エピローグ1
「もう四月も半分終わったな」
「ええ、せっかくの長期休暇も台無しね」
清々しく輝く太陽の下を、ダリウスとメイリアスはのんびり歩いていた。
「結局休み無しだったもんな。そろそろ休みたいぜ、マジ」
と、ダリウスが空に向かって伸びをする。
「あたしだって休みたいわ」
そう言いながらメイリアスは、城内を行き来する侍女たちへ目をやった。
隣を歩く彼女を見ながら、ダリウスはふとたずねる。
「……事件が終わりかけた今だから聞くけど、お前はさ」
「何?」
「あいつらとは、どこまで関わってたんだよ?」
帽子の下に覗く赤髪が、陽光を受けてきらきらしていた。少しうつむいたメイリアスは、糸をつむぐように声を出す。
「最初にあたしに声をかけてきたのがヘル。それ以降は、ずっとハティが連絡役だったわ。彼らの求める情報はすべて話してた。あたしはあくまでも、ただの情報屋だったの」
「やっぱり、理由は金か?」
「……ええ」
ダリウスはため息をついた。今さらながらに悔しくなって足で土を蹴ると、大地の匂いが一瞬鼻を突いた。
「もっと早く言えばよかったな」
つぶやきに返事はない。
ダリウスは立ち止まり、空を見上げた。呼吸を一つしてから、はっきりと告げる。
「メイリアス、今夜オレの家に来ないか?」
少し先で止まったメイリアスがこちらを振り返る。
「両親に紹介したい」
ダリウスは視線を下へずらし、彼女をまっすぐに見つめる。
「遅くなっても構わないからさ。行こう?」
普段の彼らしくない優しい問いかけだった。いつもはへらへらしている顔が、今は大人びた笑みを浮かべている。
メイリアスの胸がどくんと高鳴った。
「で、でも、深夜になっちゃうわ」
と、メイリアスが遠慮がちに答えると、ダリウスは一歩踏み出した。
「少しでも早く、オレはお前と結婚したいんだ。じゃないとまた、金に釣られてどこか行っちゃうだろ」
真面目な口調だった。距離が縮まったせいで、彼が一段と大人びて見える。
「……でも」
と、なかなか踏み切れないメイリアスにダリウスは痺れを切らした。
「本当ならすぐにでも拘束してやりたい、もうお前に裏切られたくないんだ」
力強い腕がメイリアスを抱き寄せる。
軍服の向こうから伝わる鼓動の音に、メイリアスは唇を噛んだ。――信じてくれる人がいる、今でも信じ続けてくれる人が……。
「……あたしだって、もう嫌よ」
メイリアスがそう返すと、ダリウスは「うん」と、うなずいた。
それから互いの顔を見つめ合って、ダリウスが緊張した様子で言う。
「あ、その……キスしても、いいか?」
その問いにメイリアスはムカッとした。まったく、女心というものを分かっていない。
「馬鹿! だからあんたは魔法使いになれないのよっ」
と、彼へ背を向けて歩き出す。
何故怒られたのか分からないダリウスは、慌ててメイリアスの後を追った。
「それは今関係ないだろ!? 意味分かんねぇよ! おい、メイリアス!?」
「お疲れさまだね、ノーア」
明るく陽光の差す私室で、クランベリーは心配そうに微笑んだ。
ノーアは笑い返さずにため息をつく。
「ええ、本当に疲れました」
そして部屋の隅に置かれたベッドへ腰を下ろす。
クランベリーもその隣へ腰かけるとたずねた。
「大丈夫?」
ノーアは首を横に振った。
「大丈夫じゃないでしょうね。正直言って、とても眠たいです」
いつもの彼らしくなかった。ましてや、弱音とも取れる言葉を口にするなんて珍しい。
クランベリーはますます心配になったが、どう言葉をかけたらいいか分からなかった。
「少しの間、眠らせてもらってもいいですか?」
と、ノーアは無造作に身体をベッドへ横たえ、眼鏡を外す。
彼の言動についていけないクランベリーは困惑しつつもうなずいた。
「え、うん。でも、お仕事は?」
「ここのところ休み無しだったので、今日の午後だけ休みなんです」
「午後、だけ?」
「ええ、午後だけです。まだやるべき仕事はたくさんありますが、たまにはサボるのも悪くありません」
普段は真面目なノーアがそう言ってあくびをし、クランベリーは笑みを浮かべた。
授業時間外に彼がこの部屋を訪れることは何度かあったが、今日は仕事からの逃避が目的らしい。
「誰も探しには来ない?」
「そうですね、来るかもしれません。でもあなたが一緒に眠っていれば、きっと誰も起こそうとはしませんよ」
ノーアはそう言うとクランベリーの腕を引いて、優しくその身体を引き倒した。
「ノーアが甘えるなんて、本当に珍しいね。何か他にもあったんじゃないの?」
「いえ、ただ疲れただけですよ」
二人して寝そべりながら、束の間笑い合う。
「それにしても、勢力の首領が女性だったとは驚きでした」
「その人、ノーアと同じ一級魔法使いだったんでしょ?」
「ええ、実力は私と同じか、それ以上……消えたはずのシェイドを呼び出して、使役するくらいですからね」
「すごいね、その人。そんなに強いのに悪いことしちゃうなんて、もったいないよ」
と、寝返りを打ってクランベリーは天井を見上げた。
「私もそう思います。彼女自身は闇に染まっていなかったから、いつだって引き返そうと思えば出来たはずです」
「引き返す……かぁ。その人、本当は迷ってたんじゃないの? 光に生きるか、闇に生きるか」
ノーアは妙に大人びた横顔をじっと見つめる。
「決断できなかったから、どちらでもなかった……と?」
「うん、ぼくはそんな気がする。じゃなかったら、すぐ闇に染まってるよ」
ノーアはいつもと変わらないクランベリーを見つめると、その華奢な身体を抱き寄せた。
「確かにそうかもしれません。あなたという方は、本当に賢いですね」
「の、ノーア?」
ぎゅっと抱きしめられて、クランベリーの頬が紅潮する。互いに伝う温もりは、揺らめく炎のように熱かった。
「……好きですよ、クランベリー」




