第7話 湖畔の別荘
「なるほど、それはおもしろそうだな」
シルフィネスの返答にユーティアは顔を明るくさせる。
「協力してもらえますか?」
「ああ、もちろんだ。その日はちょうど定期メンテナンスの予定だし、王女のためだしな」
軽く言うシルフィネスに、ギュスターは複雑な気持ちになった。確かに王女の頼みだし、無下にすることも出来ないだろう。しかし、だからといって深く考えずに返事をするというのも、どうなのだろうか。
「ただし、その場合はユーティアの扱いが微妙になってくるぞ。プリンセスの友人だけでは、見合いの席にいさせてもらえないだろう」
同時にはっとするユーティアとギュスター。二人ともそこまで考えていなかった。
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「大丈夫だ、同席せずとも作戦は成功させられる」
そう言ってシルフィネスはどこか得意げな顔をした。
「会場は湖畔の別荘だろう? あそこには広いバルコニーがあったはずだ。そして見合いは通常、中庭で行われる」
「それで?」
「つまり、その時間にお互いの顔が見える位置にさえいればいいということだ。あとはこっちで何とかする」
頼もしい発言を受け、ユーティアは興奮気味に聞き返した。
「じゃあ、シルフさんたちに任せてしまってもいいんですか?」
「ああ、任せてくれ」
ユーティアは喜びでいっぱいになりながら礼を言った。
「ありがとうございます、シルフさん!」
* * *
親愛なる弟、オークライト=ティースへ
お久しぶりです。人づてにあなたが私を心配していると聞きました。あなたが初めて軍へ入ったあの日のように、また私を呼び戻そうとしているのでしたらお断りさせていただきます。
あの頃はまだ幼かったあなたを、今さら責めるつもりはありません。アルバライトに対しても同じです。
私は今の生活に十分満足しているのです。何度も言っていますが、アデュートール家とはもう関わりたくもありません。
これ以上、終わったことを蒸し返すのはやめてください。私にとっては思い出したくもないことです。そしてあなたにとっても、アルバライトにとっても同じはずです。
どうか、今はそれぞれの人生を歩みましょう。
サジェスライト=ノーアより
* * *
「ダリウス、これをオークライトに届けてくれませんか?」
と、深夜の本部でノーアはダリウスに一通の封筒を手渡した。
「え、オレがですか?」
「あなたにしか頼めないんです」
いつもと違って弱気な表情を見せた彼を見て、ダリウスは少し戸惑いながら受け取った。
「明日になってもいいですか?」
「ええ、かまいません」
そしてノーアは机の上を軽く片付けると席を立った。
「それでは、よろしく頼みましたよ。おやすみなさい」
「……はい」
身一つで廊下へ出て行くノーア。今夜も彼は、仮眠室の一角で夜を過ごすのだろう。
憧れていた彼の現実にため息をつきながらも、その彼に個人的な頼みをされたことが皮肉にもうれしくて、ダリウスは封筒を軍服のポケットへ大切にしまった。
「王女のためと言われても、ユーティアの頼みじゃなかったら絶対に断ったわ」
目的地に着くなり、ミシュガーナはそう言った。車椅子に取りつけられた魔宝石に手を触れて、車輪を動かし始める。
シルフィネスはその横へ並んで彼女の黒い頭を見下ろした。
「そんなこと言うなよ。今のうちに恩を売っておけば、将来安泰だぞ」
「何言ってるの、私はこの能力を売り物にするつもりはないのよ? ただシルフィネスやユーティアのためだから、予言を伝えてあげてるだけだわ」
相変わらず生意気な少女だ。
シルフは呆れながらもくすりと笑った。
「で、改良の結果はどうだ?」
「まぁまぁ、ね。魔宝石の扱い方には慣れてきたし、乗り心地もよくなってるわ」
「だろうな。今日は外出するっていうから、車輪もいつもと違う丈夫なやつにしておいたんだ」
するとミシュガーナはちらりとシルフを見上げた。
「どうりで重たいと思った」
「気づいてたのか?」
「気づかないわけがないでしょう。車椅子は私の下半身よ」
「なるほど」
シルフは興味深く思い、うなずいた。実際に使っている者にしか分からない感覚があるからこそ、研究もやりがいがあるというものだ。
話に聞いていた場所を目指し、二人は湖畔の様子を楽しみながら進んでいった。
バルコニーですがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んで、ユーティアは振り返った。
「すごくいいところですね、ノーアさん」
彼女の笑顔は無邪気そのものだったが、まさか避暑をさせるためだけにプリンセスが同行を求めたとは思えない。ノーアはにこっと笑みを返したが、心の中では怪しんでいた。
「湖へ来たのは初めてですが、すごく気に入りました」
「そうですか」
バルコニーの下では見合いの席が準備されているところだった。地面に設置されたパラソルが陰を作っていて、ここからではあまり顔が見えなさそうだ。
それならそれでいいのだが、ノーアは心配だった。クランベリーが何か企んでいることは分かっているが、詳しくは知らないのだ。ユーティアが何かするのかと思っていたが、その彼女は二階のバルコニーにいる。ということは、彼女を通じて誰かに協力を求めたのだろうか?
別荘のメイドが紅茶とお菓子を持ってきて、こちらでもお茶の用意が始められた。
ユーティアは白い椅子へそっと腰をおろすと、紅茶がグラスへ注がれるのを待つ。
「そういえば、ノーアさん」
ふと思い出したように彼女は護衛へ目をやった。
「以前もお聞きしましたけど、プリンセスのことはどう思ってるんですか?」




