第1話 精霊との契約
愛するギュスター様へ
もう夏も残り一月になりましたね。お仕事の方はどうですか? ダリウスさんはほぼ毎日メイリアスに会いに来ていますが、もう忙しくはないのでしょうか?
わたしはあれから魔法と精霊について学んできましたが、やっぱり精霊との契約は出来そうにありません。シルフさんいわく、わたしのような特別な人間には特別な契約しか出来ないのだそうです。
はるか昔、古代の宿り主の人もそうだったみたいで、それらしき記述のされた資料を見せてもらいました。やっぱりわたしは、他の人とは違うんですね。
今では当然のことだと分かるし、実感も出来るけれど、わたしは早くアルグレーン村へ戻って両親や友達に会いたいです。
たまにはギュスターも、帰りたいと思いますよね?
イザヴェル城のユーティアより
* * *
本のページをめくるシルフィネスをながめていた。
ふいに視線に気づいたのか、彼が顔を上げてこちらを見る。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ……」
ノーアははっとして言いよどむ。言うべきことはあったが、賢い彼に通じるかどうか怪しかった。
しかし彼が首をかしげる様子を見て、ノーアはそれまで考えていたことを口に出すことにした。
「シルフは、一級魔法使いになるつもりはないのですか?」
「……ええ、今のところは」
と、少々不思議に思いながらも返答するシルフィネス。
ノーアは落胆するような口調で言った。
「そうですか。……私は、あなたにはその力があるように思えてならないのですが」
するとシルフィネスは目を丸くした。予想外の言葉に驚き、とっさに本をぱたんと閉じてしまう。
「ですが……まだ、俺には上級精霊を呼び出すことなど――」
「あの時は出来たでしょう?」
と、闇魔法の勢力の首領ヘルと戦った時のことを思い出させる。
シルフィネスは悩んだが、言った。
「……それは、ギュスターがいたからであって、俺の実力とは関係ありません」
予想通りの返答にノーアは息をついた。
「それなら、すべてお話しましょう」
と、席を立つ。
窓の外に広がる演習場をちらりと見てから、ノーアはシルフィネスのそばへ立った。
「あの時、何故私が最後に風の精霊シルフィードを残したのか……それは、あなたに賭けたからなんですよ」
「俺に?」
「以前から気になっていたんです。シルフィネスにはそれだけの力があるはずなのに、何故自分の得意とする上級精霊とすら契約していないのか……拒否されたのかもしれないと考えたこともありましたが、実際にそれは可能でした」
シルフィネスはじっと口を閉じ、困惑していた。
「つまり、問題はあなた自身にあったというわけです」
「お言葉ですが、俺は今のままでいいと思っています。この肩書きだって、研究を進めるために手に入れたものですから」
と、はっきり告げるシルフィネス。
「それに、あの時の痛みを俺は二度と味わいたくありません」
思い出したように苦い顔をし、ノーアへ視線をやる。
するとノーアは、あからさまにため息をついた。
「分かっていませんね、あなたは」
「え?」
「精霊というのは、私たち人間の味方をしてくれますが、それだけではないんですよ。契約をする根本的な理由は、彼ら精霊が少しでも長く生きるためなんです」
狭い室内の宙に視線をやって、ノーアは呪文を唱えた。
「ギューフ・サラマンダー」
ふわりとその場に現われる炎の精霊。身にまとった炎が室内の温度を上げ、なめらかな肢体で羽もないのに宙を舞う。
「この痛みは、そもそも彼らのために必要なものなんです。そうですよね?」
サラマンダーはこくりとうなずいた。
「精霊の世界はシビアなんです。今は争いもなく平和ですが、そのせいで精霊たちの寿命は縮む一方だそうです」
「寿命が縮む? それじゃあ、魔法使いが精霊たちと交わす契約というのは……」
「その血を飲むことにより、力を共有するための道筋を生み出し、そこから私たちの力を吸い取って生命力へ変換しているのです。だから私は、あらゆる精霊たちと契約を交わしました」
サラマンダーはノーアの肩へ降り立つと、なつくように身体をすり寄せた。
「このことは、本当に力ある者にしか教えられないことだそうですが、あなたは特別です」
と、ノーアは笑う。
「……そうだったんですか。じゃあ、精霊が契約者を選ぶというのも、それが理由なんですね」
「ええ、そうです。精霊からすれば、契約者は自分の命も同然なんですから、慎重になるのも当然でしょう」
シルフィネスはノーアになついているサラマンダーを見つめた。上級精霊を間近に見るのは初めてではなかったが、こんなにゆっくりながめたことは一度もない。
「俺たちには、何か悪影響はないんですか?」
「ありませんよ、もちろん。ただ取り消すことが出来ないだけで、私たちの寿命が縮むということも一切ありません」
「そうですか……それなら、少し考えてみます」
そう言ってシルフィネスはノーアと目を合わせた。その言葉に嘘はなかった。




