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「ご飯ができたよ。」

「んー……あと5分」

 日差しが差し込む薄暗い部屋の中に、古くさいベットに寝転んでいる私と、それを見てため息を吐いて呆れている彼がいる。

 私の名前は、「テューラ・マンダ」だ。マンダとみんなからはよく呼ばれている。仕事は言語学者で、未解明な言語を翻訳するのが仕事だ。肩まである長い茶髪に、人より少し大きな赤色の目をしていて、いまはミノムシのように寝巻き一枚だけを着て布団にくるまっている。

 猫の獣人である彼の名前は、「テューラ・カイラ」だ。私は彼と呼んでいる。仕事は執事で、また私の夫だ。いつも名前で呼ぶのだが、執事猫の方が本人的には多いらしい。猫の獣人特有のキリッとした顔つきで、頬には横に伸びた茶色の三角模様が特徴の長くふわふわな毛並みをして、目はいつも細い。 

 布団に差すポカポカと暖かい日差しは、私を心地よさへと閉じ込めてしまっている。

 ベットの上から柔らかい肉球がせっせと揺らしてくる。うざったく思い寝返りを打ち振り払うが、それでも止まない。その力は揺するごとに強くなっていく。それに彼の爪があたってちょっと痛い。

「おい、おい!起きろ!」

「ふにぁ……うるっさいなあ起きるよ!はい起きた!」

 彼が少し声を張り上げると、やっと私は起きることができた。

 足をあげて下ろす反動で体を起き上がらせる。彼のしかめっ面なふわふわ丸顔を見てはっきりと目が覚めた。

 同時に、ヨレヨレになってしまっている服が胸元までずれ落ちた。

 「やっとか」というように彼はため息を深く吐き、腕を組んで後ろを向いた。その時見えたが、耳がひょこひょこと動いている。彼がいつも気を紛らわせようとするときによくする行動だ。

 私は大きく体を伸ばしてあくびをする。

「おはよ」

「おはよう。早く他の服着て居間にこいよ」

「ふぁあーい……はぁ、ねっむ」

 私は2回連続であくびをすると、ベットの上で気だるさを払うため足を叩いた。

 そして立ち上がり、リビングへと歩いていく。

 歩いている途中は時間が遅く感じて、いつも「あのふわふわな顔に抱きつかれてめちゃくちゃに……」などと考えている。そしてニヤニヤと気持ち悪い笑顔を彼に見られるのがいつもの日課みたいなものだ。

 燦々と照らす太陽はやはり私を眠らせにきている。つい廊下の窓の前にいると寝てしまいそうだ。

 だが寝たら彼に怒られる。あの肉球で髪の毛をぐちゃぐちゃにされる。それだけは絶対に辞めさせなければ。 


 重い足をなんとか動かして居間へと着くと、すぐにトマトの匂いと卵のこんがり焼けた匂いが漂ってきた。醤油の匂いもご飯の匂いもない。

「目玉焼き?それと、パン……。」

 私は目をこすり、その机を見た。彼がエプロンを着て朝食の準備をしている。

 予想通り朝御飯は目玉焼きとパン、それにトマトスープの煮込みだった。

「早く座りな。今日は付き合ってもらいたいことがあるんだから」

「また国王様の話?」

「よくわかったな、当たりだ。」

 少し感じていた朝の気だるさが一気に戻ってきて、体が重くなった用に感じた。

「うえぇ〜?先月もそうだったじゃん!」

「先月は国王だろ?今回はこっちの国王だ。」

「えっ、獣人の国、ファランの?」

「そうだ。」

 そう彼は平然と言う。私は驚きと混乱で髪をぐしゃぐしゃにかきあげた。

 そこでまた寝てしまおうかと現実逃避をしようとしたが、国の話ならたぶん重要なことだろうし、断ることなんて絶対できないんだろうなぁ、と落ち込んだ。

 今回はいつもより大きな厄介事になりそうだ。 


 ところで、私の仕事を紹介していなかった。表向きでは「言語学者」だが、本当の職業は「国交異種族交流長こっこういしゅぞくこうりゅうちょう」別名「国商人」をやっているのだ。 

 今住んでる国、「エーテル」に政治的な何かがあったら駆けつけて国王様の代わりに、相手国の様子を知って上手いこと解決策を考えたり、国王の補佐などいろいろな仕事を掛け持ちし、種族も跨いで友好的な繋がりを作るのが主な仕事である。 

 これは極めて重要な仕事だ。だがその仕事への責任感が重すぎて、みんなやりたくないと駄々を言っていたこともあった。

 その仕事を誰に任せるか偉い人の中で会議があり、私にその標的が向いたのか、「向いているんじゃね?」という国王様(身勝手野郎)が申した理由だけでなんとなくなってしまった。

 そのとき拒否権はなく、泣く泣くその仕事についてしまった。

 それはそう、今日のように突然と。


 

 なんだかんだこの仕事を続けてきて、早3年近く経つ頃、彼と出会った。 

 出会ったきっかけは、外交だ。

 私はその場に通訳係として居た。主に、獣人族という種族を国にどう受け入れるか、などの大事な商談があったのだ。

 そこに来た獣人側のリーダーが彼だった。

 その時見せてくれた紳士のような笑顔に、私は商談している内に一目惚れしてしまったのである。

 

 会議が終わり、結果は「獣人族を招き入れ、影響が無いかどうか監視する」となった。見事彼の説得が功を奏し、国王様がお互いがお互いを支えあえると確信し、契約内容が平和に決定したのだ。

 その後パーティーが開かれた。

 王様はパーティーがお好きなのだ。パーティーをやらなければ万事解決にならない。と宣言するくらいだ。

 もちろん今回は、相手国の獣人族も一緒にパーティーをし、もっと仲を深めていくという目的が大きい。

 そこで私は彼と踊り、その後私の巧みな会話術によってなかよくなり、そのまま静かなベランダへ二人だけで行った。城の灯りと輝く月明かりに照らされながら向き合い……


「好きです。」


 と一言だけ言った。彼と出会ってからずっと練習した言葉。獣人がお付き合いを提案するときに使う言葉だ。

 獣人族の言語はある程度知ってはいるのだが、話すのは下手であり、それに昼まで翻訳の仕事をして疲れていたので、舌を噛みそうになったのを覚えている。

 未だに彼の赤く火照った顔を覚えている。耳が倒れ、毛が逆立ち、目が丸になり、口を押さえて尻尾もピンとして可愛かった。美人で紳士なのに、その時だけは可愛かった。


「よろこんで。」


 その告白を、彼は快く受け取ってくれた。

 拍手喝采はなかったものの、私たちにとっては最高の瞬間であった。



 それからもう5年。

 すっかり仲良しカップルになってる今でも、彼の容姿は変わらない。

 むしろ私が彼をもっと磨きあげているのでより美人になったし、匂いも薔薇の香りがかすかに程よく漂うようになった。


 私はお茶を入れた。彼は唯一お茶を上手く抽出することができないのだ。なのでその担当は私である。いつも通り茶を作ろうとしたが、今回は少し工夫をしてみた。

 いつも抽出する茶葉の中に少しだけ別の草を入れる。そのお茶を注ぎ入れ、机に置いた。

「今日は少しだけ猫惹草(ネコビキソウ)を加えてみたんだ。」

「ああ、なんとなくわかる。ちょっと緊張がほぐれるよ。ありがとう」

「いえいえ~」

 猫惹草(ネコビキソウ)は猫を夢中にさせる草の総称である。マタタビ、猫草などいろいろな種類があるが、そのなかでも一番薄いのを一つまみほど入れてみた。

 彼に喜んでもらったようで私はとても嬉しかった。

 私も横に座り、目玉焼きをパンにのせ口にいれると、少しだが塩の味がした。トマトスープはトマトの酸味が良いアクセントになっている。お茶は鼻に通るいい匂いがした。

 目玉焼きは塩と醤油がいいと結構前に言ったが、まだ覚えていたのか、と驚愕しつい手がとまった。

「ん?どうかしたか?」

「あっいやぁ、なんでもないよ」

「ふーん」

 そのふーんはなにか意味ありげに横目で私を見ていた。作戦通り、とでも言いたげだ。

 彼は私の感情におそらく気づいている。私の感情もわかるほど鼻がいいと前言っていた。

 他の獣人にも聞いたことがあるが、「本気で意識しないとそこまでは嗅げない」と言われた。ということは普段から意識されてる……ということだろうか?!

 私は顔が火照って行くのを感じた。

 その気持を解消するために、いつもより早く食べ進めた。

 パンは完璧な焼き加減で外サク中ふわで、さらに卵の塩と醤油が噛み合わさり、口の中が旨味で包まれるようだった。

 いつもより早く食べ進める私を見て、なぜか彼は狐のような妖艶な笑顔を見せた。

 その顔を見て、また手が止まった。

 わたしの目まぐるしく動く感情を面白がっているのだろうか?

「……フフフ」

「な、何?」

「ああ、終わったあとの買い物を想像しててね、ついに買いたいものが買えるんだ。」

 何だそんなことか。とちょっとだけ気分が下がった。

「あの耳ピアスのこと?」

「そう!わたしに似合いそうなやつをこの間見つけてね、それを今日仕事が終わったら買いに行くんだ!」

「へぇ~、何色なの?」

「わたしの毛並みと同じ茶色っぽい黄色だよ。」

 といって彼は毛をつまみまとめる。

 自分的には茶色かかった黄色というよりは茶色とレモン色が合わさったように見えるが、まぁ彼なら何でも似合うだろう。青でも赤でも。

「いいね、終わったら一緒に買い物行くから見せてよ」

「ああ。もちろん一番に君に見せるよ。」

 フフフ、と最初と同じような妖艶な笑顔を見せる。

 私はその妖艶な笑顔と目に惹かれて、またパンを一口かじろうとした所で手の動きが止まってしまい、頬が赤くなっていくのを感じた。

 彼の目は美しい茶色の瞳が宝石のように澄んでおり、吸い込まれるような感覚を感じる。

 ずっと見ていると催眠術にでもかかったようだ。気がつけばパンを置いていた。目が乾き瞬きをすると、首をかしげてさっきのことがなかったかのようにきょとんとしていた。

「ん?……なんだい?ゴミでも付いてるかい?」

「あぁいやあ、ハハハつい……なんでもないよ」

「そう……フフフ」

 彼は妖艶な笑顔のまま答えた。赤い顔をごまかすためまた大口で食べ進めた。

 私は悔しく思った。このままじゃあ起きたときの立場と逆ではないか。

 朝のことを狙ってやったと思っているのか?べつに私は寝起きで意識がはっきりとしていなかっただけなのに……。と心の中で勘違いをしているとも気づかず愚痴を吐いた。

 そして最後の一口を食べると、容器を重ねて洗面台に置いた。彼も同じタイミングで食べ終わったようだ。

「あむ……ごちそうさま。」と私は手を合わせた。

「はいよー、あんまり時間ないから、早く片付けてくれ」

「ん?そんなに早いの?」

「あと1時間後にはある場所に集合s」

「はあああああああああああ?!起こしてよ!」

 私は抑えられない怒りが一気に爆発し、つい立ち上がって怒鳴ってしまった。だが彼はそのまま笑顔で

「起きないのが悪い!」

と一蹴した。

「ぎく……」

 確かに起きない私が悪いのだろう。と思ってしまった。


 あわてて片付けると、すぐに準備へと急いだ。

 残り時間は、1時間。着替えて身支度をするとしたらあとは髪の汗臭い匂いを取るくらいしかできないだろう。

 なぜそれを早く教えてくれなかった。と言いたいと所だが、あいにく時間がない。

 片付けて器に水を入れてから、急いで部屋に走るが、左足が段差に躓いて一瞬減速する。激痛に耐え、どうにか悶えながら左手で足を抑え、右手で床にに手をつき、右足で弾みながら登っていく。

「むりすんなよー」

「うるっっさい!黙っといて!」

「はいはい……っく」

 やはり、なにか恨みを晴らしている気がする。さっきからまるで「ざまあみろ」とでも思っているかのようだ。

 ……後で聞いてみよう。

 部屋からドライヤーを出し、洗面台に走る。

「それよりも髪ぃぃぃぃ!やばやばやばやばやばやばやば……」

 慌てすぎてさっきまでののどかな部屋の空気はドアのぶつかる音にぶち壊された。

 もうのどかな日差しとか言っていられない。部屋から着替えと髪結びを取って駆け下りた。

「ハイ石鹸!」

 目の前のキッチンから慌てている私に彼が髪の毛を洗うための石鹸を投げてくれた。

 ちょうどよいとことに投げてくれたが、その石鹸が滑り落としそうになってしまう。そこであわてて取ろうと、前に倒れてしまった。

「あい!……ったああ!」

 お陰で洗面台の入口にある台に足をぶつけて倒れてしまった。

 幸い洗面台の上には何もなかった。それを見て私は心から安心した。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。」

 いつもそこにあるのはだいたい彼の大事にしていた私物。

 もし壊すと、その勢いで噛みつかれそうだと思わされるほど叱責をされ、深ーーーーく反省をして項垂れて「はい」としか頷けないでいるくらい真面目な説教をされるのだ。

 その後2日くらいその怒りを引きずるものだから困ったもんだ。まあそれも慣れれば可愛いものだけど。

 

 洗面台の前に立つと、私は深呼吸をして落ち着きながら、肩まである髪の毛を全体的にさっと濡らす。

 濡れた髪にゆっくりと石鹸を当てていく。そして端の方から細かく洗って髪を1本1本ほぐす。

 これに大体2分はかかる。軽くスッと指を滑らせるように。

 石鹸を流すと、今度はブラッシングだ。草のオイルがついた櫛を使い何度もゆっくりとほぐしていく。無理矢理やると髪の毛が千切れたりして、果てはチリチリになってしまうのである。

 これに大体20分。寝癖も伸ばすのでこの作業が一番時間がかかる。いくら短くやろうとしても10分はかかるのだ。

 そして今度は潤滑剤をまんべんなく丁寧に、と行きたいが時間がないのでさっとだけつけた。

 洗い終わりかけたころ、彼が覗いて話しかけてきた。

「できたかー?」

「あとすこし……よし!」

「着替えおいとくぞー」

「えっ!助かる!ありがとう!」

 リビングに置きっぱなしだった着替えを取ってきてくれたようだ。薄手のチェック柄スカートに白のシャツ、それとシンプルなベージュ色の長袖がおいてあった。彼が選んでくれたのだろう。

 いつもはしてくれないフォローをしてくれた。彼はなぜかこういうときだけ頼りになる。これも彼の得意な意地悪に繋げるための作戦だ。油断してはいけない。

 服の中には下着も入っていて、それだけちょっと雑に入っていた。きっとつまんで入れてくれたのだろう。

 今は家族なんだから、下着くらい触られたってどうってことないのに。

 シワだらけで少し違和感があるが、きにする時間などない。


 全て着ると、時間まで15分あることに気がついた。意外と時間が残り、私はビックリした。

「……はぁ……はぁ」

「お疲れ様。今度は僕の番だよ」

 早く退いてくれと言わんばかりの強い視線が私を突き刺す。

「はいはい」と言いながらそこを去っていくと、彼は急いで入りカーテンを閉める音がした。

 そういえば、カーテンを閉めていなかったな……と思うが、彼に裸を見られたところで今更であり、まあいっか。と他人事のように気にしないでいた。

 彼は歯磨きをして軽く毛並みをブラシで整えただけで出てきた。

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