第6話 オークライト=ティース
翌日、ユーティアは王女に誘われて庭にいた。
「ぼくね、お見合いさせられるんだって」
日陰のベンチに腰かけたクランベリーの告白に、ユーティアは目を丸くした。
「お見合い、ですか?」
「うん。隣の国の王子様なんだけど、貿易で発展してきてて、この国の将来的にも有益なことなんだって」
ユーティアの護衛をしていたノーアは視線をそらす。それは昨夜、彼女が話そうとして話せなかったことだった。
「ぼくがその人と結婚したら、ぼくはその人と一緒にこの国を治めていく。だけど、お母様は心配してるんだ」
「どうしてですか?」
「王子様はエノータ派なんだ。つまり、この国もまたそうなっていく可能性があるってこと」
ノーアは口を閉じていた。クランベリーの言わんとしていることは理解できたが、軍属の一級魔法使いが口出しすることではない。
「お父様はこの国を発展させるために乗り気でいるけど、ぼくはやっぱり……」
と、クランベリーは彼を見た。
その様子に気づいたユーティアは、少し迷ってから言う。
「どうにかして、失敗させられないでしょうか?」
「ユーティア……!」
目を輝かせるクランベリーに、ユーティアは微笑んだ。
「自分が嫌なことは、するべきじゃないと思いますから」
しかしクランベリーはすぐに元の表情に戻り、うつむいた。
「でも、ただ失敗させただけじゃどうしようもないよ。ぼく、ただでさえこんな格好してるから」
と、両足をぶらぶらさせる。見た目だけで相手に嫌われることは想定済みらしい。
「そうですよね……」
髪は短いし、おてんばでわがまま。淑女には程遠く、それでいて妙に大人びた考えを持つ王女様。多くの人は見た目で彼女を変な人だと決めつけ、遠ざけるだろう。彼女自身が拒否の意思を見せれば、きっと見合いは失敗になる。しかし、それは表面上の失敗に過ぎない。
「決定的な、根本的なところからどうにかしなくっちゃ」
と、クランベリーはため息をつく。
ユーティアも口を閉じて思考したが、良案は浮かばなかった。その代わりに浮かぶのは一つの疑問だ。
「あの……プリンセス、ちょっと聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「プリンセスは、その……」
と、口ごもってから少女の耳へ口を寄せた。
「やっぱりノーアさんのこと、好きなんですか?」
クランベリーは目を丸くしたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「うん」
無邪気な笑みに見えたが、その瞳の奥には確固とした意志がある。
彼女の想いが、自分のギュスターに対するそれと同じであることに気づき、ユーティアはうなずいた。
「それなら、本当によく考えなきゃいけませんね」
ノーアは少女たちの様子を怪しんだが、わざわざ追求しようとは思わなかった。いずれそうなることは分かっていたからだ。そうなった時に、自分がどうすべきであるかということも。
クランベリーはじっと口を閉ざしているノーアをちらりと見てから、ユーティアへ言った。
「じゃあユーティア、ひとつ頼んでもいい?」
「はい、何ですか?」
首をかしげる少女に、王女はひそひそと声をひそめて頼みごとをした。
「……それは、問題だな」
と、ギュスターは苦い顔をする。
昨日、プリンセス・クランベリーから頼まれたことを実現できるかどうか相談したところだった。
「ユーティアが付き添いで行くことは可能かもしれないが、あとは本人に直接聞くしかないだろう」
「そう。やっぱり難しいかしら……」
ため息をつきながら、ユーティアは淹れたての紅茶へ手を伸ばした。
「いや、ちょっと待て。その見合いの日っていつなんだ?」
「昨日は八日後って言ってたから、あと七日後ね」
と、一口飲み込んで、ほっと息をつくユーティア。
ギュスターはその日が何を意味しているのかひらめいて、彼女へ言った。
「それって完全に仕組んでるじゃないか」
「え、偶然じゃないの?」
「偶然だとしても出来すぎてる。というか、あの王女……っ」
と、ギュスターは言葉を飲み込んだ。言いたいことはあるが、立場上、口には出来なかった。
「いい意味でこの国の将来が不安だな」
そう言ってため息をつく。
ユーティアは彼の意図が分からなかったため、話を戻した。
「とりあえず、シルフさんを呼んで話してみるしかないわね。駄目なら仕方ないし」
本部へ資料を取りに来たダリウスは、久しぶりに見る顔を見つけて声をかけた。
「よう、ティース」
軍人にしては細く頼りない体格の青年が振り返る。
「あっ、ダリウス。どうしてこんなところに?」
「それはこっちの台詞だ。今日は野外訓練じゃなかったか?」
と、ダリウスはオークライト=ティースの前まで来てたずね返す。
通常の部隊員たちには特別神衛部隊のことは知らされていないため、いつでも話を合わせられるよう、スケジュールはすべて頭に入れてあった。
栗色の頭をした彼は苦笑いを浮かべ、同期生へ言った。
「この辺りに兄さんが隊長を務める本部があるって言うから、みんながいない間に探そうと思って」
昔から彼は嘘をつけない性格だ。
ダリウスはどう返そうか迷ったが、一般兵である彼に本当のことは言えなかった。
「訓練サボって兄貴探しかよ、いい加減あきらめろって」
「そう言われても、僕くらいしか兄さんには会えないんだからしょうがないでしょ? 手紙の一つもよこさないから、両親もずっと心配してるし」
ティースは次男を追って軍人になったことで、アデュートール家と彼とをかろうじてつないでいた。
「そういえば、ダリウスは何でここに? 確か、新しいところに配属されたって聞いたけど」
「ああ、オレね、今はお偉いさんの世話係やってるんだ」
「秘書ってこと?」
「うーん、むしろ奴隷?」
ティースが笑い声を上げ、ダリウスも笑ってごまかした。
「今も資料取って来いって言われてさ、そのお使いの最中なんだよ」
「そうだったんだ。じゃあ、僕はもう戻るね」
「おう、またな」
と、ダリウスは歩き出した彼を見送った。




