第45話 精霊の頂点に立つ者
どこからかまぶしい光が生まれ出ると、あっという間に闇を凌駕してしまった。その光がギュスターの剣に力を宿し、精霊たちも再び立ち上がる。
シェイドの動きが鈍っていた。ギュスターは導かれるように、強く剣を握り直す。
「――これで終わりだ!」
まばゆいほどの美しい輝きと共にギュスターは剣を振り上げ、その大きな身体を切り裂いた。
うめき声をあげたシェイドは足掻きながら、だんだんと色を失くしていく……。
闇が急激に衰えていくのに気を取られていたヘルは、次の瞬間、矢が脚に直撃した痛みで我に返った。
「っ、ウル・イス! ギューフ・リント――」
慌てて口を開いたヘルだが、首にナイフを突きつけられて押し黙る。シルフはヘルをにらみながら問う。
「もう終わりだ。今ここで殺されるのと、一生檻の中にいるの、どっちがいい」
跡形もなく消え去ったシェイド、こちらに向けられている弓矢。
「……どうぞ、殺しなさい」
ダリウスが弓を引き絞った。精霊たちはその場に倒れたギュスターを見守るように、徐々に姿を消していく。
ふいにシルフはナイフを引いた。その直後、ヘルの横を弓矢がかすめて行く。
シルフが静かに背を向けると、ダリウスはへにゃりと笑った。
「紳士に美人は殺せねーよ」
部屋の外から騒がしい音が聞こえた。顔をのぞかせた衛兵たちは、そこに広がる惨状に声を失う。
シルフは到着が遅すぎた彼らへ言った。
「あいつを地下に連れて行け。それと、医者を頼む」
夏の空気が廊下に充満していた。
「やっぱり、あいつは強いな」
四月に入ってすでに一週間が過ぎていた。シルフのつぶやきにダリウスは顔を上げる。
「何言ってるんだよ、お前だって強いじゃん」
「お前には分からなかったかも知れないが、あいつは精霊に愛されてる。俺が上級精霊を使役できたのも、たぶんあいつのおかげだ」
そう言ってシルフは手にした書類に目を落とした。
あれからメイリアスは翌日から仕事へ復帰し、魔力を使い果たしたノーアもわずか一週間の療養で以前の体調を取り戻した。
「考えてみれば納得出来るだろう。闇の濃くなる夜に、闇の上級精霊とあんな間近で戦ったんだ。普通の人間ならとっくに死んでる」
「闇に触れたも同然、か」
あの場にいた人間でまだ目覚めていないのはギュスターだけだった。息はあるが、意識が戻っていないのだ。
「それに加えて、その前に大勢を相手に戦っていたんだ。その時点で意識を失っていてもおかしくないのに、よく来たよな」
「……そうだな。でもさ、最高神が精霊だったのは盲点だったよな」
と、ダリウスが言って、シルフは言葉を返す。
「正しくは精霊の頂点に立つ者だ。それを俺たち人間が神として崇めていたおかげで、精霊という認識はすっかり薄れていた。まあ、儀式を中断できたのが救いだな」
「確か、口付けの後に精霊の宿っている証に手を触れて詠唱、だろ。やる側としては面倒な儀式だよなぁ」
「詠唱の言葉は、その属性によって違ってくるしな」
シルフがそう付け足すと、ふいにダリウスはこちらを見た。
「そういやシルフ……ユーティアのことだけど、お前さ」
横目にそちらを見てシルフはさらりと言う。
「ああ、好きだった。いや、今も好きだな」
「やっぱりか……でも、何で立ち直ったわけ?」
その問いにシルフは特に何か思うわけでもなく、答えた。
「あきらめるしか無いからさ。何しろ、あいつは盾だ。彼女を守れるのはあいつしかいない」
「何だよ、それ」
「上級精霊は契約がないと扱えないだろ? それと同じで、契約を結んだ者が互いを助け合うように、最高神にも盾となる存在が必要だったんだ」
すると、ダリウスは首を傾げた。
「でも、ギュスターは精霊じゃないぞ」
「しかしユーティアは宿り主だ。どちらかに力があるなら、契約が成立したっておかしくはない」
「……じゃあ、あいつらはその契約を?」
「したんだろうな。きっと、他の精霊たちに愛されるのもそういうことだろう」
魔力を封じられたヘルは、平凡な一人の女性だった。
「本名はヘレンディーゼ・スリュムヘイム、出身はグラズヘル、年齢は二十五歳。これで間違いありませんね?」
ヘルがうなずくのを見て、ノーアはさっそく質問を始める。
「何が目的だったんですか?」
檻の中の彼女は素直に答えてくれた。
「最高神を蘇らせて、時を止めたかったの。……時代は変わってしまうから」
「難しい望みですね。最高神にはそれが出来ると思ったんですか?」
「もちろん、だってこの世界を作った人よ。時代の変わらない世界だって、創造できるはずでしょう」
懇願するような瞳でそう言った彼女に、ノーアは冷たい言葉を浴びせる。
「最高神がこの世界を作ったのなら、時代が変わるようにしたのも最高神です。自分の作り出したものをたった一人のために作り替えるほど、最高神は優しくないでしょう」
「……」
ヘルはうつむいた。冷たい地下牢で、今まで自分のやってきたことをすべて否定されたようで悲しかった。
「ですが、あなたにも事情があったのでしょうね。それまで否定する気はないですよ」
と、ノーアは言った。
顔を上げたヘルの目に映ったのは、優しい微笑みだった。




