エピローグ2
「ようやく終わったみたいね」
「いや、まだすべて片付いたわけじゃない」
魔宝石を取り替えたばかりの車椅子で、ミシュガーナは庭を散歩していた。
「ユーティアの安全がちゃんと保障されるには、まだまだ時間がかかるだろう。現在捕らえられている闇魔法の奴らの処分も、まだ決まってないしな」
と、隣を歩いていたシルフは返した。
「それでも、もう忙しくはならないんでしょう? よかったじゃない、シルフィネス」
ミシュガーナがそう言うと、シルフは呆れたように鼻で笑った。
「そうだな。もうお前の予言を聞くこともなくなるだろう」
「それは私にとってもありがたいわね。もうお城に行くのは嫌だったの」
と、少し生意気に返せば、シルフが呆れた顔をする。
「今さらだが、本当にお前って可愛くないよな」
ミシュガーナは笑って彼を見上げた。
「そうかしら? シルフィネスだって優しくないわ」
「……あのなぁ」
いつの間にか長くなっていた日が二人を見下ろす。
「そういうことじゃないだろ。お前はまだ子どもなんだから、もっと子どもらしくしろよ」
「いいじゃない、別に」
ミシュガーナは速度を上げたが、シルフは追うこともせずにそのうしろ姿をながめる。庭の木々を風が通り抜け、彼女の髪を揺らした。
そしてシルフがため息をつくと、車椅子が唐突に方向転換してこちらを向いた。
「でも私は、そんなあなたも好きよ!」
思わず足を止めたシルフに、ミシュガーナは無邪気に微笑む。足元を過ぎたそよ風に、車椅子はまた前方を走りだしていく。
「……おい、ミシュガーナ!」
我に返ったシルフはすぐにその後を追って走り始めた。
彼女が大人びた表情を見せる一方、自分に対しては生意気で可愛くない子どもになるのも、シルフはすべて知っているつもりだった。だが、予言者である彼女には加えてどこか、人より成長の遅れた部分があるらしい。
「何、シルフィネス」
「あんまりはしゃぐと疲れるぞ。それにもうじき夕方だ、そろそろ戻ろう」
「そうね。でも、まだ帰りたくないわ」
「は? 何でだよ」
「私のこと、可愛いって言ってくれたら、帰ってもいいわよ」
シルフは車椅子を捕まえて、無理矢理方向を転換させた。しかしミシュガーナはこちらを見上げて待っている。
呆れてため息をついた後、シルフは言った。
「お前は可愛いよ、憎たらしいくらいにな」
「はい、ギュスター」
と、ユーティアは、病室で静養を続けているギュスターへ数冊の本を手渡した。
「シルフさんが、お前はもっと魔法について知るべきだって」
「は? どういうことだ?」
ギュスターはあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。
ベッド脇の椅子に腰を下ろしたユーティアは言う。
「わたしにもよく分からないの。でもシルフさんが言うには、契約を交わしたなら最後まできっちり責任取れって」
「……意味が分からないな」
「それとノーアさんも、契約は一度したら二度と取り消せない、永久的な物だって言ってたわ」
彼らの言葉を理解出来なかったギュスターは、渡された数冊の内、一番上にあった本を手に取った。
「まあ、どうせやることもないんだからいいんじゃない?」
そう言ってユーティアは椅子を立ち、棚の上の花瓶に手を伸ばす。
「お水、入れ替えてくるわね」
ぱたぱたと部屋を出て行く音がし、ギュスターはぱらぱらとページをめくる。難しい文章の羅列にすぐ飽きてしまったが、ふと本の最後に手紙が挟まれていたのに気づいた。
『どうやらお前は最高神と契約を交わしているらしい。死なずに済んだのもそれが理由だろう。契約の儀式については百十二ページ参照。』
シルフからの物であるとすぐ分かったが、ギュスターは首をかしげた。契約なんてまったく身に覚えがない。
ギュスターは詳しいことを知ろうと、そこに書かれていたページを開いて見た。
「植物って素敵よね、目で見るだけで体調が分かるんだもの」
と、戻ってきたユーティアは花瓶を元の位置に戻す。
それから椅子に腰を下ろしたユーティアに、ギュスターは本を閉じてたずねた。
「なあ、俺……ユーティアの血を舐めたことって、あったっけ?」
ユーティアは怪しむ様子もなく答えた。
「血? ああ、そういえば、そんなこともあったわね。確かあれは、わたしが十二歳の時だったかしら」
ギュスターの顔が心無し青ざめていく。
「わたしが小さい子たちに果物をむいてあげようと思って、ナイフで指を少し切っちゃったのよね。そしたらギュスターが、恥ずかしげもなく……」
言いかけてユーティアは目をそらした。
「あ、あの時、わたし、すごく恥ずかしかったんだからね! みんながいる前で、本当に自然に、ゆ、指、舐められて……!」
そして互いに気まずい沈黙が訪れる。まさか幼い頃の些細な出来事が、こんな結果につながるとは思ってもみなかった。
「そ、そうだったな。ごめん、ユーティア」
「別に、今はもう、いいけど……」
と、ユーティアは言うが、その顔はうつむいたままだった。
ギュスターはごまかすようにに再び本を開く。
ユーティアは気を紛らすように窓際へ向かった。まだ太陽は傾き始めたばかりだ。
「でもギュスター、何でいきなりそんなことを?」
と、ユーティアは彼を振り返る。
「ああ……なんとなくだ。気にするな」
シルフの言いたいことがよく分かった。――契約は二度と取り消せない、取り消してはならない。
「そう言われると、気になっちゃうわ」
彼女と彼女の中に宿る最高神を守るのは、自分だけだということ。
「お前は知らなくていい。どっちにしろ、この事実は変わらないんだから」
「何それ、どういうこと?」
不満そうに首をかしげる彼女に、彼はふっと微笑んだ。
「俺たちは一生離れられない、ってことさ」




