第2話 ノーアの兄
「おいしいねー、ユーティア」
「はい、すごくおいしいです」
晴天の下、中庭に設置されたテーブルを囲んで、ユーティアはクランベリー王女とお茶をしていた。
「こっちはね、今流行のお菓子なんだってー」
「流行ですか? 気になります」
と、ユーティアは王女の指さしたクリーム菓子を一つ手に取り、口へ運んだ。
「どう? おいしい?」
「はい……甘くて、とろけちゃいそうですっ」
と、ユーティアは目をキラキラさせた。
クランベリーはにっこり笑って、自分も同じものを手に取る。
少女たちがのんびりとお茶を楽しんでいる間、ギュスターは周辺を警戒していた。闇魔法の件はだいぶ落ち着いてきているが、まだ安全だとは言いきれない。
「本当だー、これもおいしい!」
と、明るい表情を浮かべるクランベリー。その姿はあいかわらず少年にしか見えなかったが、見慣れた今では特に何とも思わなくなっていた。
夏の日差しがまぶしいが、吹いてくるそよ風は心地いい。
こんな風に贅沢に時間を過ごすことなど、以前は考えられなかったユーティアだが、今ではすっかり慣れていた。
お茶が進んだところで、ふいにクランベリーが言いだした。
「そういえばねー、政治家のアデュートールって人知ってる?」
「政治家さん、ですか? すみません。わたし、難しいことはあまり……」
と、臆するユーティアにクランベリーは言った。
「そうだよねー。知らなくて当然だと思うけど、ノーアのお兄さんだよ」
「え、ノーアさんにお兄さんが?」
と、今度は目をまん丸にするユーティア。
クランベリーはおかしそうにくすくすと笑うと、ふとギュスターの方を見た。
「この話、ギュスターも聞いといてね」
はっとして視線を向けるギュスター。
それを確認してから、金髪の少女は話を始めた。
「本名はアルバライト=オーフェ・エルフィリード・アデュートール。最年少で大臣に任命された実力派なんだけど、教会のことでちょっと問題が起きてるみたいなんだ」
「教会、というと?」
「アルファズルを信仰するグロエニス派と、ローズルを信仰するエノータ派。そのうちのエノータ派の肩を持つのが彼なんだよ。どうしてそうなったかは分からないけど、今まで力のなかったエノータ派が彼を通して権力を持つようになるんじゃないかって、みんなが心配してるの」
その幼い顔からは想像も出来ない類の話だった。王女である彼女が政治を知っていてもおかしくはないが、見た目の割りに大人びた印象を与える。
「しかもエノータ派って言ったら、悪神ローズルを現実世界に呼び出そうとして何度も問題起こしてるでしょ? だからね、ユーティアが狙われてもおかしくないと思うんだ」
と、王女はユーティアを心配そうに見つめた。
息をついたギュスターは彼女たちへ一歩近づき、口を開く。
「そういえば、エノータ派は禁忌にも深く関わっていると聞きました。その線で一度、調べてみる価値はありそうです」
今も牢獄につながれている翼を持つ者もまた、エノータ派と何らかの関わりがあったかもしれない。そう思っての発言だった。
ユーティアは押し黙ると、重く息をついた。
「わたし、まだしばらくはここでお世話になるのね……」
彼女が故郷へ帰る日は遠い。
クランベリーはそんな彼女にどんな言葉をかけるか迷い、そして口にした。
「大丈夫だよー、ユーティア。十年くらい経てば帰れるよ」
その直後、ギュスターはたえきれずため息をついてしまったのだが、王女は首をかしげるだけだった。
「ねぇ、メイリアス」
その夜、ユーティアは親友へたずねた。
「ノーアさんのお兄さんのことって、知ってる?」
寝巻きへ着替え終えたユーティアは、ベッドの方へ向かっていった。就寝する直前のことだった。
メイリアスは彼女の脱いだ服を片付けながら答える。
「知ってるわよ、少しなら」
「どんな人なの? 顔はやっぱりノーアさんに似てたりする?」
と、ユーティアは振り返った。
ベッドの端にそっと腰かけ、返答を待つ。
「そうね……似てはいないけど、紳士的な人だと聞くわ。ただ、その一方で悪い噂も立ってるし、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるわね」
メイリアスはかごをその場に置くと、ユーティアの方へ向かった。そっと隣へ腰を下ろして口を開く。
「政治家としての指導力はあると思うけど、あの人……子ども時代は大変だったみたい」
と、メイリアスはやや声をひそめた。
「大変って、たとえば?」
「考えてごらんなさいよ、弟があれよ?」
と、メイリアス。
ユーティアははっとすると、小さめの声で聞き返した。
「もしかして、ノーアさんと仲悪いの?」
「悪いどころじゃないわ。天才の弟に話題も名声も取られて、すごくみじめだったらしいの。今でこそ政治家として手腕を発揮してるけど、少し前までは影が薄かったくらいよ」
「そう……」
ユーティアはうつむいた。ノーアの家庭事情を知ってしまい、何だか嫌な感じがしていた。もしかすると、知らない方がよかったかも分からない。
「まあ、詳しいことは本人に聞いたら? 教えてくれるか分からないけどね」
と、察したメイリアスが立ち上がる。
ユーティアは力なく笑いかけるだけで、何も言い返せなかった。




