてノーアを見つめるユーティア。
紅茶を注ぎ終えたメイドが彼女へ頭を下げ、静かに屋内へと去っていく。
答えたところで何が変わるだろうかと考えたところで、再び彼女が口を開いた。
「わたしには、とても大切にしているように見えます。それは、その……教師と教え子ではなく、恋愛の対象として」
見抜かれていた。
ノーアはため息をつき、笑うのをやめた。眼前に広がる美しい景色へ目をやり、今頃はドレスを着させられているであろう人を思い浮かべる。
「その通りです。……私は、あの方を心から慕っています」
最初はただの子どもとしか思わなかった。気に入られていることを億劫に思う時さえあった。けれども時間を重ねるうちに、王女が自分を心から想ってくれていることに気がついた。そして過去をすべて受け止め、愛してくれた。
「それじゃあ、どうして止めないんですか?」
「……止めないのではなく、止められないんです。あの方はこの国の王女であり、いずれは国の代表となる方。軍人である私と釣り合わないのは当然ですし、両陛下からも認められることはないでしょう」
味方のいないノーアを救ってくれたのは紛れもなく彼女だ。しかしそれは世間的に許されない恋だった。
ユーティアはグラスに口をつけ、爽やかな甘みで束の間気分を変えた。飲み込んでから再び問う。
「だけど、自分の気持ちをそうして偽り続けるのって辛くないですか?」
ことん、とグラスを机へ戻す。
ノーアは息をつきながら両目を閉じた。
「あの方のためです……」
そう言って感情を自制する彼の横顔は、強い日差しの中で儚げに映った。
ふと階下から人の声がして、ユーティアは立ち上がるとそちらを見下ろした。
びしっとスーツを着込んだ青年が何人もの付き人を従えて歩いている。やがて青年が席へつくと、後からドレスを着た愛らしい少女が日傘を差しながら現れた。
プリンセスを見た王子が何を思ったのかは分からなかったが、プリンセスの方は緊張しているようだった。
仲介人や両者の親までそろったところで、青年がはきはきと言う。
「初めまして、プリンセス・クランベリー。お会いできて光栄です」
「は、初めまして……」
声は聞こえたが、予想通りパラソルに隠れてしまって、クランベリーの顔は見えなかった。
ユーティアは席へ戻ると、神妙な顔をしているノーアへ言った。
「ノーアさんもお茶、飲みませんか? そんな顔をされたら、わたしがどうしたらいいか分からなくなっちゃいます」
はっとして笑みを浮かべようとするノーアだが、すぐにその必要がないことに気づいてやめた。
「申し訳ありません……」
「謝らないでください。ほら、アイスティーで気分を変えましょう」
と、ユーティアは空のグラスにそれを注いで向かいの席へ置いた。しぶしぶそこへ腰を下ろし、ノーアはグラスを手に取る。
「ありがとうございます、いただきます」
遠くからその様子を見たミシュガーナは、ぽつりとつぶやいた。
「あら、一波乱ありそう」
シルフィネスは彼女の表情をうかがってため息をつく。
「本当か? それなら、なおさら早く済ませよう」
そう言って、シルフは車椅子を押し始めた。
「あなたは魔法に興味がおありだとか?」
「う、うん……あ、はい、そうですっ」
いつもの喋り方ではいけないと散々母親に注意されていたことを思い出し、クランベリーは背筋を正した。
「でしたら、将来は魔法使いになられるのですか?」
「え、いえ……ぼ――わ、私は、どちらかというと、魔力の有効な利用法を研究したいと思ってます」
「有効な利用法? おもしろいことをおっしゃるんですね、すでに魔力は十分便利だと思うのですが」
相手の上から物を言う態度が無性に気に入らなかった。それでもクランベリーは理解して欲しいと思ってしまった。
「そうじゃないんです。魔力はすべての人が持っているけれど、使える魔法には個人差があるでしょ? その差をなくして、すべての人が平等になれる利用法を、ぼくは見つけたいんだ」
王子は眉をしかめた。
「ふむ、あなたのような方は初めてだ。ぜひ、もっとお話を聞かせてもらいたいですね」
どうやら王子はクランベリーによくも悪くも興味を持った様子だ。
「っ……で、ですが――」
「いつもお世話になっております、プリンセス・クランベリー」
突然耳に入ってきた声に、クランベリーはぱっとそちらを振り返った。




